篠子との会談

 ズンズンと廊下を進んで行く利伽。

 そしてその後を迷いなく付いて行くビャクと蓬。


 俺はっちゅーと、どことなーく居心地悪いこの状況で一番後ろを少し離れて付いて行った。

 これから向かう浅間篠子を交えて、利伽達が話す内容は利伽のお見合い相手である浅間良幸の事についてや。

 ある意味で俺の恋敵でもある男について利伽達は女子トークするっちゅーのに、勢いとは言えそこにノコノコと付いて行く事にどうにも気が重なってきた。

 時間が経って冷静に考えれば自分で言い出しといてなんやけど、今すぐ部屋に戻りたい気持ちで一杯になって来た。


「……な……」


「……ここやね」


 やっぱり戻ろう思て利伽に話し掛けようとした時、丁度篠子の部屋へと着いてしまった。

 俺の声は即座にフェードアウトして、今更戻りたいという言葉を言えんかった。


「……篠子ちゃん? ……八代利伽です。 ……居てる?」


 他の部屋と同じ様に、ドアやなくて襖となっている部屋の出入り口に利伽が声を掛けた。

 すぐに返事が聞こえて来んかったけど、明らかに動揺した様な物音が微かに部屋の中から聞こえて来た。

 どうやら部屋の主はこの中にいるみたいや。


「……篠子……」


 ―――ガラッ!


 利伽が再度呼び掛けようとした途端に、目の前の襖が勢いよく開いた。

 当然開けたのは部屋の主である浅間篠子やった。


「……何ですか?」


 言葉だけ聞いたら敬語やけど、その物言いにはあからさまな嫌悪感が含まれとった。

 どうやら俺らは、特に利伽は招かれざる客なんやろな。


「……ちょっと……話があんねんけど……えーかな?」


 そんな攻撃的な言葉を向けられても利伽は至って冷静に、心持優しく話しかけたんや。

 相手の言葉や態度に、イチイチ過剰反応しとったら話も出来へん。


「……どうぞ……」


 そしてこれくらい穏やかに問いかけられたら、相手も無下には出来なくなる。

 明らかに感情的になってる篠子も、利伽の言葉を子供みたいに突っぱねる事なんて出来ひんってこっちゃ。

 

