それぞれの妄想と生き方

「そこで間違いないんだね? わかった、すぐ行く」

電話で夕奈から、アパートの住所を聞いたセナ。

敵の戦力は不明。

もしかしたら多数かもしれない。

すぐに援軍に行かないといけない。


 ノック音。

ジャンバーのポケットに、左手を突っ込んだレナが車の窓を叩いている。

「なんでここにいるのがわかったかはいいわ。どうしたの?」

窓を下げて尋ねた。

「居場所は分かったのか?」

「ええ、ここよ」

携帯のマップで場所を示した。

レナは目を細めて画面を見つめる。

少し考えて言う。

「近いな。歩いていく」


 黒いジャンバーに両手を突っ込んで歩き出すレナ。

「そこまで私の運転を避けることないでしょうに…」

ヒールを履いた足を見た。

確かにヒールで運転するなんて、常識の範疇から何億光年も離れている。

レナには自殺志願者だと言われた。

別に死にたいわけではない。

むしろ生きた心地が欲しい。


 自分はいま生きている。

愛情なんかじゃ満たされない。

スリルによって得られる生の喜び。

そうやって自分の生への意味、執着を確認できる。

ジェットコースターやお化け屋敷に行く人間と、メンタリティーがどう違うというのか。

リスカより健全だというのに。


「あんたが殺したくて仕方ないように、スリルが欲しいんだよ。何がいけないっていうの」

アクセルをゆっくり踏み込む。

それはまるで、生きることは、緩やかな死ということを象徴するように。


******


 ポストをひとつひとつ調べていく。

錆びついたそれは頑なに拒否する。

まるでぐずる赤ちゃんみたい。

それを私は力づくでこじ開けようとする。

震える細腕。


 やけくそみたいにそれは開いた。

舞い上がる埃。

思わず咳き込んだ。

ポストの中を覗き込んだ。

埃と蜘蛛の巣。

めぼしいものはない。


「頑固のポストだ。素直に開いてくれなきゃ、中身を取れないじゃないか!」

ポストの上で、ねこうさぎが二本足で立ち、後ろ足でポストを叩いている。

「まあいいじゃん。開いたんだし」

「でもまだひとつだけじゃん! しかも何も入ってない!」

全部で10の扉。

それの中身を調べてみたい。

少しでも情報は欲しい。

0より1、1より2。

よりマシだと思える選択肢を選び取る。


「じゃあ手伝ってよ」

私より小さく非力なねこうさぎに開けられるわけがない。

ちょっとした意地悪。

「そ、それは…」

前足の肉球同士を合わせてふにふにしている。

人間ならもじもじしているといったところか。


「ぷいっ」

ポストから飛び降りて、四つ足で二階への階段を駆け上がるねこうさぎ。

「待って!」

敵地で独断行動なんて、何考えてるの!

