第31話癒しの時
時はゆるゆると過ぎて行った。
蒼が目覚めた次の日、維月にも生気を分け与えて、母は無事に目を覚ました。
あれから、また二週間が経っていた。明日には家に帰ることになっている。結局一ヶ月も学校を休んでしまった。
村人達はとても良くしてくれた。古い習慣を大切に慎ましく生きて来た彼らは、起こっている時には驚いていたものの、事実を受け入れ、闇を消滅させたことにとても喜んでくれていた。
月から出た光のことは、しばらくニュースにも取り上げられ、大岩の落下事故と合わせて世間にも知られる事となっていたが、詳しい事は全て伏せられ、ただ事故と、不思議な自然現象という報じられ方だった。
直後は報道関係者でごった返した現場も、今は人も居らず平穏な日々が戻って来ていた。
蒼は一人、大岩の所へ来ていた。明るい所で見ると、それはすごい有り様だった。岩は地面をえぐり、割れた破片がいくつも回りに散乱している。ぱっくりと口を開けた洞窟は、昼間でも禍々しかった。
木々が蒼を歓迎するようにさわさわと風に揺れる。心地よくて、蒼は深呼吸した。
「蒼。」
聞き馴れた声が呼ぶ。裕馬が立っていた。
「裕馬、結局オレと一緒に帰る事になっちまったなあ。」
蒼は言って、側の石に腰掛けた。裕馬も隣りに座る。
「こうしてよかったよ。みんなといろいろ話せたし。」
あの日の次の日、事故を知った裕馬の母が、慌てて迎えに来たのを、裕馬は断っていたのだ。それからも頻繁に彼女はここへ来ていたが、連れて帰ろうとはせず、ただ様子を見守っているという感じだった。裕馬は続けた。
「オレ、正直母さんとは、親子でないような気がする時あってさ。いつもほったらかしだろ?話もほとんどしなかったし。でも、今回の事で、ちょっとだけ親子かなって思えるようになったんだ。話せば、分かってくれたりして、さ。」
裕馬は気恥ずかしげに言った。蒼は頷いた。
「うちだって似たようなもんだったんだぜ。母さんは父さんより男らしいし、夜よく涼達だけ連れて外出したりしてたし。」
「それはやらなきゃならないことがあったからだろう?」
「分かってる」蒼は答えた。「でもあの時は知らなかったからさ。」
裕馬は川面を見つめた。
「…蒼はオレのしたこと、気にするなって言ってくれたけど、オレはやっぱり自分が許せないだ。蒼はなんだってオレに打ち明けてくれたのに、オレはそうしなかった。」
蒼も裕馬にならって川面を見つめた。
「オレも良くなかったんだよ。人付き合いが苦手で、ほんとに裕馬がどう思うのかなんか分からなかった。もっと空気の読み方覚えなきゃならないよ。」そしてため息をついた。「特に女ってわからないんだ。うちの女達は、普通じゃないからね。あれを見てると、裏側考えちゃって、信用出来なくてさ。」
蒼は頭をかいた。裕馬は笑った。
「確かに普通じゃないなあ。みんなすごく気が強くて、それにオレが居てもお構いなしにバスタオル一枚で風呂から出て来るし。」
「だろ?!あれが毎日なんだよ。」
蒼は肩を落とした。
「でも」裕馬は続けた。「やっぱりオレは羨ましい。あれほど真正直に生きてる人達と、お前は過ごして来たんだからな。蒼の性格も、きっとだからそんな感じで、きっとだから女子にもモテるんだと思うよ。」
蒼は疑い深げに答えた。
「そうかなあ…モテるの定義がわからないよ。」
蒼は立ち上がって、少し足を引きずって歩いた。
「さ、戻ろう。明日には帰るから、今日は村の人達とみんなでご飯だって母さんが言ってた。手伝わないと、シメられる。」
裕馬も立ち上がった。
「脚、治るのか?」
「ああ」蒼は右足を見た。「驚異の回復らしいぜ。普通に歩こうと思ったら歩けるんだ。でもまだ少し痛むから、引きずってるだけ。このほうが用事、言いつけられないし。」
蒼はおどけて見せた。
「お前の母さんに言ってやろ」
裕馬もおどけて走り出した。
「あ、こら裕馬!やめてくれ!殺される!」
蒼は慌てて後を追った。
