半脳少女 ~ボクは美少女になった。でも脳は半壊している~

りょー

   0話 プロローグ

 


 プロローグとサブタイ入れましたが、主人公の紹介と雰囲気を捉えて頂く為のお話です。

 飛ばして頂いても大丈夫です。

 次の1.0話から本編となります。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 みーん。みーん。



 じー。じー。



 なんでセミの声って、こんなにうるさいのかな?


 ただいま、ハンカチ片手に汗を拭きふき通学中。


 




 ユウの自宅から学園まで、徒歩10分。私の足でね。

 ユウは自分ちの前で、いつもご家族の誰かと一緒に待ってるんだよ。

 今日はお母さんが付き添い。


 いつもごめんなさいねぇ、千穂ちゃん。今日もよろしくお願いしますね……って、丁寧にお辞儀される。


「いえ。大丈夫です。私も楽しいし……」


 ……なんて、いつものやり取り。


 過保護だよね。ご家族も……私も。


 私の家からは学園まで、徒歩15分。わざわざ10分かけてユウを回収して、それから20分かけて学園へ。

 私にとっては2倍の時間。


 ユウは転入当初、ご家族が車で送ってたんだけどね。

 リハビリになるからって、ユウの主治医の先生に徒歩通学を勧められたんだって。


 ご家族の誰かが送る予定だったんだけど、珍しくユウが反発したみたい。

 まぁ、高校生にもなって保護者同伴は恥ずかしいよね。




 強い日差しの中を日傘を肩に掛けて、ゆーっくり歩くユウをチラリと見てみる。


 周りの人たちが一斉に目を逸らす。

 小さいのに目立つんだよね。この子。


 本人は……慣れちゃったのかな? よくわかんない。



 ユウはセーラー服を着てる。白ばっかりの可愛いデザインなんだよ。私も同じセーラー服。2人とも制服組なんだ。


 問題はね。セーラー服の袖から出てるインナー。

 スポーツインナーって言うのかな?

 それ着てるんだ。今日は黒。ちっちゃいユウには大きいサイズ。親指の付け根くらいまで袖が来てる。

 野球選手みたいに物凄いピッチリじゃなくて、フィットはしてるけど手首とかぶかぶかなのが可愛い。


 でもね。夏なんだよ。


 夏、真っ盛りなんだよ?


 ついでに言うとハイネック。

 そんなの着てる表向きの理由は、日差しに弱いから。


 白のプリーツスカートからは黒の長いニーソ……ううん。はいさいそっくす? ……っていったかな?

 太ももの真ん中くらいまであるやつ。まぁ……自信ないから長いニーソでいいや。


 白い2本の線が長いニーソの上のほうに入ってて、歩くたびにそのラインがスカートからチラチラ見えてる。

 だんだん、短くなってるなぁ。身長の割に長い、綺麗な足のラインが目に毒。


 目線を進行方向に戻してから考える。


 たしかにもう少し短い方が可愛いかも……って言ったのは私なんだけどね。

 次の日にはウエストで巻き上げるヤツじゃなくて、きっちりと裾上げした形で短くなってて驚いたよ。


 絶対領域? そんなものは見せません! 私が絶対、止めてみせます。こんな長いニーソで絶対領域なんか見せたら超ミニもいいとこだよ。


 コーディネイトはユウのお姉さんがしてるんだ。ユウのお姉さんならやりかねない……と思う。


 忘れもしない。前にお休みの日に遊びに行った時の話。

 お姉さんの車で待ち合わせ場所に到着。車から降りたユウを見た時、みんな呆然。文字通り時間が止まったんだよ。


 ゴスロリ。


 似合いすぎてて困った。目立ちすぎて。

 お姉さんはゴスロリじゃない……とか、甘ロリとか黒ロリとか、よくわからない事いってたね。

 とにかく悪目立ちしちゃって、お姉さんが帰って全員集合した後、まずはユウの服を買いに行く羽目になったんだよ。普通にしてても人目を引くのにね。


 そんなユウ可愛いよユウ可愛い……って、親馬鹿ならぬ姉馬鹿さん。


 どうやって絶対領域阻止しようか?


 やっぱり……パンツ見て興奮した誰かに襲われたらどうするんですか!

 これかな?

 これでいこう。



 ツーって、顎に沿って不愉快な感触。

 色々考えてながら歩いてたら汗が。

 慌てて手に持ったままのハンカチで拭う。


 あっついなぁ。


 うん。やっぱり聞いてみよう。


 ユウに話しかける時は、ゆっくりと簡潔に。

 これを意識しながら声をかけないとダメ。



「ねぇ。ユウ? ……暑く……ない?」


 私の声に少し遅れて元カレ・・・がゆっくり返事してくれる。


 うん。元カレ。元、彼氏。間違いじゃないんだな。これが。



 5秒後くらいに返事してくれる。



「――あつい――よ?」


 ユウは『よ』のタイミングで小首を傾げる。



 ……。


 …………。


 あっ……。


 見とれてたよ。ユウこいつって、やっぱり可愛い。




「――なんで?」



「――夏だし」



 ユウの言葉を組み立ててみる。


『暑いよ。なんでそんな事? 夏だから当たり前』……かな?




