宣戦布告と利伽の覚悟

 化身と戦う……ただその為だけに、その為の修行を積んできた良幸よしゆき達と、化身に対する能力差があるんは分かった。

 良幸と篠子しょうこのコンビネーションもただ息があってるだけやなくて、それを修行で死ぬほど繰り返してきたんやから分かる話や。

 ほんまやったら、俺と利伽りかが良幸と篠子に張り合おうっちゅ―方がおかしいわな。


 けど……そんな理屈で納得出来へん事もある。

 特に、殆ど同年代の奴らが俺等より遥かに高い能力見せれば、同じような能力使う者にしてみればこれほど歯痒い事はない。

 

「……ふっ……」

 

 いつの間にか宗一と良幸達の戦闘も止んで、辺りは物音一つせん程静かになってた。

 その静寂を破ったんは、宗一の吐き出した笑いなんか吐息なんか……。

 

「今日のところは引いてやる。それから、俺はこの家を出る。次に会う時は良幸……手加減なしだ」

 

 それは負け惜しみ……やない。

 まだまだ余力があるって、直接対峙してない俺でも分かったわ。

 

「それから八代やつしろの人間……。お前は俺の獲物だ。時期が来れば、必ず俺がお前を喰らってやる……その時を待っていろ。……お前の名は?」

 

 なんや宗一の奴、狙ってる人間の名前も知らんかったんか。

 それにしても「喰う」やなんて……奴はもう人間やないんやな……。

 

「利伽……八代利伽よ! 良ー覚えときっ!」

 

 顔には全く余裕がないけど、利伽は気丈にそう言い返した。

 

「ああ……良ーく覚えた」

 

 それだけ答えて、宗一は大きく飛び上がって、そのまま空気に溶け込むように消えてもうた。

 あれが……人間の成れの果て……か……。

 

「タッちゃん」

 

 そんな柄にもなく感慨に耽ってた俺に、ビャクが小声で声を掛けてきた。

 そうやった、今はそんな場合やなかったな。

 

「利伽っ! よもぎっ!」

 

 まだ立ちつくしてる二人に大声で呼び掛けながら、俺とビャクは二人の元へと駆け寄った。

 二人は微笑とも苦笑とも取れる笑顔で俺等を迎えた。

 

「怪我はないんか? どっか具合悪いとことかは!?」

 

 俺が利伽と蓬の全身を舐めるように見たもんやから、蓬は兎も角、利伽は自分の体を庇うような仕種で俺の視線から退避した。

 

「だ……大丈夫! 大丈夫やから!」

 

「私も……問題ありません……龍彦」

 

 二人の対応だけ見たら、なんや俺がセクハラしてるみたいになったけど、二人からは異常無しの返事が返ってきた。

 

「助かったわ。良幸さん、篠子ちゃん。ありがとな」

 

 俺達のやり取りが一段落して、利伽は改めて良幸と篠子に向き直ってお礼を述べた。

 利伽達を助けたんは、間違いなく良幸達や。

 けど、そもそもの発端は浅間家の問題で、俺等はそれに巻き込まれただけやと考えれば、俺は素直に礼を述べる気にはならんかった。

 

「いいえ、お怪我がなくて何よりです」

 

 答えたんは良幸。

 篠子は俯き加減で、顔を赤らめて押し黙ってる。

 そう言えばさっきは剣呑な空気になったっちゅーても、内容的にはコイバナ―みたいな話をしとってんもんな―。

 微妙な雰囲気になるんも分からん話やない。

 もっとも、篠子が一方的に気にしてるみたいで、利伽の方はケロッとしたもんや。

 

「二人とも、ほんま強かったな―……。やっぱり修行の成果なんかな? 良幸さん、ここでは対化身用の修行でもしてるん?」

 

 ほんま、利伽の鋭さっちゅ―奴には呆れるわ。

 俺でもさっき、重敏しげとしから聞いて初めて知った事やっちゅ―のに。

 

「ええ、利伽さん。僕と篠子は、子供の頃から一緒に修行してきたんです。な、篠子?」

 

 利伽の質問に朗らかな笑顔で答えた良幸が、最後に篠子へと振った。

 いきなり話の矛先を向けられた篠子は、ただ顔を赤くして頷くだけやった。

 

