第3話 少女の選ぶ道

魔物の巣窟にて大怪我を負ってしまったエクスは、砂漠城塞にある医療施設にて緊急治療を施された。

その甲斐あって、彼はなんとか一命を取り留めた。


しかしエクスを傷つけてしまったことやこれまでの自分の過ちについてショックを受けたカーレッジは砂漠城塞に戻るまでの間、言葉を発することはなかった。


砂漠城塞――。

カーレッジは自室のシャワールームでずっと自らの過ちを思い返していた。

これは優しさじゃない、魔物すら手を下せない私は甘いんだと。

「・・・私は」

私の甘さが、結果として人を傷つけてしまった。

戦うことが、できない。

私は父のように国を守るために戦うことができない。

命を奪うのが怖い、傷つけてしまうのが怖い。

私が父を失った時のように、どの生き物だってそうした繋がりが失われたら悲しいのではないだろうか。

魔物だってそれは同じなのではないか?

どうしても魔物は人を傷つける悪だから、と割り切ることができない。

では私は魔物を傷つけられないから、そんな理由で国を捨てられるのか?


――それはできない。

私はそもそも傷つけたくない。人も魔物も。

魔物もできることなら命を奪いたくないし、この国も守りたい。

そういったことを考えながらカーレッジは強く拳を握った。

どうしたらいいのか何もわからない、それが悔しくて仕方なかったから。



「――ス、――クス!」

何も見えない暗闇。

ここはどこなのだろうか。

確か自分は・・・。

あの時カーレッジを庇って・・・。

そこまで思い出せた時、どこからか声が聞こえてきた。

その声の方向へと進んでいく・・・。

聞きなれた、綺麗な声・・・。


「――エクス!」

「・・・レ、イナ・・・?」

意識が戻る、掠れた声で名前を呼んだ。

目を開くとそこにはレイナたちがそこにいた。

涙をその眼に浮かべながら安堵の表情を浮かべるレイナを見て、

何となく自分がどういう状況だったのかということを理解する。


「ほんとに心配したのよ!?

あんな無茶して・・・」

「おかげでカーレッジは助けることができました。

でもあんな無茶はもうしないでほしいですね」

「それか俺らに相談しろ、俺らはエクスにとってそんなに頼りない存在か?」

攻め立てる言葉のなかに感じる優しさにどこか温かさを感じた。

そんな中ある一人の少女の姿がエクスの脳裏に浮かぶ。


「カーレッジは!?」

「そんな動くと傷が開きます、落ち着いてください」

あ、ごめん・・・と謝りながら再び彼女のことを問う。

「無事だぜ。

けど、ずっと俯いて浮かない顔してた」

「多分ですけど新入りに怪我をさせてしまったことをずっと後悔していた感じでした」

カーレッジが生きていたことに安心するが、彼女の様子を聞いて素直に喜ぶことができなかった。


「エクス、カーレッジに話をしに行ってあげられないかしら?」

レイナはエクスに言う。

「きっと今の彼女の心を開くことができるのはエクスだけだと思うの」

なぜ自分だけなのか、それはよくわからなかったがレイナの言葉は本当なのかもしれない、とエクスにそう思わせた。


「・・・行ってくる」

エクスはゆっくりと立ち上がり歩いていった。

「・・・しっかりやれよ、エクス」

「みんなカーレッジのことが放っておけないのね、私もそうなんだけど」

「何か放っておけない。そうやって人を引き寄せるものを持ってるのが彼女の良さであり、彼女なりの今の状況を打破することができる唯一の道なのではないんでしょうか。

だから姉御は新入りに行かせたんでしょう?」

シェインの推測にレイナは頷く。

「ええ。今のエクスの言葉が・・・きっとカーレッジには必要なはず」

そういうレイナの瞳は仲間を信じる瞳とカーレッジを心配する瞳をしていた。


「私は…どうするべきなの・・・?」

カーレッジはずっと悩んでいた。

魔物すら傷つけられない私はどうすればいいのだろうかと。

そうして悩みながら戦おうするうちについに人を傷つけてしまった。

そしてどうすればいいのかどんどんわからなくなって、周りが暗くなって・・・。

「エクス様・・・大丈夫でしょうか」

剣を振り下ろせなかった。

その時に私を庇ってくれた優しい少年は無事なのだろうか。

そう思った時、彼女の頭の中にあった彼の声が扉から聞こえた。

「・・・カーレッジ、いるかな?」

エクスの声、彼は無事だったのだと安心する。

「エクス様!