頼りになるのか、足を引っ張っているのか、これじゃわかんないよ。


 とにかく追いかけなきゃ。

ところどころに穴が開いた階段を走り抜ける。

ミシミシと音を立て、自己の存在を無駄に主張してくる。

不愉快な階段を駆け上がり、2階へと躍り出た。


 1階と同じく5つの部屋。

ねこうさぎはいない。

「どこ…」

わからない。

部屋をひとつずつ見て回るしかない。

さっきのポストと同じだ。


 まずは手前の部屋から。

扉は鍵がかかっていないようで、不快な高い音を立てながら、ゆっくりと開いた。

部屋から溢れるかび臭さ。

部屋に足を踏み入れる。


 玄関の先にあるのは広い部屋。

おそらくリビングだろうか。

陰気な廊下を抜けてリビングへ行く。


 1LDKの伽藍洞。

引き払った後のような空間。

忘れ物のように、部屋の中心に置かれたダンボール箱。


 何か分からない。

正体不明ゆえの好奇心が、視線をダンボール箱の中身へ誘った。

視線がダンボール箱の中身に落ちる。

空虚。

何も入っていない。


 刹那、視界が陽炎のように歪んだ。

空間の崩壊。

歪みは渦に。

床も天井も壁も、何もかもが壊れていく。

「敵の罠か!」

無警戒に部屋に入った自分を呪った。

もっと注意深くなるべきだった。


 唐突な暗転。


「あれ?」

私はさっきまで部屋にいた。

そして空間の崩壊に飲まれたはず。

いま自分がいるのは、例の部屋の前。

扉は閉まっている。

まるでさっきのことは、なかったことにされたみたいな心地。


 過去の理解不能な事象はともかく、ねこうさぎを探さなければ。

残り4部屋。

いったいどこにいるんだろう。


 一番奥の部屋が騒がしい。

金属を叩く音がする。

「ねこうさ!」

その部屋の扉が急に開いた。

それと同時に部屋から吹き飛ばされたねこうさぎ。


「ぎゃっ!」

柵に小さな白い体を叩きつける。

体が跳ね返り、ぽとりと廊下に落ちる。

「大丈夫!?」

柵の前に倒れたねこうさぎを抱きかかえた。

「僕はまだ戦えるよ。弱点は胸か頭ってことも分かった。でも、完全に潰さないと死なないんだ」

部屋を見ると、マネキンがうようよとひしめいている。

「僕じゃ一撃で胸か頭を食べきれない。手伝ってくれる?」


 私の手には武器はない。

丸腰そのもの。

「大丈夫、無意識下で戦い方は分かってるから」

どういうことなのか理解できない。


 部屋から飛び出し、迫ってくるマネキン。

戦い方なんてわかんない。

でもどうにかしなきゃ。

手をぎゅっと握る。

爪が手のひらに食い込む。

腰を落とす。

腕を引く。

放て!


 拳をまっすぐに、マネキンの胸に突き出す。

ノーガードのマネキンの胸に、それはクリティカルヒット。

柔らかい表面を破り、胸を抉り、拳が突き抜けた。

胸を失ったそれは、完全に“死んだ”。

「知っていること、あるべきところに返すこと、それが君の魔法」


「私の…魔法」

“マネキンは動かない”という状態に戻した。

それが私の力。

「弱点をピンポイントで破壊できたのは、偶然じゃない、知っているからなんだ」

だったら何で、私自身のことは何一つ分からないっていうの!」

睨むねこうさぎ。

正視したら、気が狂いそうなほどに黒い目を、こちらに向ける

「…今は目の前の敵が先だよ」

正論。


「そうだね」

敵の数は多い。

3体が一度に襲いかかって来る。

拘束しようとする腕を振り払い、足で蹴り飛ばす。


 敵の数が多すぎる。

ねこうさぎには4体のマネキンが迫っている。

おかしい。

一部屋にこれらが全部いるとしたら、部屋があまりに窮屈すぎる。


 それに、さっきの空間の歪んだ部屋。

あれがダンボール箱が魔法でも罠ではなく単なるトリガーで、部屋が、いや、このアパート自体が魔法の産物だとしたら。

部屋の大きさは不規則に変化し、何十人も収まる空間があってもおかしくない。


 途方もない数の敵がいる可能性。

怖い、怖い、怖い!

圧倒的な恐怖という壁が迫る。

恐怖を具現するマネキン。


 必死でマネキンに食らいつくねこうさぎ。

攻撃を軽い身のこなしでかわし、カウンターに転じる。

しかし決定打はない。

大きな攻撃は大きな隙をつくるということ。

1体に攻撃をしても、残りが私を攻撃してくる。

何とか部屋に押し込むことで精一杯。

このままだと、誰か助けに来てくれなきゃ負ける!


「もうやってるのか、混ぜてよ」

ハスキーな声。

声の主を見る。

黒いジャンバーを羽織り、右手にはナイフ。

「レナさん!」

「そんな驚くことないだろ。情報をあの女にリークしたんだから、ここにいたって普通だろ?」

確かにその通り。


「ねこうさぎだっけ? あんたもついでに助けてやるよ」

「うるさい!」

耳としっぽを逆立てて、さっき以上に殺気立っている。

「敵は誰だ? そこを忘れるなよ」

「ふんっ! 君に言われたくないね」

今朝のことを言っているのだろう。


 朝、殺し合いを繰り広げた者同士が、夕方は共闘している。

不思議で歪な光景。


「あの女が来る前に、仕事終わらせようか」

私たちは敵と向かい合った。

「行くよ!」

レナさんの掛け声とともに、部屋の中に突入した。

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