「ありがとう」


 優しく笑みを浮かべてそうお礼を言うた利伽は、篠子の脇をすり抜けて部屋の中へと入っていった。

 それに続いてビャクと蓬も入室する。

 最後になった俺にだけ、篠子は怪訝な顔を向けてたのを俺も感じてた。

 やっぱり彼女にしてみても「何しに来たの?」って気持ちになってるんやろなー……。


 ますますもって居た堪れなくなったけど、事ここにいたってはもう引き返されへん。

 それに俺もホンマの所は、利伽が篠子に何を話に来たんか明確に解ってる訳やない。

 浅間良幸の事について……ってのは解らん話やないけど、具体的に何を話すつもりなんかは解らんのや。


「……そこ……座ってください……」


 綺麗に整理整頓された部屋は、女の子の部屋としては少し殺風景にも感じた。


 部屋の隅にベッド。

 んで、その対面に勉強デスク。

 部屋の中央には丸いカーペットが敷かれてて、その上に天板がガラス製の丸いローテーブルが置かれてる。

 そしてテーブルの四方には女の子らしいクッションがそれぞれ置かれてた。

 利伽はそれを除けてカーペットの上で正座して座ったけど、ビャクと蓬はクッションが気に入ったんかその上に座ってる。

 心なしか二人ともなんか満足そうや。

 三方をこちらの女性陣が座って、最後の場所には篠子が腰掛けた。

 必然的に俺の座る場所は無く、仕方なしに俺は入り口付近に腰を下ろして正座する事にした。


「……篠子ちゃん……って呼んで良ーかな?」


 最初に口火を切ったんは利伽からやった。

 もっともそうせんと、篠子から口を開く事は無かったやろう。

 それにどう呼ぶかハッキリさせんと話もおぼつかん。

 篠子は言葉を出さんで、ただ小さく頷く事で利伽の提案を承諾した。


「篠子ちゃんは私と浅間良幸さんのお見合い……どう思ってるん?」


 遠回しに相手の出方を探るんやなく、利伽はいきなり核心を突いた質問を篠子に投げ掛けた。

 面と向かって話すんは初めての相手に、ズバッと斬り込まれた篠子は小さなうめき声を上げただけでやっぱり何も答えへんかった。

 いや、即座に答える事が出来へんかったんやろう。


「……私は家の関係で、このままいったら良幸さんとお見合いして、下手したら婚約するかも知れへん。篠子ちゃんはそれでも良えのん?」


 利伽の表情は一切の感情を浮かべてない、まるで能面の様な顔で篠子に話し掛けてる。

 それは非常な物言いをするにはピッタリ合ってる物やけど、俺には自分の感情を必死で押し殺してるようにも見えた。

 聞きたくないやろう現実をグイグイと提示されて、流石に俯いて話さん様にしてる訳にもいかんようになった篠子は顔を上げて利伽を見据えた。

 その瞳は強い力が込められてるけど、薄っすらと涙が滲んでる様にも見えた。


「……良い訳……良い訳ないわよ……!」


 小さく押し殺した、それでも強く力の込められた言葉が篠子の口から紡ぎ出された。

 まるで呪詛でも吐き出す様に、その言葉は利伽へと向けられ浴びせかけられる。

 けどそれを受けた利伽になんら変化はない。

 表情の無い顔を維持したまま、眉を僅かも動かす事無く彼女の言葉を正面から受け止めてる。

 ……まぁ、本心はどうか解らんけどな。


「じゃあ、なんで自分の気持ちを言わへんの? 私の感じやと、良幸さんは家の……重敏様の言いつけに反論出来る人やないよ?」


 恐らくそれは、正しい見方やろう。

 良幸がなんでそこまで従順なんかは知らんけど、あいつは重敏の進めるままに受け入れるつもりなんは俺にも解った。


「そんな事、あなたに言われなくても解ってるわよ! でもどうしようもない事なの! 何にも知らないくせに、知ったような口を利かないで!」


 徐々に篠子の語気が荒くなってきてる。

 利伽が確信を吐く言葉を連発するせいで、抑えてた感情が昂ってるんやろな。

 もっとも利伽はそれをこそ狙ってるんやろうけど。


 人は感情が乱されれば、自分の本音をついつい口から漏らしてまうもんや。

 利伽はわざと嫌な言い方をして、篠子の本音を聞こうって魂胆なんやろう。


「何も知らんから教えて欲しいねん。なんで良幸さんは重敏さんの言いなりなん? 何であなたとの婚約を解消されても文句言わへんの?」


 さっき良幸と話をした時に、彼の語った内容やら言い方から俺もそれは感じてた。

 良幸は自分の感情を抑え込んでる……っちゅーより、一切何も考える事を放棄してるって感じや。

 考える事を放棄して、辛い現実を感じん様にしてるって言うても過言やない。


 ここがポイントやと踏んだ利伽が、さっきとは打って変わって強い眼差しと雰囲気で篠子に迫った。

 篠子も自分から「何も知らないくせに」と言ってしまった手前、教えて欲しいと懇願されれば断る言葉なんかない。


「……全ては……宗一さんが原因なんです……」


 利伽の気迫に押されて、篠子は重い口を開いて漸くポツリポツリと話を始めた。


「本当ならば宗一さんが次期当主としてこの浅間家を継ぐ予定でした。……しかし彼がなってしまって、御当主様は早々に宗一さんの事を……諦めになられました……。そしてその責務は必然的に良幸さんへと回って来たのです……」


 そこで篠子は一旦話を切って小さく息を吐いた。

 自分が話す事を纏める為に一旦話を区切る事は必要やし、話を続ければ感情が昂ってしまうからやろう。


「……御当主様はもう宗一さんの事を話される事はありません。きっとあの方にとって、宗一さんは必要のない人物となったのでしょう……。でも良幸さんは宗一さんを今でも慕っています。彼は自分が当主になる事で宗一さんを守ろうと考えてるんです。そしてその為には御当主様の決定に逆らう様な事はしないでしょう。元々優しい性格だった良幸さんは、そう決めた事で益々御当主様の決定に逆らわないまるで……道具みたいになってしまったんです……」


 そこまで話して、篠子は再び目に涙をためて俯いた。

 なる程、今の話からすれば篠子は勿論利伽や俺達ではどうしようもないこっちゃ。

 あの宗一を守る為に、良幸はこの家を継ぐ事に決めたんやったら、俺らが何をどう言っても良幸の決意は変えられんやろう。

 そしてそれが解ってるからこそ、篠子も良幸との縁談を諦めようと思ったんやろな。


「……話は良く解ったわ……」


 そんな彼女に対して、利伽は静かにそう返答した。

 けどその声音には優しさなんか籠ってない、どっか冷たい物言いに聞こえるもんやった。


「けど、それに私が巻き込まれなあかん理由なんかない。良幸さんが何を考えてようと、篠子さんの立場がどうだろうが、私には私の人生がある。……で、私はこの家の為に犠牲なんかになる気ないから」


 そう言い放った利伽はスックとその場を立ち上がった。

 その後にビャクと蓬も続いて立ち上がり、俺も慌てて立ち上がった。

 篠子は力ない瞳で利伽を見つめてる。


「この浅間家が本当に八代の血だけを欲しがってるってのが良う解ったわ。でも何一つ私に関係してる事なんかない。宗一さんの気持ちも、良幸さんの立場も、篠子さんの境遇も私には何一つ関係ないわ」


 冷たい言葉を最後に発して、利伽は挨拶もせんと篠子の部屋から出て行った。

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