砦を発つ者たち
勇者が目を覚ますと、砦の入口に横になっていた。
「私が運んできたの。二人とも、気を失ってたから」
女が声をかけてくる。横にはハヤブサが転がっていた。
「気を失わせたのはお前だろ」
「改めて。私はブラッド。よろしくね」
「ああ、よろしく」
ブラッドが出した手を、勇者は強く握り返した。つもりであったが、ブラッドの握力の前に嗚咽するしかなかった。
「勇者、名前はなんていうの?」
「旅が終わるまでは勇者だ。名前はいらない。そこのハヤブサも、そう呼ばれてることしか知らないんだ」
勇者が言うと、ブラッドは笑った。
「じゃあ、私も本名を名乗る必要はないってことね」
「女にしては血腥い名前だと思った」
勇者も笑っていると、ハヤブサが目を覚ます。
「生きてる……首が床に転がる夢を見た……」
ハヤブサはブラッドに気づき身構える。
「で、結局こいつはどうなった?」
「勇者に会いたいらしい。連れて行く」
「ほんとかよ。いきなり襲ってきたりしねぇよな?」
「それはハヤブサの態度次第かしら?」
煽られたハヤブサが勝ち目のない戦闘に挑もうとしたので、勇者が制した。
「ドラゴン探してるお前と一緒だよ」
「ドラゴン?」
ブラッドが反応する。それをみたハヤブサが大人しくなった。
「村でずっと一緒だったんだ」
「ああ。あなたが、ドラちゃんの言うハヤブサ様ね。なるほど」
「知ってるのか!」
「そりゃあね、仲間だったんだから」
ブラッドが言い終わるよりも先にハヤブサは吠えた。
「あいつはどうしてた!」
「最強の魔法使いとして旅をサポートしてたわ。さっきの鎖の拘束魔法もドラちゃんがやったわけだし」
「ドラちゃん……」
勇者がひっかかる場所を呟いたが、ハヤブサは無視した。
「さっきの? 仲間を捨てるようなことに協力したってのか? 一体、あいつは……」
「まあ、勇者の右腕だしね。私のような目には遭ってないだろうけど。私も気になるし、もし、勇者と関係ない場所にいても探すの手伝うわ」
ブラッドは微笑んでハヤブサの肩に手を置いた。
「そ、そうか。ありがとう……俺はハヤブサだ、よろしく、えっと……」
「ブラッドよ」
堅い握手をした二人は強い眼差しで頷き合った。そして、ハヤブサは差し出した手を万力にかけられたように嗚咽した。
「なあ、一つ気になることがある」
勇者は口を開く。ドラゴンをドラちゃんとまで呼ぶ関係なのだから、そうなのだろうが、本人に確認しておきたい。
「なに?」
「ドラゴンのことをドラちゃんって呼ぶってことは、ドラゴンはブラッドのこと、ブラちゃんって呼んでたのか?」
「そうだけど、それがどうしたの?」
ブラッドが首を傾げるが、ハヤブサに睨まれたので勇者は口を噤んだ。
「おい、勇者、急にどうしたんだよ」
「いや。別に呼び名はちょっと興味があっただけなんだ。そうじゃなくて、旅のメンバーとしてそんなに仲が良くても勇者の判断は絶対なんだなって」
勇者は言った。無口でただモンスターを殺し続ける機械のような前勇者にどうしてそこまでついていく仲間がいるのだろうか。
「まあ彼は、基本的には『はい』とか『いいえ』とかしか言わないけれど、ちゃんと勇者として冒険してたからね。あと単純に強い」
ブラッドは険しい顔をした。
「魔王の部下たちってね、本当はそんなに力に差がないのよ。ただ、まだ世界征服がされてないから魔力の源は魔王の城なの。だから、魔王の城から離れれば離れるほど、力が少し弱まるのよ。それはモンスターたちも同じ。だから、勇者は魔王の城から一番遠い村から経験を積んでいったらしいわ。だから、場数が違うの彼。逆らうとかじゃなくて、強過ぎて彼が全てだったわ」
「人望とか徳とか超越した強さか……」
勇者は頷いた。モンスターが溢れかえっていた世界では力こそ全てだったのかもしれない。
「さあ、行きましょう」
ブラッドはローブを再び羽織った。外の兵士と関わるのが面倒らしい。
「結局、また戦いもせずに終わっちまったな」
ハヤブサが頭を掻いた。
「モンスターはいたけどな」
勇者はブラッドをちらと見て苦笑いを浮かべる。
三人は王国を見守る存在だったはずの、牢獄と化した砦を後にした。
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