日が傾き始めていた。
神社の奥に設けられた席で、皆は楽しく過ごしていた。村人の中でも女の人達は、土間の台所から忙しく行ったり来たりして動き回っている。招待されて来た沙依ですら、立ち働いていた。確かに古い建物だが、廃れた様子は少しも見られなかった。
食べるだけ食べて落ち着いた蒼は、ふと窓辺に座り月を見上げる十六夜に気がついた。
その月は、まさに十六夜だった。
「みんなと話さないのか?」
蒼は十六夜に話し掛けた。
「オレは一度にあんなたくさんの人と話すにゃ慣れてねぇ」十六夜は答えた。「回りに居る人々が皆オレに気付いているなんて、どうしたらいいのかわからねぇんだよ。」
蒼は十六夜の前に座った。
「何か考えてたのか?」
十六夜は奥殿を見渡して言った。
「ここはツクヨミ達が一番よく過ごしていた場所だ。自分がここに座って月を見ているなんて、あの時は考えられなかったなと思ってな。」そしてまた月を見上げた。「あいつらにはこんな風に見えてたんだな。」
ここがそうなのか、と蒼は感慨深く座敷を見渡した。曾々祖母の美月までは、自分を理解してくれる村の男性と結婚し、村に住んでいたと聞いた。曾祖母の佐月が外の男性と結婚してここを出るまで、ここには代々月の力を継いだ者が居たのだ。
祖母の美咲が力を持たず生まれたことで、佐月はあまりここへ帰って来れなくなったらしい。維月が力を持ってここを訪れた時、人々は村を上げて歓迎したのだと、隣りで食事をしていた村野から聞いた。
蒼はしかし、十六夜の考えていた事がそれだけではないように思った。
「…なあ、十六夜。闇が最後に言ってたことを、気にしているんじゃないのか?」
十六夜はハッとしたようにこちらを向いた。そして蒼を見つめると、フッと微笑して言った。
「お前にゃほんとに隠し事が出来ねぇな。」そして頷いた。「そうだ。お前に降りて聞いた事なんだから、お前が聞いてて当然か。」
蒼は身を乗り出す。
「闇が無ければ光も存在しなくなるって…」
十六夜は手を振った。
「あれは関係ねぇ。現にオレはここに居るんだからな。まだどっかにあんな闇があるなら別だが、今の世の中人の心の闇自体が無くなることは考えられねぇじゃねぇか。」
蒼は座り直した。
「じゃあ、十六夜がなんで目覚めたかってこと…?」
十六夜はため息をついて頷いた。
「今まで誰もそれには答えられないと思っていた。答えがないと思ってたからだ。」そしてまた自分の本体である月を見た。「だが、あれを聞いた時、答えがあるのだと感じた。オレが目覚めたのは、おそらくお前達の尺度で千年以上前だったはずなんだ。」
蒼は仰天した。
「そんなに?!」
十六夜は真顔で頷いて続けた。
「お前達の授業とやらを聞いていて、月はそれよりずっと前から存在していたのを知った。オレはなんだってあの時目覚めたのか?本当に月なのか?ずっと疑問に思ってたんだよ。闇はその答えを知ってるようだった。今じゃもう聞くことも出来ねぇがな。」
蒼は複雑な気持ちだった。確かにあの時はそんな余裕はなかった。でも、十六夜は知りたかったはずだ。誰だって、自分の存在している意味を知りたいと望む。それは人も、意思を持った月も同じなんだ。
「他に聞ける人はいないかな…例えば、山中の所の白蛇様とか。」
十六夜は蒼の必死な表情にフッと笑った。
「アイツはオレを月と呼んでいた。知らないだろうよ。」そしてどうでもいいというように伸びをした。「ま、また探すさ。オレにゃ時間だけはある。」
維月がこちらにやって来た。
「蒼、眠かったら家に戻って寝てたらいいわ。これから女性達も食べ始めるし、まだまだ終わらないから。」
場は一層盛り上がろうとしている。蒼は十六夜と共にそっとその場を出て、家に戻って眠りについた。
明日帰れば、明後日にはいつもの生活が戻って来るのを考えながら。
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