第3話『感情の無い人形』
「着きました。ここです」
「……思ったより、結構デカいな」
辿り着いた先に見えるのは、どこまでも広い庭と美しい噴水があり、その先には負けない程の更に大きい屋敷が見えていた
「はい。旦那様と奥様はお二方とも名の知れた貴族の方ですから」
「…貴族ねぇ~」
「なので私ではなくお二方の方を最優先にして下さい」
セナはそれだけを言うと門を通って屋敷へと歩いていくが、尊には少し不思議に思っている事があった
何故そこまでしてお願いしてくるのか
以前のパートナーの中にも貴族の人で家柄の為、アカデミーに配属されたというケースがチラホラといたが家柄を自慢したり愚痴を言ったりとその二つに分けられていた
なのに、今回のパートナーのセナはそのどちらでもない感じで…妙に気になってしまう
「…多田羅尊?どうしましたか」
「あ?…あぁ、今行く」
噴水の近くまで歩いていたセナが振り返り、付いて来ていない尊に疑問の言葉を掛けると彼はハッとしたように歩き出す
何事もなかったような振る舞いをしてセナの所まで追い付くと、二人はそのあとからは何も話さないままに屋敷へとひたすら歩く
「…多田羅尊、ここへ来る前に話した事を覚えていますか」
「……あー、自分に話しかけんなってヤツか?」
「そうです。覚えているなら大丈夫ですね」
「別に覚えてた訳じゃねーよ。お前がしつこく何度も念押ししてくるから嫌でも記憶に残ってるだけだ」
そう、ここに来るまでにセナは自分に関わらないようにと何度も繰り返して尊に離していた
それをうんざり思いながらも尊は嫌々聞かされていたのだ
覚えていたのならいいとばかりにセナは無表情のまま着いた家の扉を開ける
「ただいま戻りました」
「あら、遅かったじゃない。其方がパートナーの多田羅さんね?」
「はい。紹介します、こちらが奥様の安城文恵様です」
「…どうも」
「そう。ここまで来るのに疲れたでしょう?今メイドの者を呼ぶから、部屋で少し休むといいわ」
優しそうな表情をする文恵の様子に微かな違和感を感じた尊だがそれを追求する事はない
大体、見当はついているのだ
今までにもこうして呼ばれた事はあったし、人間の考えている事は分かりきっている
家に呼べば自分達は安全だとでも思っているのだ
だから、例え化け物だと恐怖に感じても表情には出さずに手厚くもてなす
呆れて怒りすら湧かない
「でわ、私はこれで失礼します」
「…はっ?なんで」
「これからまだ仕事がありますので」
「そんなん聞いてねぇぞ?」
「私個人の依頼ですので。多田羅尊はここで寛いでいて下さい」
家を出ようとするセナに問いかけると、案の定とばかりに無表情で言い返されて尊は不機嫌な顔をする
パートナーになったからには仕事を一緒にこなす義務がある
それなのに、セナは一人で行くという
「ふざけんな。仕事なら俺も─────」
「まぁまぁ。この子が言うんだから家に居ましょう?それより、先程美味しいと評判のお菓子が手に入ったの。良かったら後でご一緒致しませんこと?」
「それはいい事を聞きましたね、多田羅尊。確か貴方は甘い物がお好きだとか」
「っだからってお前一人に行かせる訳には───」
「貴方には無関係な依頼なので、不必要です」
ほんの少しだけ冷たくされた感じとトゲのある言い方に感じたのは気のせいだろうか
けれど、ついさっきセナから自分の事は構わず奥様と旦那様を最優先にと言われたばかりだと思い出してそれ以上は言えなかった
それにセナの言い方が気に食わなかったのもある
「…あぁ、そうかよ。なら勝手にしろ」
「はい」
そっぽを向いて家の中に入って行く尊をみて、セナは来た道を一人で戻って行ってしまった
嫌みたっぷりに言った筈の言葉ですら、やはりセナは動じず表情一つ変えなかった
(…本当に不気味な奴……)
