第十話 ※原作でもここら辺作るのに己の品性を疑いました
「金だッ!! 金目のモンをアンタにくれてやる! 大粒の宝石……ッ! だから頼む!!」
「……!!」
ヒロシはほんの数分前に貰ったばかりの宝石を取引に使った! ソロルの力が僅かに弱まる。
「……本当に? この関節技から逃れたくて、嘘言ってるんじゃあないでしょうね?」
「うぐぐ、本当だって! 嘘だと思うなら……俺のジャケットの右の胸ポケットに包んであるッ! だ、だから……ッ!!」
「…………」
ソロルは訝りながら……毒々しい色彩の頭髪の蛇を一匹、ヒロシの胸ポケットに這わせる。
冷たくヌメった蛇がヒロシの首筋を撫ぜる。爬虫類が好きな人には堪らない感覚らしいが、この窮地に立たされたヒロシには当然そんな感触を楽しむ余裕もない。怖気を催しながらも懸命に耐える……。
「――これかしら?」
蛇が綺麗な包装袋を抜き取る。そして、他の頭髪の蛇も使って器用に中身を確認する。
「……まあ! こんな物を!?」
ソロルは袋の中身に驚愕し、すぐに技を解いた。ヒロシは慌てて距離を取り、呼吸を整える。
「ぐはっ!! ぜえーっ、ぜえーっ、ひゅー……ひゅー……」
(危ないトコだったぜ……あと数秒締めあげられてたら脚の骨を砕かれていたぜ……いや、脚が動かなくなったら次は腕……背中……最悪、首を…………)
何とか関節技から逃れたものの、判断が遅れた場合のことを想像し、ヒロシは改めて戦慄し、顔が真っ青になった。
「こんな高価な物を頂いていいの!? 当分食いっぱぐれないどころか、ひと財産よ!?」
ソロルは素早く変身を解き、元の若き女性の姿に戻った。殺気を解き、ヒロシに駆け寄り、しゃがんで声をかける。
「ゲッホ……ヴェエッホッ! ……い、いいってことよ……アンタに勝てない喧嘩売った……俺が甘かったんだ……それで、見逃してくれ…………」
「う、う〜ん……でも、こんな大粒の宝石……本当に? いいの?」
先ほどまでの容赦のない態度だったソロルは一転して痛めつけた相手を心配する素振りを見せる。
「ね……姉さ〜ん……」
「え? マーくんどうしたの?」
「そ、その人も心配だけど……お、おしっこ……もう限界ィ……!」
「あ、ああ。ごめんごめん! そこの壁に――――」
その時、ヒロシは右手を素早くソロルの眼前に差し出した。
「……さっき長旅で飲み終えたばかりの2リットルペットボトルだ……口は大きいやつだからな。足りるはずだ」
「ヒェッ!
思わぬ妥協案に難色を示すマーくん。
だが、ソロルは何やらじっとりニヤリと微笑んで言う。
「こらこら、マーくん! 折角どこの誰とも知れない人だけれど、トイレを用意してくださったのよ? 今すぐ姉さんの前で――――いやいや……このお兄さんに用を足してもらいなさい?」
「そんなあ!?」
「大丈夫、大丈夫! 姉さん向こう向いててあげるから! この人なら男同士よ。なら恥ずかしくないでしょ?」
「う、ううーん……」
困惑していたマーくんだが、すぐに壁の方を向いて告げる。
「ぐすっ……わかったよお…………」
「ハイ、取り敢えず貴方、弟を頼むわね」
「お、おう……」
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その後、ヒロシは立ち上がってマーくんが用を足すのを手伝ってあげた。そして、明後日の方を向いているとはいえソロルが自分やマーくんに何か不埒なことをしないか見張った。
「……零すなよ。飛沫が飛ぶとバッチイからな」
「う、うん……」
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そしてヒロシは、傾奇アイテム『マーくんの聖水』を手に入れたっ!! チャチャチャチャーン!!(ファンファーレの鳴る音)
「聖水って何!? それ僕のおしっこだよ、汚いよ! 全然聖水じゃあないよ!!」
あまりの扱いに狼狽するマーくん。
「何言ってるの、マーくん! ふるーくから伝わるお話にね、マーくんぐらいの男の子が、その聖水を振り撒いてあまりの清さに火事の火元が消えて引っ込んだってのがあるんだから! 炎の精霊がドン引きするレベルでね? 汚いだなんてとんでもない」
「えっ……ええ〜っ……そんな高尚なのと同じにされても……」
ペットボトルの中には、栄養やら何やらが豊かそうな聖水がタプタプと小さく波打っている。
「……ねえ、お兄さん」
「……な、なんだ? もうアンタと戦う気は――――」
「そんなことはもうどうでもいいわ。その聖水は……マーくんの物――――というか、マーくんの身体の一部だったものなの……返して……もらえないかしら?」
「…………」
