新約・優しき騎士の英雄譚
黒空-kurosora-
第1話 空白の書を持つ者たちと少女の出会い
――想区。
ストーリーテラーと呼ばれる世界の創造主によって作られたもの。
その世界の住人は、生まれながらに与えられた「運命の書」に記された人生を歩む。
たとえそれがカオステラーと呼ばれる暴走したストーリーテラーが描いた、悪夢のような
脚本だったとしても、疑問を持つことはない。
そう、空白の頁しか存在しない「運命の書」をもって生まれた住人以外は・・・。
狂わされた物語を調律し、あるべき想区へ戻すために、「空白の書」の持ち主たちは、カオステラーを探す旅に出る。
なぜ、役割を演じることが定められた世界で、自分の「運命の書」は空白なのか、その意味を探しながら…。
これはそんな世界でのある想区で空白の書を持つ者たちが英雄の娘である少女の騎士に出会い、その成長を促すお話――。
「ううん・・・。何度通ってもこの『沈黙の霧』には慣れないな・・・」
と弱音を吐きつつも進む「空白の書」を持つ少年、エクス。
「おいおい、ここで寝ちまったら一巻の終わりだぞ?
もう少ししたら想区につくんだから辛抱しろよ」
弱音を吐くエクスに話しかける青年、タオ。
彼もまた「空白の書」を持つ。
「姉御のほうは大丈夫ですか?」
「もちろん、大丈夫よ」
そして金髪碧眼の少女に問いかける黒髪の少女、シェイン。
その問いに答えるのは「調律の巫女」レイナ。
彼ら四人は全員が空白の書を持ち、カオステラーに侵された想区を元に戻すために行動している。
そしてここは想区と想区を繋ぐ「沈黙の霧」。
つまりは絶賛移動中なのである。
とはいえ出発してから数時間経っている。
これではまだ同行して間もない―シェインからは新入りと呼ばれるまでの―エクスが弱音を吐くのも当然としたら当然である。
辺りは何も見えず、ここが進んでいるのか戻っているのかすらいまいちわからない。
それにもかかわらず迷わず余裕の顔で進めるレイナたちのほうが異常だった。
そしてもう少し歩くとようやく何かが見えてくる。
新しい、想区だ――。
沈黙の霧を抜けるとそこは砂漠だった。
どこまでも続くかのようにも見える砂漠、一面が砂漠。
折角沈黙の霧を抜けたのにまた歩くのか・・・と内心沈みながらエクスはレイナたちに着いていくのだった。
またしばらく進むと、そこには人気の少ないオアシスがあった。
ここでなら休める――と安堵するエクスたち。
流石に砂漠の中を歩き続けるのは彼女たちでも難儀なことだったようだ。
「どうします?姉御。
ここでなら水浴びくらいはできるんじゃないんすか?」
「そうね・・・もう服の中が砂まみれだし、やっぱり少しは綺麗にしたいわね」
「それなら俺たちは奥でヴィランがやってこないか見張っておくぜ」
「あら、気が利くのね。なら頼めるかしら?」
「おっしゃ、じゃあ行こうぜ、坊主」
レイナたちが水浴びをしたいというので、男性陣であるエクスとタオは見張りをすることにする。
「なぁ坊主。ここってどこなんだろうな」
「うーん、砂漠って情報しかないから何とも・・・」
「だよなぁ、第一ここまで何もないと人がいるのかすら怪しくなってくるな」
「いまのところヴィランも現れてないし、今までの想区と比べると少し不思議だよね」
そう、この想区に入ってからまだ一度も、カオステラーが生み出した存在、「ヴィラン」に遭遇していないのである。
いくらなんでもこれまでの想区と比べて違う点が多いとは思う。
だけどストーリーテラーが生み出した想区である以上、人が住んでいないとはとても思えない。
「まぁでも考えても仕方ねぇことだし、とりあえず見張ってようぜ」
持ち出してきた話だったが、キリがないと考えたタオは半ば強引に話を終わらせる。
「ねぇシェイン。この想区、あなたはどう思う?」
「そうですね・・・いくらなんでも人のいる場所が少なすぎるし、ヴィランがいません。