文恵に呼ばれて現れたメイドについて行く尊は、その時は気にもとめなかった
ただ、ニコリともしないセナの後ろ姿がどうしてだか小さく見えてしまったのは気になったが
それから、時は経ち今は夜の十時を過ぎていた
あれから七時間程が経過したが、未だにセナが戻る気配がない
廊下を歩くメイドや執事にセナが帰ってきたか聞いても誰も何も知らないと同じ台詞しか返って来なかった
(…って、なんで俺がアイツの心配しなきゃならねぇんだっ)
馬鹿らしくなったのか、尊は食事を終えて直ぐに用意された部屋へと戻る
ベッドはフカフカで柔らかくお洒落なバルコニーもある部屋は、少しばかり尊には居心地が悪いようでソワソワとして落ち着かない様子だ
無理もないだろう
檻から出るのはもう十年以上もなかったのだから
あの、忌まわしい事件が起きてから全く檻から出ようとも思わなかったのだ
この十年の間で何度かパートナーができた事はあるし、こうして家に招かれる事もあった
しかし、今回のように泊まる事はなくて用が済めばまたあの檻に戻っていた
今回も泊まるつもりはなかったが家の人間にどうしてもとしつこく強請られ折れる他なかったのだ
セナも居ないし、勝手に帰ってはまた何をやらかすか分かったものでない
せめてセナが戻るまでならと我慢をする
人間くさいここにあまり長いはしたくないと思う尊である
(…にしても、遅すぎないか?)
まさか何かあったのだろうかと嫌な考えが脳に過ぎり寝るに寝付けない
すると、部屋にあった電話がジリジリと鳴り響き尊はまさかと思い電話を取った
『…あ、繋がった。調子はどうかな?』
「やっぱりテメェか。葵」
『アハハ、そんなあからさまに嫌そうにしないでよ。尊を心配して電話してあげてるのに』
「親かお前は。つーか、そんな心配しろなんて俺がいつ言った」
呆れて溜め息を零す尊に、葵と呼ばれる人は笑って「ごめんごめん」と謝る
『それで?今回のパートナーとは上手くいきそう?』
「………さぁな、俺の知った事か」
『えー、なにそれ。まさか上手くいってないの?』
「いくもいかないも、アイツが何考えてるかも分からねぇってのにどうしろっつうんだよ」
『ん?どういう意味??』
どうやら尊のパートナーが誰か知らない様子の葵に、尊は今日の出来事を順に話した
最初は頷く声だったのが、次第に声は聞こえなくなりカタカタと何かをいじる音が聞こえてくる
「…おい、話聞いてるか?」
『聞いてるよ。でも、まさかそんな施設があったなんて僕も知らなかったな……っクソ!アイツら情報を何重にもして隠してるっ』
「あぁ?お前、今何してんだよ」
『ハッキング。でも、その施設でのデータが馬鹿みたいにロックされてて開かないんだ』
「ばっかお前…!またそんな無茶しやがって、今度こそ殺されるぞ!?」
電話越しに悔しそうにする葵を止めようとする尊は慌ててしまう
以前にも、それで危ない目にあいそうになったのを知っているから
『大丈夫大丈夫。…ま、こっちの情報はゆっくりと解読するとして。確か安城セナちゃんだっけ?今どこに居るの?』
「……知らねーよ。あんな奴」
『みーこーとー?』
「んだよ。本当に知らねーんだっつーの!」
『はぁー。その様子じゃ、本当に知らなそうだな』
盛大に溜め息を零す葵に、若干の苛立ちがあったがどうもその言い方に引っかかる
「…なんか知ってるのか」
『知ってるというか、今知った感じかな。セナちゃん、尊には無関係だって言って出てったんだろ?』
「あぁ」
『うーん。僕の予想通りなら、セナちゃんは今極秘任務をしてるかもしれないね…』
「極秘任務…?なんだそれ」
『………簡単に言えば、組織に邪魔だと判断された人間を裁く事だと思う』
「はっ?裁く??」
『化け物以外でも殺してるってことだよ』
「っ!?」
葵の言葉に、尊は驚いて言葉が出ない
セナが人間を殺している?
