第一話 混沌の街

「……ここが……そうなのか……」


 彼――――成長したヒロシは、『その街』に辿り着き、辺りをゆっくりと見渡した。


「そうともさ、ヒロシ。ここが……あんたが子供の頃から来たがっていた街だよ」


 幾分か歳を取った母は煙草をくゆらせ、続ける。


「……どうだい? この街の第一印象は?」


 母に訊かれ、ヒロシは注意深く街の様子を見て答える。


「……一見普通の街だな……だが、何ていうか……目に見えない活気のようなモノを感じる……」


 その答えに、母はニヤリと笑った。


「ふふ……良い答えだ……」


 そして表情筋を一度引き締め、ヒロシに語る。


「いいかい。この街には世間では収まらないようなドデカい器……そして激しい気質を持った連中が潜む街さ。ちょいとこの中心街を外れればスラム通りだってあるさ……」


 母は辺りを見渡す。よく見れば、そんな街に住むことに怯え、縮こまっている様子の老人もいれば、派手な衣装に身を包み悠然と闊歩する若者もいる。今ヒロシと共に立っている場所はちょっとした公園だが、虚ろな目をしたホームレスもたむろしている。


「そんなやくざ者や……『中二心・・・をこじらせた』連中が混在していても……この街は妙なバランスで成り立っている。そして、互いの生き様を誇り合い、大見得を切るうちに……この街独特の『祭り』が生まれたのさ。『祭り』……もしくは『大会』と言うね…………どうだい? この街――――『カオスシティ』で一番の傾奇者を目指す、その心意気の程は? ……ワクワクしてくるかい?」




 すうっ、と街の空気をいっぱいに吸い、吐き出した後ヒロシは答えた。


「ああ! 身震いするさ、母さん! 『祭り』でどこまで行けるのか……俺はどれだけ『かぶける』のか……!」


 今や精悍な青年へと成長したヒロシは、その目に闘志の炎を灯し……黒衣の上に羽織った黒マントをはためかせる。


「そうかい。ま、あんたは父方の祖父母がミュージシャン。母方の祖父母が俳優。親父がアニメーター。そしてアタシからは……『伝説のコスプレイヤー兼コラ職人』の血を受け継いでいる。云わば、傾奇者として最高の血統だ……だがなヒロシ。間違っちゃいけないよ」


 ヒロシは、他人から見れば一体全体どんな生き方をしたんだ、と訊きたくなるような母に向き直り、その厳しい眼差しを受ける。


「一見、好き勝手暴れてる様な傾奇者でも、やっていいことといけないことはあるもんさ。そのさじ加減……間違えると――――死ぬよ」


 母は『死』という強い言葉を用いて息子に今一度諭す。


「これからこの街で、あんたは多くの重い決断を迫られるだろう。何をやれば『傾奇者』なのか……何をやらかせば『落伍者』なのか。それを、よーく考えて行動することだよ。そして――――」


 母は煙草の吸殻を手持ちの携帯灰皿に押し込み、目を細める。


「――――父さんが優勝した時に言ったこと、忘れるんじゃあないよ」


「……ああ」


「……これがゲーム版なら、『まあいいか、気楽に思うままにやってみな。セーブとロードを根気よくやれば問題ない』と言ってやるんだがね。生憎これは現実だ。下手をすれば取り返しのつかないことは山ほどあるよ。焦らず騒がず、気張っていきな」


「……母さん、ゲームって何の話? 何かのメタ発言? ……さすが母さん……傾奇者としての気質は健在か!」


「ハハハ。おいおい、こんなことでビビってちゃあ、『祭り』で一番になんかなれっこないよ。気を引き締めていきな」


 落ち着いているが高らかに笑う母に、かつての『祭り』の覇者としての胆力と、よくわからないゲームシステムやら何やらのじっとりとした大人の事情を感じた。


「さて、と……アタシはアメリカに帰るからね。結果を出すまで逃げ帰ってくるんじゃあないよ。それじゃあね…………」


 そう告げて、母はその場を去っていった……。


(……ようし! 俺はやるぜ。全力でかぶいて……『祭り』の覇者になって見せるぜ!)


