Chilling Wind ─冬には唱えたくない呪文─

 その日も寒い夜だった。

「良いもの作ったなあ……」

 しみじみとそう言い、マナナは部屋の中央に置かれている火鉢に目を細くした。紅茶を一口飲みホッと息を吐く。

 火鉢は自作したストーブだった。ストーブといっても小さな火鉢に加熱と恒常化の呪文を使用した鉄塊を置いておくという簡素なモノだ。燃料も手間も掛からずコマンドワードひとつで部屋を暖め続けてくれる。

 紅茶を飲み終えたマナナはストーブに向いていた回転椅子をクルリと机に向けた。カップを机の脇に寄せ伸びをする。

「この調子で夏からの課題をひとつ仕上げようかなっと」

 あの熱い夏の日を思い起こし、本立てから《Coldの呪文アイデアメモ》と書かれたノートを引きだすと頭から確認するように捲っていく。

「ん~、これねえ……」

 ノートの最初のページにブレインストーミングの残骸が残されていた。アイスストーム、アイスウォールという冷却の基本的な呪文から始まり、氷、冬、雪、洞窟、寒気、冬山、ブリザード、といった気象や自然物関係。フロストサラマンダー、ウンディーネ、のような精霊を書き出している。

「ん……」

 自分で書いた文字を追っていたマナナの目がピタリと止まった。

「アイスクリーム、かき氷、フルーツパフェ、冷凍マンゴー。夏の私は一体なにをこのノートに託していたんだ……」

 マナナは誰に向ける訳でもなく苦笑いしてしまった。

「夏からいろいろ調べてみたけど、夏を快適に過ごせるような呪文にはたどり着けなかったのよね……。夏を快適に過ごそうと考えた呪文使いは居なかったのか……」

 マナナはノートをさらに捲っていく。

「で、呪文を一から考える事になったわけだけど……」

 中途半端に作成されている冷却の呪文を眺めてマナナが呟く。真夏の暑さを克服せんがため、意気込んで呪文を作り始めたものの時間が経つにつれ過ごしやすくなり、呪文を完成させる意欲が薄れてきてしまった。なんだかんだでうやむやとなり冷却の呪文の開発は中断して現在に到るというわけだ。

(やるなら今しかない!)

 マナナは腕まくりまでしてふんすと息巻く。

「冷気の循環と冷却ぐあいからアイスストームを書き換えてたんだっけ」

 ノートに書かれた呪文をマナナは次々と目で追っていく。そもそも、アイスストームとは、人間は勿論、小型のレッドドラゴンですら強力な氷の刃に身体を削がれ、凍傷と裂傷による致命傷を与える残酷な呪文だ。

「で、この部分とこの部分が威力と範囲と……」

 マナナは、自分で書いた呪文を確認していった。不具合が見つかったところは赤鉛筆で適時修正していく。一カ所修正すると他の部分に不具合が生じてさらに修正箇所が増えていく。そんなことを繰り返しているうちに、マナナのお腹がグウと鳴った。

「お腹空いた……」

 マナナは台所からクッキーを持ってきてもしゃもしゃと囓った。クッキーを食べながらもノートに向かう。

「そういえば、夏の間中これをしていた気がする……」

 そんなことを一瞬考えたが、集中し出すと気にならなくなっていた。

 カチリと時計の針が午前4時を指した。

 マナナは握っていた赤鉛筆を机の上にピタリと置き、大きく伸びをして身体をほぐす。

「とりあえず一段落かな」

 ノートは修正で真っ赤に染まっていた。もはやアイスストームの原型を留めていない。

「アレンジなんてものじゃあなくなってきた……」

 椅子を後ろに跳ね飛ばして立ち上がり机を両手で勢いよく叩く。

「オリジナル呪文だよ!」

 やりきれない気持ちでマナナは叫んだ。両手を机についたまま、マナナは肩で荒く呼吸する。ほどなく自分で書いたノートを見たまま固まってしまった。

 自分で書いた呪文を目で追っているうちにふつふつと、完成した呪文はすぐにでも実験し結果を試してみたい、そんな欲求が沸いてくる。

 一気に冷静になったマナナは、机の引き出しから白紙の巻物を取り出し、呪文専用のインクとペンを手早く用意した。

「さーて、やるわよ!」

 マナナが息巻いて巻物の作成に取りかかろうとしたときだ。ひときわ強い突風が窓に打ち付けられガタガタと音を鳴らす。マナナはツイと顔を上げ、机の前にある窓に駆けられたレースのカーテンを開いた。凍てつく窓ガラスにマナナの顔が映り、外の冷気が窓越しでも染みこむ様に伝わってくる。

 その冷気に、マナナは眉根を潜めノートを静かに閉じ、自分に言い聞かせるかの如く一つ頷いた。。

(実験は温かくなってからやろう……)

 わざわざ寒い思いをしてまで冬に実験することもあるまい。そう思い、マナナはノートを机の本立てに戻した。上着を椅子にかけてからベッドに潜り込む。

(明日が休みでホントに良かった……)

 一気に押し寄せてきた睡魔に目を閉じたマナナの表情はとても満足げなものだった。

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