6.おまじない
「パンパカパーン」
潮崎さくらは明るく声を出した。ただ、なんとなくだが……なんとなくその明るさに空々しさがあるような気がした。
「ど……どうしたんですか、いきなり? しかもパンパカパーンってちょっと古くないですか?」
川村絵里は訝しげに潮崎さくらを見つめる。
僕は言葉もなく、元子役タレントを見つめる。彼女は相変わらず、笑みを添えたままだ。
「うんとね……前の彼女をすっかり忘れて、新しい恋が始まるようにオマジナイを一つしてあげようかなーなんて」
無神経な元子役タレントは言った。正直、僕は彼女にイラついた。余計……いや余計という言葉じゃ生ぬるい……、邪魔以外の何者でもない。
そう、もし彼女がいなくて、川村絵里が一人でこの地に着ていてくれていたら、こっちも余計な気を使わずに済むのに……。もっと川村絵里との距離を近づけていられたのに……。
「それって、どんなオマジナイですか?」
川村絵里はさっきとは変わって、好意的に尋ねた。
潮崎さくらは、ボールペンと手のひらサイズに納まる、若い女の子が好きそうな、かわいらしいメモ帳をベリっと一枚ちぎって、
「これにその元カノジョのイニシャルを書いてくださいー。」
と僕に手渡してきた。
僕は……不快感をあらわにする。
「……何の意味が?」
「いいから、騙されたと思って、やってみてくださいよー。すっかり忘れて、次の恋へズキューンと一直線っ!」
面倒くさい。早く済ませたかったので、僕は乱暴に前の付き合っていた彼女のイニシャルをかき、彼女の手に戻した。
「・・もし変わらなかったら?」
僕は尋ねた。
「えっ?」
「……君の言うオマジナイとやらの効果がなかったら?」
僕は挑発気味に尋ねた。
「その点は大丈夫です。そんな事を考える必要ないですよー。」
いまいましい元子役タレントは陽気に答えて、僕が手渡した紙を見て、
「……そうか。Y・T……。突然ですけど、目の彼女の名前を当てさせていただきますねー」
僕は思いがけない彼女の言葉に全身が硬くなり、頭が真っ白になった。息をするのも忘れそうになる。
潮崎さくらは僕に近づいた。近づいたと言うより、目と鼻の先まで踏み込んできた。彼女の顔が僕の視界の中でアップになったかと思うと、さっきの紙を握り締め、僕の目前に
かざした。
「見てくださいねー、この右手を……。ナムアミダブツ……ニャムアミダブツ……」
僕は気がついた。おちゃらけている彼女に反して、僕はものすごく緊張に全身が強張るのを感じ、彼女に言いなりに僕は彼女の右手を見つめていたが、不意に
「荒橋さん……。右の上着のポケットに何か入っていますよ?……。」
「……え……右……?」
「そう、右のポケットでーす。」
僕は、自分の上着の右ポケットに手を入れてみると、何かしら紙切れが入っているようだった。
手にとって見ると、ていねいに四つ折りに折られている紙で両手で広げてみると、その紙面は、若い女の子が好みそうな可愛らしい黄色い花柄・・・おそらくタンポポをイメージしたと思われる手のひらサイズの小さなメモ用紙だった。
「これが何か?」
と僕は言おうとしたが、そこに書かれているものを目に入ると、途端に心臓を鷲掴みにされたような衝撃を抑えることが出来なかった。
そこには書いてあるのだ。
僕の付き合っていた女の名前……。
タカヤナギユリ
とカタカナで……。
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