ヒロシは考えた。
手元にあるのはただの聖水だ。
だが、何とかこの傾奇アイテムを活かす状況が無いだろうかと。
世の中には尿療法など奇特な健康法を嗜む者もいる。もっと奇特なのは他人の身体の一部を収集することに悦楽を覚えるような人体収集家なども存在する。
これだけ傾奇者が闊歩する混沌の街・カオスシティ。
そんな人物がいても、もはや何の不思議もない。利用する術は有り得る。
だが――――聖水を見るソロルの目つきが鋭い……この戦闘でも完敗を喫したわけだし、断れば再び地獄のような激痛を伴う関節技を極められるかもしれない。
ヒロシは冷や汗を垂らしながら妥協した。
「……わかったよ。この聖水はアンタたちのもんだ」
聖水を渡すと、ソロルは大事そうに懐に抱えた。
「ありがとうございます……うっ、うへっ、うへへへへぇ〜…………」
ソロルは不気味な笑みを浮かべ、欲情に近い声を漏らす。
(うわ……やっぱこの姉さん、やっべえ)
戦慄し、同時に判断を誤らなかったことにヒロシは安堵した。
「ね、姉さん! それ捨ててよね!? 汚いし……は、恥ずかしいから……!」
ひとまず尿意を解消したマーくんは、ソロルの服の裾を引っ張り訴える。顔は真っ赤である。
しかし、ソロルはそんな弟の訴えも軽く見て、聖水入りのペットボトルを片手で空中に軽く放ってお手玉する始末……。
(うおっ! 汚ねえ……マジかよこの女)
「うわあ! 姉さんやめてって! それおしっこなんだよ!? 中身漏れたらどうすんの!!」
ソロルは恍惚に近い表情を浮かべ、お手玉する聖水を見つめている。
「な〜に言ってるの。マーくんの大切なにょ――――聖水だもの……汚くなんかない。じっくりコトコト煮詰めて、煎じ詰めて、魔法をかけて…………立派な魔法道具に錬成してあげるに決まってるじゃあないの……マーくんの大切な聖水だもの……きっと優秀な錬成素材よお? ぷぷっ、ぐぐぐククククク…………」
「どういう意味で優秀なそざ――――うわあ…………」
マーくんは自分の体液(しかも排泄物)を欲情しながら錬成の優秀な素材として愛でる姉の表情やその妄執を想像し、紅潮した顔は一気に真っ青になった。
「……あっ、いけない! 忘れるところだったわ……ねえ、貴方?」
「うっ、な、なんだよ……」
ヒロシは身構える。単なる戦闘力だけでなく、性癖を含め危険な精神性を十分に感じ取れた以上、出来ればお近付きになりたくないのが心情だった。
「そんなに構えないで。さっき、苦し紛れとはいえ、こんな立派な宝石を頂いちゃったんですもの! 凄く嬉しいけど……ちょっと金銭的には貰いすぎだわ」
ソロルは聖水を持っている鞄に仕舞い、宝石の包みも服のポケットに入れてからヒロシに向き直る。
「――だから、是非お礼をさせてください! ウチの魔法屋で出来る最高のサービスをさせてもらうわ!」
「……えっ!? い、いいのか? でも……」
思わぬ申し出にヒロシは動揺した。ソロルはさっきまでの凶悪な笑みではなく、快活に微笑んで続ける。
「あら、意外だった? これでも分相応に生きているつもりよ。身の丈に合わない臨時収入は良くないし、それ相応の感謝の気持ちは示さなきゃ!」
「そ、そうか……ありがとよ……」
少し呆気に取られて、ヒロシは生返事をした。
だが、ソロルはにこやかな笑顔の裏に黒い念のようなものを含んだ顔つきでこうも続ける。
「それに……成り行きとはいえ、マーくんの聖水を採取するのを手伝ってもらえたしねえ〜……貴方には別の意味でも感謝しなくっちゃ。うふふふふふふふ」
(アカン)
そう思ったヒロシとマーくんは共に顔を見合わせ、苦虫を噛み潰したような渋顔をした。お互い災難だね、と言った感じに。
私たちの店はすぐそこよ。損はさせないし、時間も大して取らせないわ。貴方が良かったらの話だけど、来て来て!
「……わかったぜ。そ、それじゃあ……邪魔するぜ」
「うむ。素直でよろしい! さあ、こっちよ!」
ソロルとマーくんは路地裏から離れて、魔法屋とやらに向かった。
――――ソロルは、宝石の『サファイアを一粒だけ』満足そうにポケット越しに撫でながら歩く。
(……宝石を別々に分けて持っておいて正解だったぜ……後ろめたくて言えねえが……まだ金目のモンを失っちまうのは惜しいからな。『分相応に生きている』とやらを利用させてもらうぜ)
そして、
傾奇ポイントを三十五ポイント手に入れた!!
――――現在ヒロシの傾奇ポイント百八十五ポイント。予選終了まで三時間二十分。予選通過に必要な傾奇ポイント百十五ポイント――――
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