 いやいや。夏だからだよ?


「その……恰好の……事……だよ?」


 ユウに解りやすいように、ゆっくりと言葉を切りながら話してあげる。


 事故の後遺症で頭に障がいが残ってて……。


 えっと。


 ごめん。ユウ。


 はっきり言うね。



 ……お馬鹿なんだ。





 ―――ユウは去年のGWゴールデンウィーク明けの5月6日に事故に遭ったんだ。詳しい事はニュースで言ってた程度しか知らない。大きなニュースだったんだよ。この町の人なら誰でも……。ううん。日本人なら誰でも知ってるくらいの大企業のTOPが乗ってる車が事故を起こしたんだ。


 当時はすっごいショックだったよ。

 いきなり彼氏が交通事故で意識不明だよ。

 すっごい落ち込んじゃった。


 それからずっと意識不明。


 クリスマスの翌日。12月26日に意識を取り戻したみたい。

 ずっと、面会謝絶……って言うか、秘密にされてたのかな?



 意識が回復して、私の初めての面会ではユウがいきなり転んで失神。

 数秒で面会終了だった。



 でも、その時の衝撃はすごかった。


 あれ? なんか転んだ時の衝撃みたいになっちゃったね。


 そうじゃなくて。



 ユウは今の女の子の姿になってたんだ。

 その時はね。女の子がユウって信じなかった。

 信じられないんじゃなくて、ホントに信じなかった。


 次の日も面会させてくれてね。

 その時、話して確信したんだ。



 ホントにユウだって―――





 それにしても返事ないね。


 ……って! あれ!? いない!?


 ユウっていっぱい考えるとね。ピタって体が止まっちゃうんだ。

 でも表情はコロコロ変わるんだよ。見てて面白い。



『その……恰好の……事……だよ?』



 そんなに難しかったかな?

 振り返るとユウは立ち止まってた。

 周りには人だかり。


「なにやってんの!」


 私の言葉に散ってく人たち。

 同じ高等部の人。中等部の人。初等部や大人の人まで。女の子もけっこう混じってた。

 クモの子を散らすって瞬間を見ちゃった。


 まぁ、初めてじゃないけどね。全部、ユウ絡みで。


 ユウのとこに戻って正面から覗き込んでみる。

 視線は私を通り越して、ずっと遠くを見てる。

 どこ見てるんだろうね?


 じっと、ユウを観察してみる。


 白い肌。なんて言うのかな? 肌色にピンクを足していーーっぱい白を混ぜた感じ?

 前髪は作ったけど、そこ以外はハサミが入った事のない淡い栗色の髪。一番、長いとこは肩甲骨の下に届いてきた。伸びるのすっごく早い。

 ちっちゃい顔の輪郭はシャープで隙なし。

 形のいい口はふっくら唇で薄い桃色。

 小ぶりだけどバランスのいい鼻。

 くりっとした瞳に長ーい睫毛と、その上に柔らかく弧を描く眉。

 眉は整えた事ないんだって。天然モノ。お姉さん談。


 どのパーツを見てもすっごく上出来。

 ごめんなさい。私が表現できるのはこの程度。


 とにかくね。完全完璧な美少女。

 完全が認められない人だと作り物くらいに思っちゃうかも?


 あ。戻った。目が合ったら長い思考から戻ってきた証拠。

 たっぷり30秒くらい観察できたよ。私が聞いてから何分だったのかな?


 今回は表情が動かなかったね。

 ぼうっと遠くを見て動かない。こんな時は思い出してる時。

 最近、確信したんだ。



 やーーーっと、ユウが動き出したよ。


 ユウは頭をちょっとだけ傾けて言う。


 この首を傾げる動作は癖みたい。だった時には無かった癖。

 不思議だよね。なんて言うか……。うん。あざとい。狙ってやってるんじゃないの? ……って思う時もある可愛い仕草。



「――れい――かん――しよう?」


 …………。


 ………はい?


 語尾が上がってるよ?

 自信なさそうね。これ。


「霊感……使用……?」


 たしかに涼しくなりそうだけどね。



 ユウは同じ言葉で返してあげると、言葉を追加してくれるんだ。

 ちょっとだけだけどね。


 ところで……何の話だっけ?

 涼しい? 暑い?

