第10話父娘になった日 三

 『ンだよ、俺を捕まえて。お前の母ちゃん、尻軽のくせに!』

 『シリガル、って?』

 五年生との共用下駄箱がある出入り口にて。野次馬と傍観者に遠巻きにされる中、私は聞き慣れた下校のにわざとらしく小首を傾げた。

 相手は同級生の一人で、山田やまだという男子だった。山田は腕組し、なぜかその表情には煙たさよりも誇らしさの方が強いようだった。

 同性の友だちすらいない私には、同世代の男子の思考への理解が皆無だった。山田など、宇宙人としか思えない。

 私はそんな山田から一度視線を逸らした。理解できないと知りつつ、山田の誇らしい態度の理由で何かネタを掴めたら良いかもしれないと思ったからだ。例えば、好きな女子にアピールしたい、など。

 山田の同類の中から顔を上げると拾ってみたけれど、整った顔立ちや身なりに気を遣う女子はほとんどいなかった。再び山田の顔を覗くと、私と誰かを交互に目で追っていた。それでもやはり異性を見る奇異なものではなかった。どうやら私の背後にも対象の女子はいなかったようだ。

 では、山田は一体誰を見ているのだろうか。山田の目の動きを追ってみると、その視線の先には山田によく似た顔立ちの生徒が黒色のランドセルを背負い立っていた。

 兄弟と思われる二人の交わる眼差しーー私を非難することで弟に威厳を見せる兄と、それを尊敬している弟ーーを目前に、やはりどうしても男子が自分と同じ地球上の生物には見えなかった。

 無意識にため息が出てしまい、それに気付いた兄の山田が冠を奪われた王様のように顔を真っ赤にして、鋭い視線で私を刺してきた。

 『おい、尻軽が何様のつもりだ!』

 『……私はただのまこと、何様でもないよ。それよりシリガルってどういうこと? 教えてくれないと分からないよ?』

 感情に任せてあの女だけでなく私までも尻軽と罵られ、さすがに腹が立った。山田につられないように深呼吸したけれど、語尾が上がってしまった。

 そんな私のことを高圧的に感じたのだろう。山田の弟は兄への侮辱と受け取り、眉をひそめていた。

 兄の山田は興奮が治まらず、弟の方には見向きもしなくなり一気に捲し立てた。

 『お前の母ちゃん、田川のオッサンと結婚したくせに! この町の男を片端から漁っていてさ、今は田中たなかのジイサンが相手だぞ!』

 同級生や下級生に囲まれての暴露を終えると山田は息を切らし、どうだ、参ったか! と言わんばかりの目で私を睨んだ。

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