見届ける者 消す者

雨後晴れ

第一章 ~追憶編~

第0話 発端

「起きろ」


 その声に権藤は目を覚ました。

しかし何が起きたのかは直ぐに思い出せなかった。時刻はとうに二四時をまわった深夜で暗闇があたりを覆っていた。


ーーそう、確か俺は車でガードレールに衝突して……その後どうしたんだ? 体も大丈夫だ……助かったのか?


「お前はもうすぐ死ぬ」


 気づくと助手席に見知らぬ一人の男が座っていた。その男は黒い上着のポケットからタバコを取り出し火を点けるとゆっくりとふかしはじめた。ガードレールに激突した衝撃で四散したフロントガラスの破片。歪むボンネット。立ち込めるガソリンの匂い。とても落ち着いてタバコをふかす状況では無い。


ーー俺と同じ銘柄のタバコ? 

 そもそもこいつが誰でなぜここに居るのかという事よりも、それが権藤の印象に残った。理解出来ない状況に陥った人間は自分に一番近しい物を無意識に探し求めるという。


ーー待て、今こいつなんて言った? 俺が死ぬ? 

 権藤の心の問答を知ってか知らずか男は続けた。


「お前の死因は出血多量によるショック死だ。手当てが間に合えば助かるが、間に合わなければ死ぬ」 

「お、お前は誰だ! 俺が死ぬってどういう事だ!」

「俺は見届ける者。そしてお前は出血多量で死ぬ」


 心無しか声がかすれ自分でも声が出ているのかわからない程の囁きにしかならない。だが見届ける者と名乗った男には聞えているらしく、問いには正確に答えているが無論権藤が欲しかった本質的な答えでは無い。


「み、見届けるって……何を? 俺の死ぬざまをか?」

「俺はそんなに暇じゃない。見届けるのはお前の選択だ。死は選択肢の一つに過ぎない」

「選択肢だ……と……」


 何故か酷く寒くそして眠たくなってきた。

薄暗闇の中ではっきりは見えないが、首から流れる何かを感じる。おそらく何かの破片で首あたりの血管を切ったのだろう。そう確信したが、触って確かめる勇気が持てなかった。


「お前の選択肢は二つ。このまま出血多量で死ぬか、ある男に助けてもらうか、どちらかを選べ」


 見届ける者は前を見たままゆっくり紫煙を吐き出し淡々と伝える。


「助けてくれ……」


 薄れ行く意識の中で権藤は声にならない声をあげた。



「お~い! 大丈夫か~!」


 遠くで叫ぶ声はもはや権藤には届いていなかった。

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