 ヒロシは右腕に気合いを込めてガッツポーズ、挑戦者としてのスタートラインに立った喜びを噛み締めた。


――――と、そこで背後から声をかけられる。


「もし……そこの御方……」


「ん?」


 振り返ると、そこには何やら大正時代の書生か将校を思わせる制服を来た男がいた。


 男はニッコリと、しかし何かを含んだような笑みを浮かべ、口を開く。


「お話は全て聴こえておりましたよ。小生は『祭り』への参加受付をしている者です。運営本部まで御足労頂く手間が省けました。すぐに参加受付を済ませますゆえ……」


 受付の男はエントリーシートを取り出し、記入を始める。


「あ? ああ、それはどうも。俺の名前は――――」


「――――20年前の『祭り』の優勝者……ルーシー様、その翌年優勝なさったパテル=トオル様のご子息……ジョー=ヒロシ様ですね」


「!? 俺のこと知ってんのか!?」


 驚くヒロシに対し、受付は不敵な笑みを崩さずエントリーシートに書き込んでいく。


「この祭りで夫婦で続けて優勝なさったお二人、そしてそのご子息の存在を知らぬ者は……少なくとも運営本部にはおりませんよ……現在のお住まいはアメリカで?」


「あ? おう……」


 ヒロシは戸惑いつつも、受付から訊かれる『祭り』へエントリーするための必要事項に一つ一つ答えていく。


「ふむ……わかりました……参加者番号44番の……ジョー=ヒロシ様ですね……只今、参加を受け付けました……」


 すると、受付はエントリーシートを手持ちの鞄に仕舞い、何やら歩数計のようなデジタル測定器を取り出した。


「……今から五時間!! 五時間が、本選へ進むための『予選』となります! 『予選』の時間内に全力で『かぶいて』頂き……この! 傾奇メーターにポイントを貯めてください!」


「傾奇メーター……」


 ヒロシは受付から測定器……傾奇メーターを受け取った。


「そのメーターは持ち主が『かぶく』と、その傾奇の程度に応じた傾奇ポイントが貯まっていきます。予選の間に……三百ポイント貯めれば、晴れて『祭り』の本選へと出場を許されます! 本選……あの、スタジアムにて貴方のお姿を見られるようお祈りしていますよ」


 受付は街の北側にそびえ立つ……大きなスタジアムを指差して告げた。


 あのスタジアム……大勢の観客の前で強敵と傾き合う――――ヒロシは想像しただけで胸が躍り、その身体をふるふると小さく震わせた。


「……ふふふふ。どうやら、その様子ですと意気軒昂いきけんこうと言ったところですか。期待しておりますよ……それでは、小生はこれにて――――うはははひゃひゃぐろろぐぐろしべちあぁあぁあぁぁーーーーッ!!!!」


 受付は何やら突然奇声を発しながら走り去って行った。


(……あの受付係も傾奇者ってわけか……一瞬たりとも油断のならねえ街だぜ…………)


 走り去る受付の後ろ姿の奇矯さに、この街、そして『祭り』に関わる傾奇者たちの尋常ならざる精神を感じ、ヒロシは戦慄と期待、そして覚悟の念が綯い交ぜになった。


「今から五時間……ちょうど夕方の一八〇〇時ちょうどでタイムアップ、か…………」


 公園の時計を見遣り、ヒロシは焦りを覚え始めた。


 メーターに三百ポイント――――これが容易いのか、困難なのか……そんな焦りを感じながらも、まずヒロシは身の安全を考え始める。


(……スラム通りもあるほど危険な街、なんだよな……丸腰じゃあやべえかもな)


 ヒロシは公園を後にし、まずは武具を揃えられる処を探し、歩き出した。


――――予選終了まであと五時間――――

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