第2話出会い 一
この日、私は
一人の女ーーそれも三十を過ぎても落ち着きのないオバサンーーが再婚したからだ。
それまでに私を連れ男の家を転々としていたこの人にしたら「再」の字はいくらあっても足りないだろう。私はその度にみょうじと学校が変わった。
もっとも正式な結婚には「ニュウセキ」や「コンイントドケ」という言葉があるらしく、テレビで何度も聞いたことがある。
私はその意味も、女が実際に結婚した回数も知らない。
知っているのは、世界が変わること。それだけ。
家庭環境とも言える私の世界は何度も変わったけれど、そのどれもが良かったことは一度もない。
猫が喉を鳴らすような甘えた声、目を細め不気味な笑い方をする男、酒の臭いが漂う修羅場、モノというモノが埋め尽くされた床。
リモコンがあれば電源を消したい! と思うほど騒々しいだけのドラマが再現される。
それが私の知る世界、家という箱に積まれた中身だから。
不思議なことに、箱の中身はどれも大して変わらない。
女が選ぶ男の特徴が似ているのか、それとも女が成長できないのか。
きっと、そのどちらも失敗の理由なのだろう。
男は見栄っ張りでお調子者、女は歳を重ねても気まぐれで飽きやすく、それでいて自分勝手な人だから。
そのため私は新しい学校で友だちを作る間もなく転校させられたけれど、転校自体は不満ではなかった。
どの学校でもクラスメイトや保護者たちが女ーー私は絶対に母親とは思いたくないーーの不評を理由に、私を避けていたから。
子どもというものは周囲の大人で友だちを選ぶのか? と聞きたくなることもあったけれど、私は一度もそれを口にしたことはない。余計な騒ぎになるのが目に見えたから。
そしてまた転校。
小学六年生になった今でも友だちが一人もいないのは、無理もない。
女がいる限り、来年入学する中学校でも同じ。私はずっと一人だろう。
そう思っていたある日、毎度ながら新しい世界は突然やって来た。
「今度は新しい苗字になるからね」
女は巻いて固定させた毛束を肩の上で弾ませ、箱を去った。
私はくたびれた水色のランドセルを背負い、女のあとを追った。
女が男と箱を捨てるパターンは決まっていたけれど、その度に私が女について行った理由は自分でもはっきりとは分からない。
「シングルマザー」「子どもと共に生きる」「子どもは母親の愛が必要」
離婚をテーマに取り上げたテレビ番組や、騒音にしか聞こえないお偉い政治家の演説に、知らない間に洗脳されていたのかもしれない。
もしそうだとしたら、そんなものは迷惑としか言いようがない。
やることをやれば女は誰だってお腹に子どもができるーー確か去年、保健の授業で習ったと思うーーけれど、必ず「オカアサン」になるとは限らない。
料理や掃除、洗濯などの家事どころかエプロンすら身に着けない。
ビビットピンクの色やビジューなどの飾りで目が痛くなるような服は何着も持っているけれど、授業参観向けの地味なスーツは一着も持っていない。
子どもの教育より男という金に興味がある。
また一つ「再」の字が増えた女の背中と弾んだ鼻歌で、上機嫌だと分かった。
今度の男は知人の紹介で既に顔見知りだ。家の周りは畑や田んぼばかりの田舎だけど立派な土地を持っている。
女は口を休めなかったけれど、私が聞いていたかどうかは関係ない。私は相槌すらしない。女の独り言などどうでも良い。
この女の狙いなど、十二年の人生で知り尽くしているから。私は他人事だと思っていた。
顔すら知らない男を哀れに思うことも、罪悪感を抱くこともなかったーーこの日までは。
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