第24話探索
翌朝、悟は黒のスカイラインであやめの家の前まで迎えに来た。あやめは、時間前から家の前で待っていた。プリウスがあやめに話し掛ける。
「じゃあ、その職場の上司が一緒に探してくれるのか?昨日来たのは、その上司だったんだな。」
あやめは頷いた。だが、悟の前なので話す事は出来ない。そのまま黙ってスカイラインに乗り込むと、そこを後にした。それを見送りながら、プリウスは言った。
「デミオ、お前、昨日の話はあやめちゃんにしたのか?」
デミオは意外だという声で答えた。
「してない。あれがそんなに重要な事とは思わなかったし、そもそもたまたま近所で同じ店に居たかもしれないだろう。だいたい、知り合いの不貞を暴こうとするか?先にこんな依頼が来てるぞと、忠告してやるんじゃないのか?」
プリウスは考え込んだ。
「…それもそうか。しかし、星路はどこに居るんだろうな。困った事だ。近くに車でもあれば繋がるものを。」
プリウスは空を見上げた。物ネットワークが役に立たないような場所…どこなのだ。
星路は、真っ暗な中じっと誰かがシャッターを開けるのを待っていた。そもそも、ここがシャッター式なのかも分からない。それぐらい狭く、漆黒の闇だった。
あやめが悟と一緒に家を出てスカイラインで移動しているのは、マスターキーから窺っていて知っていた。自分の場所さえ知らせることが出来れば、そんな無駄なことをしなくてもいいのに。星路は焦っていた。
退屈な中、星路は自分の体の悪い所はないか調べた。ボンネットの落書きは削られているが、下の塗装も少し剥がれて、無残なことになっているようだ。痛みは感じないが、それでも見た目は悪いだろう。暗くて見えないのが幸いだと思った。そして、盗まれた時に鍵やスロットルの所が何かなってはいないか調べてみたが、驚くほど何ともなかった。どこにもダメージを受けていないことに、少しホッとしたが、どんな手を使って犯人が自分を動かしたのか、星路には見当もつかなかった。
ふと、外から大きな金属音が聞こえて来た。星路は息を飲んだ…誰か、来た。
再び金属音が聞こえたかと思うと、今度は星路の入れられている車庫らしき物の前から、何かが外れるような音がした。そして、想像していたのとは違う、観音開きであちら向きに戸は開いた。
「ああ、これか。」
見知らぬ男が、星路を見て言う。もう一人の男が頷いた。
「確かにボンネットがえらいことになってるな。じゃあ、始めようか。」
一人が、星路の天井の方からそっと運転席側の窓へと滑りこみ、ポケットから出した真新しいキーを出して、差し込んだ。星路はびっくりした…これは、どこかで作られた全く別のスペアキーだ。
星路が前にそろそろと進み出ると、そこは、どこかの広い倉庫の中だった。もちろんのこと、物は何もなく、がらんとしている。振り返って見て、自分はその倉庫の中の、さらに小さな金属の箱のようなものに入れられていたのだと気付いた。
何をされるのかと思っていたら、二人は回りにシート敷いて、星路のウィンドウを養生し始めた。見慣れた金属の霧吹きみたいな形になった機械を持っている。自分を塗装するつもりでいる…。星路は、咄嗟にそう思った。
「これはどうする?」
一人の男が、金属の板をもう一人に見せた。
「ああ、後でいいだろう。」
星路は、それがナンバープレートであるのを見て取った。簡単には識別できないようにするつもりか。
星路がためらっていると、丁寧に養生していた二人の手が止まり、ついにあのスプレーを手に取った。
「気を付けてやれよ。新品に見えるぐらいにしろって言われてるんだ。」
もう一人は頷いて、緊張気味に塗装を始めた。
星路は言葉を失った。あやめ…オレは全く違う外見になっちまうぞ!