無事だったのですね・・・」

「うん、そのあと君がどうなったのか聞いちゃって・・・。

君に聞きたいことがあるんだ」

エクスの言葉を聞きカーレッジはエクスを自分の部屋に招き入れる。


「それで、聞きたいことってなんなのでしょうか」

エクスは深呼吸をして問う。

「君の言葉で聞かせて欲しいんだ。

なぜ戦うのをためらうのか、その理由を」

「・・・わかりました。

・・・私は怖いのです。何かを傷つけることが」

カーレッジはそっと語る。

自分がなぜ戦えないのか、その理由を。

「私の父・・・ホープリリーフは私の目の前で魔物に殺されました。

・・・私を庇って」

彼女は悲しそうな辛そうな瞳で語る。

「だけど私は魔物を恨むことができなかった。

魔物だって、世の中の全てにきっと家族という繋がりがあると思うから」

「カーレッジ・・・」

「戦い続けることで自分と同じようなことになってしまうこともあるのではないか、そう思ってしまうと・・・私は戦うことができなかった、それっておかしいんでしょうか?

そう思うことって・・・」

泣きそうな震えた声でカーレッジはエクスに問う。


「・・・おかしくなんてないんじゃないかな」

エクスから出た答えはカーレッジからするとあまりにも予想してなかった言葉で、吃驚びっくりした。

「だってそれは優しさでしょ?

魔物を恨めないことも、傷つけたくないことも、すべて優しさ。

その心って大切にすべきなんじゃないかなって思うよ」

「そんなこと・・・」

震える声に怒りが帯び・・・カーレッジは言い放つ。

「そんなことありません!

これは甘さなんです!

そういった甘さがどれだけ今まで迷惑をかけてきたことか!

そしてあなたを・・・傷つけてしまったことが!

人を傷つけてしまうくらいの想いが優しさだなんて言えますか!?

それならどうするべきなんですか!