 あ。そだ。暑そうな恰好の事だったね。


 私のオウム返しにユウは少し間を空けてから、眉を下げる。

 困ってるね。

 それから口を突き出す。

 不満なんだね。


 むぅ。私だっていっぱい考えながら話してるんだぞ。


「――すずしい――れいかん」


 小首を傾げて、一生懸命考えて……10秒くらい後に口を開いてくれた。

 涼しい霊感? 涼しいね。幽霊絡みなら。

 いや。そうじゃなくて。

 だからね。霊感って。


 あー。ダメだ。怒っちゃダメだ。怯えちゃうんだよ。すぐに。

 

 すぅーー。


 はぁーー。


 1つ深呼吸して心を落ち着かせる。

 ユウから視線を外して考えてみる。この子みてるとソワソワしちゃうんだよね。


 えーっと。キーワードは『れいかん』『しよう』『すずしい』あと私が投げた『暑そうな恰好』。

 なんで暑そうに思うか? 長袖、ハイネックの『インナーシャツ』もかな?


 しよう、れいかん、すずしい、シャツ?

 シャツ、れいかん、しよう、すずしい?

 すずしい、れいかん、しよう、シャツ?


 あれ?


 あっ!


 わかったぁぁ!


 涼しいって事は『れいかん』は冷感だー。


 あー。ユウ、涼しい冷感って、ちゃんと教えてくれてたんだね。

 ごめんね。ありがと。


「冷感仕様……だから……涼しい……だね?」


 確認してみると、やっぱり時間をかけてから、うんうんっていっぱい頷いてた。







 ―――その恰好、暑くない?




 ―――冷感仕様だから大丈夫だよ。






 たったこれだけ。

 これだけにどれだけ時間かけてるんだか。

 楽しくなってきたよ。

 なんだかすっごく楽しい。

 いいね。こういうのって。


「あははははは!!!」


「そっか! うん! よかったね! 涼しいんだ!」


 私の笑いにつられたのかユウも笑う。笑顔満開。すっごい威力。


 ちょっとだけ真面目な顔になって、考えてからまた笑顔に。


「――そう――だよ」


「――だから――だいじょうぶ」


「――ありがと――しんぱい――した」


 おー! けっこう長い文章! すごい!

 私の言葉もいつもより速かったはずだよ。ちゃんと理解してくれてる!

 回復してるんだね。


 ユウの頭をよしよしする。

 キョトンとして……ムッとして……両手でポカポカしてきた。

 

 あはは! ごめん! ごめん! 


 男の子だったね!






 キャッキャとじゃれ合って、気付いた時には遅刻ギリギリ。

 ユウの手を引いて、ちょっと速足。

 運動神経が全く無くて、おまけに右手右足の力の弱いユウはちょっとした速足できついみたい。

 ごめんね。ちょっとだけ我慢して。


 ユウって、事故前はバスケ部のレギュラーだったんだよ。

 背が低かったからパスばっかり出してた。シュートなんて1試合で数本だけ。でも最初にボールを預かって、自分より大きい仲間に指示しててね。

 ガードって言うポジション。かっこかわいかったんだよ。


 今じゃ可愛いばっかりだけど。


「ユウ先輩! チホ先輩! 遅いですよ! あたし、遅刻決定じゃないですか!!」


 校門前で急に声をかけられて驚いた。


 ユウの様子を見ながらの速足だったから、気が付かなかったみたい。



 ダメだよ。驚かせたら。

 ほら。口を開けたままで固まってるじゃない。


「先輩方! これ昨日、焼いたんです! 食べて下さいね!」


 早口ダメだって。ぽかーんってしてるじゃない。


 声をかけてきたのは中等部の七海ちゃん。最近、私たちの周りをチョロチョロしてる……って言うか、ユウを追っかけてる中等部の女の子。元気で可愛いタイプの子なんだよ。

 その子はユウの手に可愛くラッピングされた可愛い袋をユウのちっちゃな手に強引に押し付ける。


 ユウは成すがままだね。

 状況に付いてけてないよ。たぶん。


「それじゃ、先輩! またです!」


 七海ちゃんは、ピューーって中等部の校門に走ってく。



 元気だねー……とか思ってたら、ユウが泣きそうな顔をしてた。


 ユウの扱いに慣れた私もさすがに焦る。

 嬉し泣きじゃないよね。

 どうみても悲しそう。

 今のやり取りのどこにそんな要素が?


「どうしたの?」


 私が声をかけると、ユウはポロポロと涙を零し始めた。

 傍に寄って、抱き込むように背中をさすってあげる。

 この子、感情にそのまんま体が反応しちゃうんだよ。


 背中をよしよししてると意外と早く喋り始めた。


「――しらない――人から」


 あー。なるほど。いっぱい叱られたもんね。それで。


『知らない人から物を貰っちゃいけません』


 あちゃー。憶えられてないよ。七海ちゃん。ユウにとっては大切な約束を破っちゃったって事になるんだね。

 七海ちゃんの事と、先輩に憧れる後輩からの贈り物について説明してたら豪快に遅刻した。


 ついでにユウから離れて見守る、身辺警護のクラスメイト2人も遅刻した。






 これは平和だった頃の日常の一コマ。



 こんな超スローな生活がずっと続くと思ってた。




 ―――あの記事が世に出るまでは。




 この時はユウを中心に世界を巻き込む、命を賭けた大騒動が起きるなんて思いもしなかったんだ。

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