あやめは、星路が黙っているので、気になった。悟が居るので、自分から呼びかける訳にも行かず、少しそわそわしながらスカイラインの助手席に乗っていた。悟がその様子に気づき、声を掛ける。
「あやめちゃん?どうしたんだ…焦っても見つからないよ。とにかく、警察がやってくれてると思うけど、そんな車を見たかどうか近所に聞き込んで行こう。」
あやめは頷いた。それぐらいしか方法はない。あやめは、悟と一緒に来たことを少し後悔した。自分一人なら、回りの物達にもいろいろ聞けたのに。
「あの、きっと、ロードスターはどこかシャッター付きの所に入れられてると思うんです。」あやめは、悟に言った。「だって、ボンネットがあんな状態でしょう。その辺に置いておいたら、目立って仕方がないし。それに、家じゃないんじゃないかしら。近所の人に見られるもの。」
悟は驚いた顔をした。あやめが、そこまで考えられるとは思っていなかったようだ。悟は微笑んだ。
「すごいじゃないか、あやめちゃん。よく考えついたね。実はオレもそう思ってたんだ。とにかく、どっちの方向へ向かったのかそれを調べてみよう。でないと、シャッター付きの車庫を絞り込むことも出来ないだろうし。」
あやめは窓の外を移る景色を見た。星路は、物凄く狭い所だと言った。今頃、出されているのかしら。もしかして、もう移動されてるんじゃ…。
「あやめ。」星路の声が、マスターキーからした。あやめは弾かれたようにキーを見て、それを握り締めた。星路が続けた。「オレが居たのは、金属の箱みたいなものの中だった。出されたが、ここはどこかの大きな倉庫だ。中には何もない。場所も、だから分からない。だがな、オレは今塗装されてる。」
「ええ?!」
あやめは、思わず叫んだ。悟が、驚いてあやめを見た。
「あやめちゃん?」
あやめは構わず、星路に言った。
「何…ボンネットの印がなくなるってこと?」
星路は答えた。
「ボンネットだけじゃねぇ。オレは今、黒に塗り替えられている。こんな小さな車体だ、おそらく今日中に終わるだろうよ。しかも、ご丁寧にナンバープレートまであると来た。」
「黒…。」
悟が、怪訝な顔をした。そしてスカイラインを道路脇に止めると、ハザードランプを点灯させた。
「何が黒なんだ?」
あやめは、悟を見た。
「悟さん、信じられないと思うけど、私にはロードスターの言うことが分かります。マスターキーさえあれば、向こうの声が聞こえるんです。今、どこかの倉庫に居て、そこで黒く塗装されていると言っています。ナンバープレートも換えられるって。」
悟は、険しい顔をした。
「…そんなことをされたら、確かに困るだろう。ロードスターが見つけ辛くなる。それで、どこの倉庫なんだ。」
あやめは首を振った。
「わかりません。」あやめは、星路のキーを握って頬を寄せた。「真っ暗で何も見えないと言ってた。連れて行かれる時は、意識がなかったんです。だから、道も分からないのですわ。でも、そう遠くはないはず…倉庫って言ったら、きっと海辺じゃないかしら。」
悟は半信半疑な表情をした。
「…その…あやめちゃん。確かに、信憑性はあるんだが、でも、車と話せるなんてこと…。」
あやめは、必死に悟を見た。
「信じられないのは分かります。でも、きっと私…」と、スカイラインを見た。「スカイライン、あなたは新車で買われた?それとも中古?」
スカイラインは、しばらく黙ったが、無愛想に答えた。
「…中古だ。海岸線の海鳴駅の近くのディーラーで買われた。」
あやめは、悟を見た。
「このスカイラインは、海岸線の海鳴駅の近くのディーラーで中古で購入されましたね?」
悟はびっくりした顔をした。
「そんなこと、どうして知っている。」
問い詰めるような声だ。あやめは答えた。
「スカイラインが言っているんです。」
どうしたことか、何も聞かないのにスカイラインが続けた。
「こいつはロードスターを探して来たんだ。もう何軒目かのようだった。それでも見つからないから、オレを買ったのさ。諦めたんだと言っていたよ。」
あやめは、悟に言った。
「…悟さん、ロードスターを探していたんですね。それで、何軒も回って、このスカイラインを買った。そう、スカイラインが言っています。」
悟は黙った。そんなことまで分かるのか。あやめは、言った。
「私に、こんなに親身になってくださるのも、ロードスターが心配だからなのでしょう?私は、ロードスターから聞いて知っています。あなたが、私の前のオーナーだったって。三年目で手放したのは、悟さんの本意ではなかったと。車検の費用がねん出出来なかったからなのだと言っていました。助手席のダッシュボードの下の傷は、奥さんに売るように言われて、ロードスターの値を下げるためにわざとつけたもの。だから、悟さんは、あのロードスターを心配してくれるのでしょう?」
悟は、しばらくじっと黙って固まっていた。表情は険しいままで、何を考えているのか分からなかったが、そのうちに表情をゆるめて、フッとため息を付いた。
「…そんなことまで知っているなんて。わかったよ。信用した訳じゃないが、君が言うように、海辺の倉庫を当たってみよう。だが、物凄い数があるぞ?今日中に全部回るのは無理だ。明日も仕事を休んで、とにかく端から順番に倉庫を当たってみよう。それでいいかい?」
あやめは、信じた訳ではないと言っているものの、嬉しかった。なので、満面の笑顔で頷いた。
「はい!」
悟は微笑んで頷き、そして海辺のほうへ向かってハンドルを切った。
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