第19話:梁山泊

文京の家は梁山泊である。

そこには多くの武術の達人が存在する。

師範代クラスになると、個の卓越した届きうる極限状態での限界、稀な事例も垣間見ることが出来る。金成はスキルの多くを所持もしたいと思うが、それに似合う体術も習得したいと考えている。

忍術の世界ではあくまでも体術とは表裏一体と考える。ならば、魔法の世界であっても魔法と武術は表裏一体、また科学でも同等のことが言える。

文系があれば理系があるように、必ず対となるものの存在、それを無視して統治は難しい。精神と身体の凌駕は、まさにここ梁山泊にあると彼は思い、女性に対しての敬意の称賛を表しつつも、彼は文京を傷つけたことを恥じらいながらもそれを押し殺し、今彼は文京の実家「梁山泊」の門の前に立っていたのであった。

「ここが私の実家よ。父は師範代。私が使える蒼天流を極めし者よ」

「蒼天流ってのは誰でも使えるものなのか?」

「誰でも使えるわけではない。晴天流もしくは破天流、流儀は個の能力によってそれぞれ分かれることがあるのよ」

「なるほどな」

門が開く。

屋敷の奥、畳の間にて稽古がされていた。

そこには門下生15名、師が4名。その中でも文京の父は蒼天流継承者であった。

「只今戻りました」

「由美か。早かったな」

由美は文京の名前であった。

「して、その隣の男は?」

「門下生希望者よ」

「俺に稽古をつけてくれませんか?」

少し黙ったまま金成を見つめた。

「娘が門下生志望を連れて来るとはな。当然娘の流儀を見切ったということであろう」

「はい、恐ろしく早い拳ではありましたが、何とか」

「多少の武の心得はあるそうだな。ついてきなさい」

金成に背を向けて奥の部屋へと歩いていく。

「金成、父は私の流儀とは比べ物にならないよ。油断してたら大怪我するから」

「分かってるよ。すげえオーラだな」

そこは床張りの道場であった。天井やその他周辺は既にボロが来ていて、築数十年は経過しているだろうが、床は毎日雑巾などで掃除しているせいか、傷以外に埃など目立った形跡はない。

「ところで君は名前は何と申す」

「俺は金成です」

「そうか、金成君。稽古をつけてくれとは言っていたが、それは何のためにだ」

「もっと強くなろうと思っています。魔法に頼るのではなく、自分自身の力も卓越したいです」

「魔法か。確かに武と魔力は全くの別物である。しかしそれでも武の欠点は己の体を自ら相手の前に差し出し、それを心技体を以てして相手を成すものであるが、故に魔法や忍術、科学と言ったものは如何せん相手に近づくことなく葬ることが可能。かつての武将が桶狭間を制した時、彼らは敵に近づくことすらなく、遠方から銃を使って倒す、ローリスク・ハイリターンであった」

ローリスク・ハイリターンか・・・。俺の持っている『自持思想論』で一番訴えかけている言葉だな。金成はそう思った。

「某はそのリスクを承知の上で武を極めると申すか。相手が何も接近戦だけを好む者とは限らないものであるぞ」

「それでも両方手にしなければいけないことがあるのです」

「二兎追うものは一兎も得ぬぞ」

「承知の上であります」


自持思想論~2つの世界においては光と影の表裏一体の最中、ローリスク・ハイリターンが果たしてこの世に存在するかを探し出す、その中での筆者の思想は未だに「解」を得ていないのである。

彼にとっては「武術」と「魔法」両方を得ることは「選択」を得られるということを自覚していた。

昨日の「阿修羅」の戦いを目の当たりにし、彼は「逃げる」という選択肢しか出来なかったことを悔いている。阿修羅ほどの身体能力はまだ備わっておらず、またスキルの種類にも限界があり、彼にとって「量より質」という考えが未だ無かったが為、今は2つの世界において近距離と遠距離両方に長けたいと感じたのであった。


「由美。道場にいる明を呼んでまいれ」

「はい」

文京は別の道場へと移動した。

明という青年を連れて戻ってきた。

「明よ、ちとこの少年と組み手をしてみないか?」

「分かりました、喜んで」

「文京の父さんが俺に稽古つけてくれるんじゃないのか?」

「それはこの明を負かしてからでも遅くはないだろう」

「わかったよ」


「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

お互いに敬礼し、明と金成が構えた。

「では、始め!」

金成は前屈みに制した。

明は立ったままであった。

(おかしい、なぜ攻めてこない?)

