おめでとう、鰍はアイドルに進化したにゃん!

和久井 透夏

第1話 大好きだにゃん

「鰍ちゃん、最近前よりも可愛くなったよね」

 車での移動中、マネージャーの伊藤さんが尋ねてきたにゃん。


 伊藤さんはほんわかした雰囲気とは裏腹に、バリバリ仕事のできる頼れるお姉さんだにゃん。

 細かい所によく気が付いて、前髪をちょっと切ったりメイクを少し変えただけですぐ気付く鋭い所のある人にゃん。


「……そうかにゃ?」

「うん。なんか最近肌の艶も良くなったし、髪とか手とかの細かい所も前以上に手入れが行き届いてて……好きな人でもできた?」


 いきなり核心を突いてくる伊藤さんに舌を巻きつつ、鰍は至って平静に答えるにゃん。

「そういう訳ではないけど、友達の女子力に当てられて、鰍も負けてられないって思ったにゃん」

「ああ、+プレアデス+ちゃんね。すっかり仲良しだものね~」


 話しながら、鰍は複雑な気分になったにゃん。

 +プレアデス+を女友達と偽った事じゃないにゃん。


 伊藤さんが褒めてくれた肌の手入れやヘアケアやハンドケアは、将晴がお互いの部屋で泊まったりする時にアレコレしてくれてるからだにゃん。


 髪を洗えばヘアオイルを付けてドライヤーで乾かしてくれるし、オススメのパックとか用意してくれるし、綺麗に爪の形を整えて磨いた後、丁寧にハンドクリームを塗り込まれた時はどうしようかと思ったにゃん。


 別にそれに不満がある訳じゃないにゃん。

 むしろとても感謝してるにゃん。

 だけど、あまりの女子力の高さに、たまにどうしたらいいのかわからなくなるにゃん。


 というか、最近将晴の家に泊まったり将晴を家に泊めたりする度に、恋の力なんてものより、もっと現実的な作用で綺麗になってる気がするにゃん。


 料理も普通に美味しいし、この前なんて食後に手作りの桃とヨーグルトのムースとか出て来たにゃん。

 軽い気持ちで甘やかせとか言ったら、それ以降将晴が鰍を思った以上に甘やかしてくるにゃん。


 ……やられっぱなしは趣味じゃないにゃん。

 今週の金曜日、将晴は二十歳の誕生日を迎えるにゃん。

 将晴の誕生日を祝いつつ、できる彼女ぶりをアピールするにゃん!


 そして誕生日当日の夕方、鰍は将晴を家に招いたにゃん。

 腕によりをかけて作った料理に美味しいお店のケーキ。


 それと、今日の料理によく合うお気に入りのお酒を用意したにゃん。

 鰍は誕生日が五月だから、やっと堂々と一緒にお酒が飲めるにゃん。

 その日、将晴はとても喜んでくれて、鰍もとても嬉しかったにゃん。


 だけど翌朝になったら、鰍は複雑な気分になっていたにゃん。

 将晴はあまりお酒は強くないようで、しばらく飲んでたらすっかりべろんべろんに酔っ払ったにゃん。


 そこまではいいにゃん。

 問題は将晴の酔い方にあるにゃん。


 なんというか、終始顔が緩みっぱなしでものすごい甘えん坊になったうえに、すぐにうとうとして寝ちゃったにゃん。

 相手が鰍だから良かったものの、これを普通の飲み会でやったらお持ち帰りされても文句言えないにゃん。


「将晴、今後は鰍と二人きりの時以外はお酒飲んじゃダメにゃん。付き合いでも一口二口飲んで終わりにしとくにゃん」

「えっ、俺また何かやらかした?」

 朝食を食べながら指摘すれば、将晴が焦ったように聞き返してきたにゃん。


「また?」

「いや、前に一真さんの家に行った時、酒の入ったチョコレートで酔っ払っちゃって……」


 将晴の言葉に、鰍は軽いめまいを覚えたにゃん。

 無防備過ぎにゃん。


「……将晴、男は狼なんだから気をつけないといけないにゃん」

「俺も男なんだけど……」

「将晴の理想の女の子であるすばるは、そんな簡単に誰にでもお持ち帰りされちゃうような女の子なのかにゃ?」 


「……以後気をつけます」

「わかればよろしいにゃん」

 言いながら鰍は自分の発言に首を傾げたにゃん。


 なんで鰍は将晴にそんな事で説教してるにゃん……?

 むしろ鰍はそうやって将晴が色んなトラブルに巻き込まれるのが見たくて付き合い始めたはずなのに。

 自分で自分がわからなくなっていると、目の前の席に座ってる将晴と目が合ったにゃん。


「やっぱり鰍の手料理って落ち着くな」

「そうなのかにゃん?」

「うん、家庭の味って感じがする」


 味噌汁を飲んで一息ついた将晴が言うにゃん。

「鰍は親から料理を教わった事は無いし、自炊を始めたのは家を出てからだにゃん」

「そっか、じゃあこれは鰍の味だな」


 家庭の味、という表現になんだかちょっとムッとして返せば、将晴はなんでもないように笑ったにゃん。

 そういえば、将晴も高校の時親が再婚するまでは誰かに手料理を作ったり、作ってもらったりした事がほとんど無いって言ってたにゃん。


 そんな事を思い出して、鰍が妙な親近感のような物悲しさのようなものを感じている間も、将晴は美味しそうに鰍の作った朝食を食べ進めていくにゃん。


「……美味しいかにゃん?」

「毎日でも食べたいな」

 なんとなしに尋ねたら、屈託の無い笑顔で返されて、咄嗟になんて返せばいいかわからなくなったにゃん。


 おかしいにゃん。

 最近将晴といると、胸の辺りが締め付けられたりポカポカしたりして、どうしていいかわからなくなる事が多々あるにゃん。

 でも、やっぱりやられっぱなしは性に合わないにゃん。


「……将晴、大好きだにゃん」

「ふぇっ、お、おう……お、俺も……」


 将晴の目をしっかり見て言えば、将晴は顔を赤くしてどぎまぎしつつも鰍の目をチラチラ見ながら返事を返そうとしてくるにゃん。


「俺も、なんだにゃん?」

「好き、です……」

 ニヤニヤしながら尋ねれば、恥ずかしそうに将晴が答えるにゃん。


 将晴は普段それ以上の事をして日々鰍をドキドキさせてるくせに、こういう所で恥らうのがまたあざといにゃん。

 でも、そういう所も好きだにゃん。

 だけど、鰍の攻撃はまだ終らないにゃん。


「鰍は大好きなのに、将晴はただの好きなのかにゃ? 鰍は寂しいにゃん」

「えっ!? いやっ、そんな事なくて……俺も、もっと……」


 恥じらいながらも鰍から目を完全には逸らさない将晴をみて、どうしようもない幸福感に浸りながら、鰍は良い一日のスタートを切ったにゃん。

 それはもう、これから二、三日はご機嫌で過ごせそうな気分だったにゃん。


 まあ、その翌日、中学時代の鰍の親衛隊隊長からツイッターのダイレクトメッセージ来て、テンションはだだ下がりしたんだけどにゃ。

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