「へぇ―……なんや、私とタツみたいやな―。それにしても、二人の結界を突き破る攻撃。あれも修行で身につけたん?」

 

「ああ……あれは……」

 

 命を懸けた戦闘直後やゆ―のに、なんや和やかな雰囲気で会話がされてるなー。

 利伽には珍しく、なんやグイグイ良幸と篠子に質問してるわ。

 

「蓬、ご苦労様」

 

 何となく会話にも入っていかれへん俺は、同じく所在なさげにしとった蓬に声を懸けた。

 それまでは利伽達の会話を、付かず離れずの位置で聞いてるだけやった蓬の顔に、パァーッと明るい色が射した。

 

「……いえ……これも私の……役目ですから……」

 

 口では謙遜してても、その顔は誉められて嬉しいって書いてある。

 

「で? どうニャったん? やっぱ、宗一は強かったニャ?」

 

 今までそれを聞きたかったんやろうビャクが、俺と蓬との間に割り込んで捲し立てた。

 その勢いにやや圧され気味やった蓬やけど、ビャクの純粋な好奇心を浮かべた表情に、蓬も口許を緩めてる。

 

「……この……バカネコ……。ええ……強かったですよ……とても……闇落ちしたばかりとは……思えないほどに……」

 

 そうしてこっちでは、化身の少女二人による戦闘談話が催され出した。

 結局、どこの話にも入って行かれへん俺だけが、なんやポツンと取り残されとった。

 

『積もる話もあろうが、今は聞け』

 

 その時、俺の……いや、ここにおるもん全員の頭の中に、浅間重敏の重々しい声が響いた。

 それぞれ花が咲いてた話をやめて、みんな知らず直立姿勢になってた。

 

『正式な決定ではないが、元人間「浅間宗一」を闇落ちした化身と認め、お前達には追跡討伐命令を下す。今すぐに追いかける必要はないが、各々ふれが出た暁には、く任務を遂行するように』

 

 誰も声を出さんかったけど、みんな引き締まった表情のまま頷いて了解しとった。

 体裁はどうでも、実際のところは兄弟で命のやり取りせなあかん良幸の表情は、真剣味っちゅー言葉を飛び越えて悲壮感すら漂ってる。

 そんな良幸を、篠子が気遣わしげに見つめてた。

 

「いえ、浅間家御当主様! 元人間『浅間宗一』の処遇につきましては、私『八代利伽』に任せてください! 奴のターゲットは私です! 次に姿を現すんも、絶対私が関わる事案の場合でしょうから!」

 

 重敏の言葉に異を唱えたんは利伽やった。

 利伽は毅然とした態度で虚空を見上げて話したけど、それが良幸を思いやっての事なんはすぐに分かった。

 

『……良かろう。確かに彼奴きやつも利伽殿を狙う趣旨の発言をしておった。奴の情報は優先的に回すよう手配をする。ただし、偶発的な遭遇戦の場合はその限りではない……良いな?』

 

「はいっ!」

 

 重敏の言葉に、利伽はめっちゃ気合いの入った声で返事した。

 

「……おいおい。また似合わんことしおったなー……」

 

 利伽の行動に、俺としては苦笑いするしかあらへんかった。

 

「あら? タツは宗一が怖いん?」

 

 そんな俺に、利伽は挑発的な笑みを向けてきた。

 勿論、俺の返す答えは決まってる!

 

「怖いわ―……めっちゃ怖いわ。正直言ったら、もう二度と俺等の前に現れて欲しないし、どっかの誰かが代わりに倒してくれれば言―事なしやで」

 

 怖いもんは怖い! そんなん、当たり前や!

 アイツの実力は間違いなく片鱗で、今の俺達やったら間違いなく全滅や。

 そら―、ビャクや蓬もおるんやから、そう簡単にはやられんけど、それくらい実力に差があるっちゅーこっちゃ。

 ……けど、やらなしゃ―ないっちゅ―事も心得てる。

 いや……もう腹括ってるってこっちゃ。

 俺の返答を聞いて、利伽は呆れたゼスチャーを取った後に、不敵な笑みを浮かべとった。

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