カオステラーがいないことはいいことなんでしょうけど、少し不気味ですね」
水浴びをしている中で、レイナは胸に抱いた疑問をシェインに問いかける。
「やっぱりそうよね・・・。たまたまオアシスを見つけたからよかったものの、よくよく考えてみたら大した対策もしないで砂漠を歩こうなんて馬鹿げてるわね」
「仕方ないんじゃないですか?こんな想区にたどりつくなんて誰も予想してませんでしたから。対策の取りようもありませんよ」
「・・・それより、覗きに来たりしないわよね?」
「・・・新入りさんとタオ兄はそんなことしないでしょう」
「あら?意外と信用してるのね?」
「仮にしてきたら二人に命はありませんから」
さらっと怖いことを言いながら他愛のない話をする二人だった。
ちなみにその時エクスとタオに悪寒が走ったことは彼女たちは知らない。
「タオ、あれは・・・」
「間違いねぇ。あれはヴィランだ」
この想区でもやはりヴィランはいた。
エクスとタオはすかさず空白の書にさまざまな童話の世界のヒーローたちの記憶が宿る「導きの栞」を挟む。
導きの栞に宿るヒーローは様々だ。
不思議の国のアリスや赤ずきん、ジャックと豆の木のジャック・・・など。
そしてエクスたちが持つ空白の書に導きの栞を挟むことで、
ヒーローたちの記憶に「コネクト」し、ヒーローの力を授かることができる。
これが空白の書を持つものの力。空白の書は何者にもなれる、ということだ。
エクスはジャックと豆の木のジャックを。
タオは鉄のハインリヒのハインリヒを。
それぞれコネクトする。
「よし、行くぞ!」
ー任せて!小さいからって舐めちゃいけないよ!ー
エクスの呼び声に、ジャックが応える。
コネクトをしたことにより、ジャックとエクスの意識が繋がる。
こうして彼らは仲間とだけじゃなく、コネクトをしたヒーローたちの声にも耳を傾けながらヴィランと戦っているのだ。
ータオ殿、背後にもヴァランが!ー
「おっと、サンキュな。ハインリヒ!!」
ハインリヒのお陰で、タオは背後にいるヴィランの攻撃を防ぐことに成功する。
「同時にやられちまえ!」
前後からのヴィランの同時攻撃をサイドステップによる回避行動をとり、同時討ちをする。
「タオ!下がって!」
「おうよ!」
エクスは剣を構えつつ、タオに背後に下がるように頼む。
ーこれが僕の必殺技!ー
「ジャイアント・ブレイブ!!」
剣を振ったその直後、巨大な衝撃波がヴィランたちを襲う。
ヴィランの数は目に見えるように減り、エクスたちは一気に決めるかのように攻めていった。
そうしてジャックは小柄ながらも強力な剣技でヴィランを次々と薙ぎ倒し、ハインリヒは盾で敵の攻撃を防ぎながらの見事な連携で、ヴィランを倒していった。
そうしていく内に、ヴィランを全滅させた2人はコネクトを解除する。
「やっぱりこの想区にもヴィランが…!」
「そうみてぇだな、そろそろ女性陣も来ることだろうし、見張りを続けつつ休憩だな、疲れてたらまともに戦えないからな」
エクスは的確なタオの発言に同意し、見張りを続けつつ体力を回復させることにした。
しばらくするとレイナたちが戻ってきた。
「見張り、お疲れ様」
「あ、レイナ、シェイン。終わったんだね」
「おかげさまで、ところで戦った後があるようですが…」
シェインはエクスたちが戦ったらしき痕跡を指摘する。
「あぁ、ヴィランがこの想区にもいた。
あまり数は多くなかったから2人で対処したが、ヴィランが出るとなると油断はできねぇな」
「そうね…。とりあえずありがとうと言っておくわ。水浴びで無防備だった私たちを守ってくれたんでしょう?」
「そうですね、覗きにも来なかったしそれは感謝です」
ヴィランが来たことを知り、そこから守ってくれたタオとエクスにレイナとシェインは素直に感謝する。
「さて、それじゃあどうする?