私は・・・!私は・・・!!」

カーレッジはその瞳から頬に涙を流しながら悔しそうに、辛そうに言った。


そしてエクスは。

彼女に。

「・・・それでも、カーレッジは優しいよ」

カーレッジが否定した言葉を再び繰り返す。

「君の優しさは失っちゃいけない」

「そ、れは・・・あの時父が・・・」

カーレッジは思い出す。

かつて私が初めて実戦を見たときの出来事を。


「やめて!まもの、やっつけちゃだめ!」

幼いカーレッジは騎士に向かって言う。

そして騎士はカーレッジと同じ目線になるまでしゃがみ、彼女の頭に大きな手を乗せる。

「お前は優しいな、優しい騎士だ。

その優しさはいつまでもなくすなよ。


お前の優しさは、失ってはいけない」


幼いカーレッジはその目を輝かせながら

「うん!おとうさん、わたしぜったいになくさないよ!」

元気よく頷いた。


父との思い出を思い出したカーレッジはまた泣き出してしまう。

そしてそれを見たエクスは彼女の華奢な身体を包むように抱きしめる。

「・・・だから、その優しい気持ちは大事にすべきだよ。

失うことなんてないんだ」

「・・・なら、どうすればいいんですか?」

優しさは失わなくていい、それならばどうすればいいのか。

やはり彼女にはわからなかった。

「それはカーレッジが決めることだよ、君なりに戦うことの答えを出さないと。

僕はきっと君がそれを見つけられると信じてる」


そのとき、カーレッジの脳裏に何かがよぎった。

「そんなこと、出来るでしょうか」

するとエクスは彼女の考えを読んでいるかのように。

「出来る出来ないとかよりもやってみること、それが大事だよ、きっと」


エクスの言葉を聞いたカーレッジは。

「少し・・・考えさせてください」

それを言った彼女の顔は、どこか吹っ切れたような表情かおだった。


「・・・お父様は、この時を見越してたんでしょうか」

そう言いながらカーレッジは父に託されたを見つめた。


そしてその翌日、ヴィランが再び侵攻してきた。

今度は前回よりも数が多いことが一目でわかるほどだった。

「エクス、カーレッジはどうだったのかしら?」

レイナは期待半分不安半分な声で尋ねてきた。

「うーん・・・まぁなんとかなるんじゃないかな」

「なんとかって・・・解決しなかったの!?」

「ちゃんと彼女に訳も聞いた。

あとは彼女がどうするか、彼女自身の問題じゃないかなって。

・・・でも、きっと大丈夫だよ」

エクスは自信のある声で呟く。

「・・・そっか、よっしゃ!それじゃあ、とりあえずはこの町を守るとしようか!」

タオの一言で戦意高揚した彼らはヴィランの現れた方向へと向かう。


「姉御、ヴィランです!」

「ええ!みんな、コネクトして!」

レイナの合図とともにコネクトを開始する。


弓を持ったアリスにコネクトしたエクスは距離を置く。

「前衛はタオに任せてここから射撃での援護を・・・!」

深呼吸をする。


敵の急所、その一点に向かって・・・。


「放つ!」

そう言って放たれた弓は真っ直ぐに風を切り・・・やがてヴィランに突き刺さる。

強力な一撃にたまらずヴィランは倒れる。


「凄いわね・・・。私も負けられないわ」

シェリーにコネクトしたレイナは本による魔術で援護を続ける。

致命的な一撃は与えられないがその魔術によるコンボは強烈で、敵も迂闊に動くことができなくなる。


「はぁっ!!」

そしてその隙をつきハインリヒの槍でヴィランを刺し穿つタオ。

しかしその後ろにはまだヴィランが・・・。


「タオ!?」

「まずった!」

直撃を受ける、その寸前。

横から強烈な魔力弾が飛び、ヴィランを吹き飛ばす。

「タオ兄、あんまり油断しないでください」

タオを助けたのはシェインがコネクトしたラーラだった。

杖から放たれた高速の魔力弾で助けたのだ。

「おお、シェイン!ありがたい!」

感謝を述べつつヴィランを倒すタオ。


みるみる数は減っていき、残すところあと一体になった。

メガ・ヴィランと言われる巨大なヴィランだ、その巨体から放たれる一撃を耐えることは難しいとすらされる。

「僕に任せて!」

アリスのコネクトを解除し、同時に別のヒーローとのコネクトを開始する。

そしてコネクトし、現れたジャックが放った一撃がメガ・ヴィランを討ち倒す。


「これで全部かしら?」

しっかり全て掃討したことを確認してコネクトを解除するレイナたち。

「しっかし今回はちょっと骨の折れる量だったなぁ」

「巣窟を見つけたことで向こうも総力を上げてきてるんでしょうか・・・」

戦いを終え、様々な考察をする彼ら。

忍び寄る影にも気付かずに。


影は近寄る、1センチ、また1センチと少しずつ。

「・・・!?

姉御!後ろにヴィランが!」

気づいた時には遅かった。

もう手遅れだった。

レイナの背後に忍び寄ったヴィランは手に持った剣で斬りかかった。


目を瞑ることしかできなかったレイナ。

斬られたと思ったのだが痛みは感じない、血も、目立った外傷もなにもないことを確認する。

そして顔を上げた彼女の瞳に映ったのは。


流れるような綺麗な金髪を揺らして。


白銀の鎧をその身に纏い。


しかしその手に持っていたのは剣ではなく。


守るという意志を持ったかのように感じさえする盾と槍を持っていたカーレッジだった。


「私は・・・。

魔物も何もかも傷つけたいと思わない。

生きている者を傷つけることは悲しい。

魔物もこの国の人も傷つけたくない。

だからこそ私はこの槍と盾で全てを守りたい」

限りなく不可能なことなのだろう。

でもあの時エクスに言われた言葉が胸に残っているから。

やってみる、それが正しいのかわからないけど、これが私のやり方。

優しい彼女が考えた、彼女なりの答えだった。



「・・・これが、私の戦い方です!」

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