第18話新たな出会い 三

 後日、医師により、秀丸の体調変化の原因が確定した。

 それは、秀丸と清仁の予想通りだった。

 「スズランに含まれるコンバラトキシンは強心剤としても有名ですが、花を挿した花瓶の水を誤飲して子どもが亡くなった例もあります。それなのにあなたが今もどうにか生きているということは……長年かけて一滴にもならない微量を盛られ続けていたとしか言いようがありません。こんなことが可能なのは……」

 医師は訪問先の田川家にて、隣家の石垣が見える窓を眺める。

 「無論、しかいない。まあ、入れ知恵したのは別人だろうけれどね」

 「このことに気付いたのは、いつごろですか?」

 医師は窓から目を離し、秀丸に尋ねる。

 「二週間ぐらい前かな。彼女が娘を怒鳴ったんだ。娘は学校の日直で帰宅が遅れたというのに、リビングにまで響いて、本当に可哀想だったよ。同時に、不審に思ったんだ。性格や服装などの共通点がない人に、なぜ私を結婚相手として紹介したのか、と。先方は一週間ほど前、娘を残して出て行くまで、私や彼女と口論ばかりだったからね。体に違和感を抱いたのも、ちょうどそのころだから、必ず何かがあると確信したよ」

 秀丸は露が滴るように言葉を区切りながら答えた。まことが学校から帰宅するまでに、必要以上に体力を消費しないためだ。

 医師は秀丸の虚勢を見抜いていた。だからこそ、厳しい言葉を投げ付ける。

 「田川さん、今日から入院しなければ、あなたが娘さんを傷付けます」

 「入院はできない。この家でまことが一人になったら、彼女たちが何をしでかすか分からない。確かに不自由な上に弱った体のせいで、あの子に苦労をかけている。だからこそ、あの子はこの家で安心できるんだ」

 秀丸はまことから離れることを拒んだ。声量こそ小さいが、その意志は強く、高らかに主張する。

 医師の「まことを傷付ける」とは、秀丸の衰弱の果てを、田川家にてたった一人で目の当たりにすることで、小学生のまことの心に衝撃を与えることを意味している。

 しかし秀丸が言う意味は異なる。秀丸の診察に付き添う清仁は、それを察知していた。

 「だから傷付けると……!」

 「それ以上の言い合いは秀丸おじさんのお体に障る。医師ならば冷静になってくれ。この人は人徳があるが、とにかく言い出したら聞かないんだ。娘さんですら手を焼くほどにな」

 誰一人秀丸の固い意志を解くことができないと言われ、医師は途中で言葉を飲み込む。

 喉の詰まる音がすると、秀丸は申し訳なさそう、医師に頭を下げる。

 「責任感のあふれる人に診てもらえて、私は嬉しい。けれどどうか私のわがままを聞いてくれ。入院と自宅療養とのどちらを選んでも、私はもう長くない。どのみち娘の心を傷付けてしまうならば、彼女たちを恨まずに将来を生きてほしい。今まで苦労した分、まことには幸せになってもらいたい」

 事情を熟知する清仁はもちろん、医師もそれ以上、言葉が何も出なくなった。

 秀丸は顔立ちや声こそ男性だが、子どものために懸命に闘う強い母親のように見えたのだ。

 「……分かりました。ですが、日ごろの症状は清仁さんを通じて随時連絡してください。これ以上、私からは何も言えません」

 今度は医師の言葉のほうが重くなっていた。医師としてのプライドに反する選択を受け入れたからだろう。

 秀丸はその重力に負けず、清仁に背中を支えられ、ゆっくりと頭を上げる。

 「ありがとう」

 秀丸はやつれた笑顔で涙した。

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