ここから無闇に出てもどうなるかわからねぇぜ?」
「やっぱりそうよね…」
今後どうするか頭を悩ませる4人。
するとエクスが
「あ、あれはなに?なんか足跡っぽいのがあるんだけど」
言われてみると確かに足跡のようなものがある。砂に埋もれてないのでついさっきの出来事だろう。
「これを頼りに行ってみるべきでしょうか?」
「だな。今はこれしか手がかりがないし、この足跡を頼りに進んでみようぜ」
手がかりとしてはあまりにも心許なかったが、何もしないよりかはマシ、という考えからエクス達は進むことにした。
しばらくすると何か巨大なものが見えてきた。
あれは城なのだろうか…何にしても人が住んでいるらしき場所に辿り着けたのはありがたいと思いながら城らしき場所へと進んでいった。
「大きい門ですね〜。一体どんな技術を持っているんでしょうか?」
「おお、旅の人かい?外は危険だったろう?
早く街に入るといいよ」
シェインの呟きに気づいた騎士が、声をかけてくる。どうやらこの国は旅人を受け入れてくれるみたいだ。
「ここは砂漠城塞とも呼ばれる大きな国なんだ。今日はちょっと特別な日でね。
くつろぐという意味では少々騒がしいと思うが、大目に見てやってくれ」
特別な日…確かに言われてみると街中が騒がしいというか、祭りでもやっているかのような賑わいだった。
国の賑わいに圧倒されていると、どこからか走ってくる足音が聞こえた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
賑わいに圧倒されていたのと疲れでぼーっとしていたエクスは避ける間もなく走ってきた人とぶつかってしまう。
ぶつかったその相手を見ると、そこにはフードで顔が少し隠れているが、見え隠れするとても綺麗な長い金色の髪を揺らしながら、非常に澄んだ翠色の瞳でこちらを見つめていた。
「ちょっとエクス!気をつけなさいよ…あなた、大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です…私も今日は特別な日で慌てていて…これで失礼します!」
レイナはエクスに注意しつつぶつかってしまった少女に話しかける。
少女は慌てた様子でレイナの問いに答え、すぐさま走って行ってしまう。
「特別な日か…。ここには記念日みたいなのがあんのかもな?」
「おお、あんた達は知らないのかい?
この『再起の日』を」
「再起の日?私たち、ここに来て間もないのであまりよく知らないんですけど…」
「そうかい、ならちょっと聞いてくれないか?
この国の大切な日なんだ」
タオの言葉に反応したこの国の住民が今日が何の日か、という問いの答えを出した。
そして再起の日という単語に反応したレイナは住民に問いかける。
今日が何の日なのか少し気になっていた一行は話を聞くことにする。
「数十年前にここでは魔物がいきなり現れてね。国はパニックになったのさ。
食材や様々なものを求めて住民は争い、大臣や兵士達の暗殺。様々なことが起きてこの国は内部崩壊してしまうんじゃないかとまで言われてたんだ。
そんな中、1人だけ、たった1人だけ魔物と戦い続ける騎士がいた。
その騎士に心を打たれた者たちは国を再起し、魔物に最期まで抗おうという誓いを立てた。
そしてそれ以降、この国は発展を遂げ今では砂漠城塞とまで言われるようになったんだ。
その最中に騎士は戦死してしまったのだが…。
これらはすべて、国のために魔物と戦い続け、国のために散っていった英雄騎士、『ホープリリーフ』のおかげだ。
そのホープリリーフを称え、国の再起の日ともなったこの日を再起の日と記念し祝うことになっているんだ」
「なるほどね。この国の英雄…それならこんなに賑わってるのも当然だな」
話を聞き納得するエクスたち。
魔物とはおそらくヴィランのことだろう。
「ただまぁ……。おっと、騎士代表の御言葉が始まるみたいだ、話の続きはまた後でな」
騎士代表の人が出てくるといい、住民は話を途中で切り上げた。
「みんな!今日はこの国の英雄、ホープリリーフとその国の再起を祝う日だ!
