潜入捜査

「絶対誰にも言っちゃダメだからね!」

透が真剣な顔で確認する。


そして翌日、透くんが約束の時間にわたしの家を訪ねて来てくれていた。

昨日はついつい遅くなってしまったので、日と場所をあらためてゆっくり相談する事にして、わたしの家まで来てもらったのだった。




これは信用しても良いかも知れない。そんな予感がした。


「栞お姉ちゃんもね、茉都香の事を必死に捜してるところなの。だから、必要な時には、言わなきゃならない場合もあるかも知れないから、絶対に誰にも言わないとは言えない。今のキミのようにね、透くん。でもこれだけは約束する。何か大切なことが判ったその時は、透くんにも必ず報せるわ。それにキミには是非手伝ってもらいたい事があるの。」

いくら子どもが相手だからといって、その場限りの適当な嘘は言いたくなかった。


「・・・判った。」

なかなか頭がいい子で助かる。


「ありがと(わたしは少年に右手を差し出した)。その彼氏って人に今度逢う時、赤ちゃんの父親になった事を打ち明けるって、茉都香は確かにそう言ってたのね?」

わたしも透に念を押す。


「そうだよ。赤ちゃんが出来た事をちゃんと話さなきゃって言ってたもん。」

透がわたしの目を真っ直ぐに見据えて応えた。


「その彼氏が誰なのかヒントになりそう様な事は、何か言ってなかった?」

透から聴かされて、茉都香が妊娠していたという事実にまず驚いた。が、考えてみれば不思議はなかった。

今のところは今度の茉都香の失踪について考えた時、鍵となるのは赤ん坊の父親の彼氏の存在だろう。

茉都香のお母さんは、赤ちゃんは元より、その彼氏についても何も言ってなかった。多分、茉都香からは何も知らされていないかったのだと思う。身内すらも誰も知らないこの彼氏の正体について、わたしはとても気になっていた。

今のところ、茉都香の行方を捜す上で、彼を見つけるのが最短距離で行き着く方法ではないかと思われた。

何たって茉都香のお腹の中には赤ちゃんまでいるというのだから、最悪な事態にならないことを願わずにはいられない。彼女と会わなくなっていたこの1年半の間に、茉都香はわたしの知らない大きな秘密を抱えていた。

茉都香の事なら何でも知っている。わたしは当初そう勝手に思い込んでいた。

でも、ここ数日だけで、茉都香の新たな一面を次つぎと垣間見て、わたしが本当の彼女を全く知らなかった事を思い知らされた。

そして、茉都香の痕跡を追い掛け、見知らぬ茉都香を物語る証言と出会う度にわたしはその都度困惑し、驚かされた。もう一度茉都香に逢いたい。これまで以上に幼馴染みの茉都香への想いを募らせているというのに、彼女の居場所はまるで見当もつかないというのは、とてつもないジレンマだった。

わたしが彼女を知ろうとすればするほど、茉都香の方はスルスル遠のいていくみたいで、まるで実体のない陽炎を追い掛けて掴もうとしている様だった。

聞き込みをした茉都香の周辺の友人たちからは、彼女から家出や自殺をほのめかす様な話を聞いた事があるといった類いの証言は一切出てこなかった。

それどころか、友人たちの口からは、茉都香の事を心配して夜も眠れないといった、思いやりのある言葉ばかりがスラスラと語り語られ、繰り返し聞かされた。あのとき、死の淵に立っていた茉都香が、あれ程までに悩み苦しんでいた事を思うと、その間の温度差が余りにあり過ぎて、わたしの中では違和感ばかりが大きく染みの様に拡がっていった。



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