第68話
「トイレに行った隙だったのよ……! その隙にあの子、鍵も持たずに、部屋を出ちゃったのよ」
俺達はカイロの街を駆ける。
大門捜索網はたったの3人と心もとないが、今はこうするしか探す手段も無い。星見さんを殿にして、大通りの車に対抗するように駆ける。人の眼はあったが、知ったことじゃない。
今は、たった一つの涙に濡れた眼のみを血眼になって探すだけだ!
「やっぱし、責任を取ろうとしてるんだろうな……! 考えられるのはそれだけだ! あいつ、絶対に敵を探そうとしてるだろ!」
「そうであろうな。大門嬢は真面目だからのう」
「本当にごめんなさい……。任せてもらったのに……」
「トイレまで我慢しろなんて言わねえよ! 廃人プレーヤーじゃあるまいし!」
「その通りよ! 今はただ、突き進むのみ!」
「! 二人とも……」
俺の横を走る剛迫から、僅かに色の違う息が漏れた。
「じゃ、じゃあついでに、励ます為に一緒にクソゲーしてたのが本当の原因だったとしても許してくれる!?」
「お前何やってんじゃオイ!? やっぱそういうことしてたのかよ! お前の励ましっていうから何となくそんな感じはしてたよ!」
「お主、それはきついぞ!? ちと我も許すにはきついぞ!? 何故そんな傷心に鞭打つような真似を!」
「いやー、だって、クソゲーやって怒り狂えばストレス発散にならないかな? って思って。いくつかやったんだけど全部辛そうにしてたから、もしかしたらそれが原因なんじゃないかなー……ってちらっと思ったり?」
「それも原因の一つだ絶対! 何が楽しくて外国のホテルでクソゲーなんかやんなきゃいけないんだよ!」
「クソゲーセラピー! ド底辺を体感することで、容赦ない怒りをぶつけてスカッとするというこのセラピーをご存じないかしら!」
「とりあえずデータを提出しろ! そんなセラピー認められ……」
PPPPPP! PPPPPP!
「ん?」
俺のスマホが鳴る。また国際電話か、贅沢なもんだなあ、なんて思いながら画面を見やると、
「石川さん!?」
「え、石川さんから!?」
「ああ、出る! ちょっと止まろう!」
通話――耳に付けると、海を越えて地獄の声が電波に乗ってくる。
『やあ、脆く勇敢な牙を持つ子犬よ。カイロの夜はどうかね? 異国情緒を楽しんでいるかね?』
「い、今はそれどころじゃないんですよ! 大門が――」
『ああ。こんな夜に、妙な動きをしているようだね』
ギイッ、と軋る音がして、石川さんが視線を移したのが分かる。
『彼女のクナイにはGPSを付けている。これで彼女がどこにいるか大体わかるようになっているのだ』
「そ、そんな機能がついてたんですか? そして、大門はどこに?」
『ああ、無論、任務に入っていなければ起動しないよ。彼女にもプライバシーがあるからね?』
「んなもんどうでもいいんじゃー! 大門はどこだ!」
『位置自体は、そう離れてはいないよ。しかし、GPSの動きが不穏だった』
「動き?」
『テレポートした。無論、そんな力は彼女には無い』
「!」
遅かった。手遅れだった。大門は連れ去られたんだ。
『しかしそれ以降動きが無くてね。ビルの最上階に居るようなのだが、まるでそこで待っているかのようにそこに佇んでいる。――今にも行きたいだろう、PCから星見殿に地図を伝送する』
「最上階……!」
待ち構えている、というわけだ。
向こうはカードを手に入れた。剛迫と引き換えに大門を返す――嫌というほどゲームや漫画で見たシチュエーションだ。いざ自身が陥ると、これほどに手の施しようがなくなるとは!
『さて、そしてだ、子犬。否、一鬼 提斗。「こう」なった以上、もう秘匿義務も何もあるまい。もう知っているのだろう? 羽食 あたりと、大門 璃虞の関係を』
「え? ……ええ。羽食から、聞きました。あの二人は……親子だって」
「ぬ、石川殿から連絡が! 近いぞ、来い!」
「行くわよ一鬼君!」
「ああ!」
俺達は駆けだす。今度は星見さんが先頭になり、間に剛迫、殿が俺だ。幸い、星見さんの巨体のおかげで人がはけてくれて通話しながらでも走れるくらいの通路が出来てくれている。
通話を切るという手もあるが、今はそれをしたくない。
大門のことを、知りたい。その一心だ。
『そうだ。あの二人は親子だった。少なくとも……。父親が、過労で倒れるまではな』
「! 過労で……」
重い言葉に、背筋が寒くなる。
スマホを握る力は一層強く、神経はより耳に集まった。
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