この日を永遠に忘れず、私たちは魔物と戦い続けよう!」
その言葉を終えた途端、国は大いに盛り上がる。
だがエクスたちはその盛り上がりより…。
「あの子、さっきエクスとぶつかった女の子じゃない!?」
「間違いないですね、同一人物だと思います」
エクスたちは先ほどぶつかった金髪の少女と騎士代表が同一人物であることに気づく。
「あの騎士代表に会ったのかい?」
そこでまた住民が話に参加してくる。
きっとこの国のことを話すことが大好きで、他の旅人にもこんな感じに話しかけているんだろうなということが伝わって来るまでに。
「彼女は一体誰なんですか?
見たところまだ僕らと歳は変わらなく見えるんですが…」
「彼女はこの国の英雄、ホープリリーフの唯一の愛娘、カーレッジ・ホープリリーフだよ」
先ほど出会った少女がこの国の英雄の娘だった、そんなことを聞いてしまってはさすがに驚かざるを得ない」
「ただ彼女は…おっと、このめでたい日にこういう話題はしないほうがいいかな。
知りたいならまた次の機会に話すよ」
と言って話をやめてしまった。
これからが気になるところだったが、話の流れ的にあまりよい話ではないのだろう。
この国の住民にとって大切なこの日にそういう話題を持ち出すものでもない。
そう考えたエクスたちはひとまず一息つける場所を探すのであった。
「宿屋どこかな・・・結構広くて見つからないよ」
「そうね・・・せめてどこかにこの街の地図でもあればよかったのだけれど」
そして新たな問題が。
宿屋が・・・見当たらない。
旅人を受け入れてるというのだから宿屋はあるだろうし、当然この街の地図もあるのだろうが、まずそれすら見当たらないほどまでにこの街は広くて、複雑だった。
すると、近くの広場で英雄の娘といわれていたカーレッジ・ホープリリーフが剣の修練に励んでいた。
そこから察するにこの辺りは騎士の修練場に近いものなのだろう。
しかし彼女の剣術はあまりにも・・・。
「戦闘に慣れてなさすぎる・・・」
とふと言葉を漏らしてしまったタオの声にカーレッジが気付き、こちらへと目を向ける。
「あなたたちは先ほどの・・・」
「あ、えっと、さっきはごめんなさい。
ちょっとぼーっとしてて・・・」
「私こそ慌てていたのでおあいこですよ。気になさらなくても大丈夫です」
先ほどぶつかってしまったエクスは彼女を見て謝った。
すると彼女は優しく微笑み許してくれた。
「ところであなたたちはなぜここへ?」
「あ、騎士なら分かるかもしれないですね。
この街の宿屋がどこにあるのかわかりますか?
この国には来たばかりなので土地勘がつかめてないんですよね」
「宿屋ですか?
それなら分かりますよ、良ければ宿屋まで案内しましょうか?」
「そうね、お願いできる?」
「はい、それでは私についてきて・・・」
「魔物だ!魔物が侵入してきたぞ!!」
どこからか悲鳴が聞こえてきた。
それと同時に魔物が表れたということを耳にし、慌てて避難する住民たち。
「魔物!?
・・・私は騎士として国民を守らねばなりません。
申し訳ありませんが、私はこれで・・・」
彼女の顔はどこか思いつめた表情だった。
戦い慣れしていない剣術、彼女には何か事情があるのだろうか・・・。
「ちょっと待ちな、俺たちも行くぜ」
「何を言っているのですか!?魔物は大変危険な生物です!
ここは私に任せて・・・」
「そういうわけにもいかないんだよな、なんせ俺たちは、正義のタオ・ファミリーだからな!」
「だからそれはやめてくれる!?
・・・とにかく、私たちもヴィラン・・・じゃなかった、魔物と戦えるの。
戦力は多いに越したことはないでしょ?」
「それは・・・確かにそうですね。
すみません、力をお借りしてもいいでしょうか?
えっと・・・」
「私はレイナよ、この銀髪の男がタオで、こっちがエクス、そして私の隣にいるのがシェイン」
「レイナ様、タオ様、エクス様、シェイン様、ご助力感謝いたします。
それでは向かいましょう!」
「うん!行こう!!」
彼らと彼女の出会いは、いったいこの想区にどんな運命をもたらすのだろうか。
カーレッジ・ホープリリーフとエクスたちの物語が始まる・・・・・・。
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