王と兵士
「王は、君に何かを感じたんだろう」
兵士の一人が口を開いた。
「私たちは王のことは、生まれた時から知っている。しかしね、王は私たちのことを知ろうとしない。私たちの名前すら知らないんだ」
勇者は小さくなった王の背中を見返した。
「別れが来た時に悲しまずに済むように。王は私たちと距離を取っているんだ。ああ言ってはいたが、周りのことも考えている」
兵士たちは皆、寂しげな表情を浮かべていた。あの王の選んだ生き方を近くで見守って来たのだろう。
「だから、君が窮地に陥った時は本気で駆け付けるはずだ。それが自分の使命だと信じてね。……これは私たちの個人的なお願いだ。もしも、王が助けに来た時は一緒に戦って、無茶をしないように見守ってくれないか」
話していた兵士が頭を下げた。困惑する勇者を見て、他の兵士が言葉を続けた。
「王が命を天秤に乗せ、自然と共和する。それはこの国の理です。だからこそ、魔王という異物にその命を散らして欲しくないのです」
「この国の為に死ねってことか?」
「いえ……それは……」
勇者は言葉尻を捉えて棘を吐いた。黙る兵士とは別の者が首を振った。
「俺たちはさ。王に死んで欲しくないんだ」
「はじめからそう言ってくれよ」
勇者は息を吐いた。この国の決まりごと、兵士たちは人柱である王を人として見て、傍に仕えているのだ。それを大声では言えない世界が目の前にはある。勇者は息苦しくなった。
「我々が理を否定するわけにはいきませんから」
「水鏡の王も同じことを言っていたよ。王としての立場がある。けれど、俺は彼女と友人として話をしたんだ。あんたらもそれくらいはしていいんじゃないかな」
勇者が言うと、兵士たちは顔を見合わせた。最初に口を開いた兵士が頭を掻いた。
「常々そう願っているよ。この会話も王はきっと風に乗せて聞いているに違いない。私たちの言葉は避けても、勇者殿の言葉なら少しは受け止めてくれればいいのだが」
「なるほどね。あんたら、俺をダシに使ったんだな」
勇者は笑うと兵士たちも破顔した。王と兵士たちとの間の溝は、互いの思いやりによって築かれているらしい。それを飛び越えさせるのは自分の仕事ではないだろう。
「我々も健闘を祈っている。どうか、ご無事で」
兵士たちは綺麗に頭を下げると、王の歩いて行った先へ続いた。
「変わった国ね」
ブラッドが言った。馬鹿にしたわけではなく、思ったことを口にしたようだった。
「俺たちほどじゃない」
勇者はそう言って、リザードに向き直った。
「リザードさん、色々とありがとう。旅を終えたら、また港町に顔を出しにいく」
「礼を言うのはこちらの方だ。ありがとう。大した力になれずすまない」
「そんなことはない。……一つ頼まれてもらっても?」
「なんでも言ってくれ」
「この手紙を、水鏡の国の女王に渡して欲しい。女王に会えなかったら、フィーという女性でも構わない」
勇者は今回の内容をまとめた手紙をリザードに渡した。話題は水鏡の国まで届くだろうが、直接報告がしたかった。
「任せてくれ」
リザードは勇者と握手を交わし、港町へ戻って行った。勇者たちはハヤブサの家へと向かう。
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