金成はそう悟るが、明は一向に攻めてこない。ならば

「こちらから行くぜ」

金成がまっすぐ進み、明に拳を放つ。

明は後ろによろめきながらそれをかわす。

何発撃っても当たらない。見事な身のこなしである。

既に5分が経過し、金成は100発は打ち込んだ。

しかし1発も明にはヒットしない。ついに金成は息を切らせ始めた。

明と金成の間合いは一定である。すぐには攻めれないだろうと思った。

突然明は印を唱えた。すると明が2人に増えたのである。

金成は眼を疑った。しかしあれは明らかに2人。幻覚ではない。

「これは忍術の1つである分身の術だ」

突如明の分身が金成を襲った。見事な身のこなしである。ほとんどオリジナルとなんら変わらない。

数発金成は拳を受けた。しかし分身なだけに、力は文京の蒼天流に比べて劣る。ダメージはさほど受けてはいないが、疲れ切っている金成にとっては休む間がない。

先程、文京の父が話していた桶狭間の戦いにおいてのローリスク・ハイリターンの実況をまさに生中継で送られているような感覚、仮に分身を倒してもオリジナルが倒せなければ相手にダメージは与えられず、かといってこのままでは分身体に体力を奪われてしまう。

金成は決断した。これはデモストレーション。俺の力量を見るため、刺客を放たれた。稽古をつけてもらうためにはまずこいつを倒さねばならないと考えたのだ。


スキルマスター発動「ジャッジメント」


金成は札を取り出し。書き示した。

「汝は余が許可するまで如何なる身動きも断じて禁ずる」

分身体に札を張り付けた。分身体は動かなくなった。

「ほう、なかなかいいスキルを持っているな」

明は関心した。金成の息はまだ荒かった。

「しかし」

印を唱えると分身体は消えた。札が床に落ちた。

「所詮は分身、出し入れは可能だ」

「やっぱ本体につけなきゃ意味ないよな」


スキルマスター発動「グラヴィティ」


金成は相手に掌を翳した。しかし明はそれが只ならぬ気配であると察し、ついに本体が動いた。しかし金成はそれを逃さぬようにし、スキルを使った。

しかし、明の姿はそこにはいなかった。

「なに」

金成の目の前まで一歩で近づいてきた。グラヴィティの欠点は相手との距離を一定保たなければ自分自身が発動した重力に自ら押しつぶされてしまうものである。相手よりも早く使わなければいけないものだが、明はそれを先読みし、金成との間合いを詰めていた。

「武術の一つ、縮地法。相手との間合いを一瞬にして詰めることが出来る」

「まずい」


スキルマスター発動「ファイヤー」


ファイヤードレス、炎の鎧を纏い、カウンターを狙う。

しかし明はこう言った。

「既に俺の間合いに入った」

物凄い早い突きであった。金成は炎でガードしたが、明は金成に触れることなく、金成は吹き飛ばされた。

「これは空掌。衝撃の波を相手に与えることにより、相手に触れることなく相手にダメージを与えることが出来る」

「くそ・・・」

金成は倒れ込んだ。脳に衝撃があり、頭がクラクラしている。

「そこまで」

試合が終了した。


少し休んだ後に文京の父が言った。

「敗因は分かるかね?」

「相手の力量を甘く見ていました」

「それは違うな」

「?」

「君は確かに強い。明より強いはずだ。だが戦術を知らない」

「どういうことですか?」

「君は最初明が攻撃して来ないことを理由に先手必勝を選択し、打ち込んだ。しかも体力が切れるまでの間の5分間打ちっぱなしだ。先手を打てば勝てるという考えは武術やビジネスの世界に於いてよくある考えではあるが、必ずしも受け身であるからこそ負けるとは限らないのだよ」

「そうだったんですか」

「現に君は体力を奪われた。その間、彼は君の動きを鋭く観察していた。洞察眼は明は優れている。元々彼は忍術を使える、忍者志望でもあったからな。忍術と武術を両方使う。そして君が体力を切らした段階で今度は攻めた。しかし様子を見て、彼はリスクを落とし、リターンも落とした。

リスクを落とすことは戦いに於いて非常に重要なことである。一定の間合いがあれば此方がダメージを受けずに済む。しかし君はスキルを3つ発動した。近距離型と遠距離型と最後に変化型だ。だが明は即座に判断し、間合いを詰めた。魔法を使うにしても、体力を失った状況では接近戦に持ち込まれると勝ち目が無くなるからだ。最後は明の隠し玉である、空掌を使った。これは魔法では防げない。これは武術を極めなければ止めることは出来ないものである。まあよほど守りに自身のある魔法や忍術を習得したのであれば話は別であるが」

金成は言葉に詰まった。攻めることが重要と考えていたからだ。将棋の世界でも後手が不利とは限らず、相手の出方によって居飛車から振り飛車かを戦法を選択することが出来るからである。

「あと君はどうやら色々な能力が使えるみたいだが、それら1つ1つは極めているのかね?動きがどうも鈍く感じる」

「いえ、これらはまだ覚えたばかりで使いこなせていません」

「ではまずはそういったものを1人前に使えるようにしなさい。ビジネスマンにもよくあることであるが、会社規程のマニュアルは持っていても役に立たない。そのマニュアルを理解し、完全に使いこなせて初めて意味があるのだからな」

金成は黙っていた。学校の教科書通りにいかないことがこの世界に多いを今日知った気がしたからだ。

「また来なさい。今のままでは稽古はつけられない。まずはその能力を存分に使えるだけの研究をしなさい」

金成は文京の父からアドバイスを貰い、梁山泊を後にした。

「スキル集めばかり意識してしまっていたようだな。実際能力を持っていても使えなければ意味がないし、グラヴィティばかり使っていたが、ああも一瞬にして間合いを攻め立てられるとは思わなかった。今日はここに来てよかった。少し修行したらまた来るよ」

「ええ、頑張りなさいよ」

文京が見送る中、金成は帰路についた。

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