だから尊は無関係だと言ったのか
納得したが、それをよしとする組織もセナにも納得が出来ない
『…尊?』
「っんだよ、それ。なんなんだよっっ!人間同士で殺しあってるなんてどうかしてる!」
『うん、そうだね。でも、だからセナちゃんなのかもしれない』
「なんでそこでアイツが出てくるんだよ」
『セナちゃんなら、例え人間だろうと任務なら殺せる。だから、感情の無いセナちゃんは好都合ってわけだ』
「……ふざけやがって」
尊は改めて組織の人間達に怒りを覚えた
前々から気に食わなかったが、まさか感情を奪って心まで自由自在に操る事を考えた愚かな人間が居たとは思わなかったのだ
邪魔だと言うだけで簡単に消そうなど、同じ人間同士として良いものなのか?
いや、あってはならないだろう
そんな残酷な事、あってはならない
『…尊、君の気持ちは痛いくらい分かるよ。だけど、今ここで問題を起こしたらそれこそ君達”モンスター“の立場が危うくなる』
「なら、黙ってろって言うのか……こんな馬鹿げた事を見過ごせってのかよっ」
『そうは言ってないだろ。ただ、もう少し待って欲しい……僕だってこんな馬鹿げた組織を正したいのは同じだ。絶対、僕がチャンスを作るから。それまでは耐えてくれっ…!』
切実に苦痛に耐える葵の声に、尊は渋々怒りを静めて「分かった。無茶だけは絶対にするなよ」とだけ言って電話を切った
だが、本心を言えば組織のやり口には納得などしてないし、ましてやセナのような人間を作ろうと考えた人間が許せないでいる
(……クソッ。俺だけじゃ何もできねぇなんて…心底腹が立つ)
自分のあまりの無力さに尊は耐え難い怒りを押し殺した
バルコニーに出て、怒りを静めようとした尊は微かに匂う香りに一瞬動きを止めた
気温の下がった夜風と共に香る匂いには覚えがあった
しかもつい最近に嗅いだことのある匂いだ
超身体能力を持つ尊は、バルコニーから飛び降りて匂いの強い方角を目指し走る
ものの数分で人影が長たらしいフードを引きずりなから歩いている姿を見つけた
「…っセナ!」
「…?多田羅尊、まだ起きてたんですか」
回り込むようにセナの前に立ち止まると、その咽せかえる程の匂いに無意識に顔が歪むのが分かった
黒いフードを被っているが、セナから匂う香りは血が混ざり合った匂いでその匂いからはセナのモノと他の匂いがした
「なに、やってんだよ……お前はっ何をしてきたんだ!」
「………どうして貴方がそのような顔をするか、私には理解できません。何故ですか」
理解できないと言うセナの顔は、尊の怒りを爆発させるのに充分だった
「何故だと?お前、自分が何したのか分かってんのか?人間を殺したんだろ」
「はい。命令でしたので」
「っ……なんでだよ、なんでこんな時でも無表情でいられるんだよっ!お前は、心が痛まないのかっっ」
隠す素振りもせずに、平然と言うセナの表情は今まで出逢ったどの化け物よりも恐ろしかった
言われるがままに行動するセナは、他のどんな生き物より虫ずが走る
そんな尊の姿に、セナは何を思ったのか本当に不思議そうに首を傾げて聞いてきた
「心が痛む?…私には分かりません。不要な感情は全て無くしましたので」
「っ感情に必要も不必要もねぇよ!生きてるモンなら誰だって持ってる心だろ!?」
「その心というモノを、私は持っていません」
怒鳴る尊に理解できないと言わんばかりに、セナは何も写さない瞳で見つめ返す
けれどそれが、更に尊を逆立てる
「命令されたら平気で殺せるのか!?お前は操り人形じゃねえだろ!」
「私は人形です。なので、貴方のパートナーに選ばれました」
「…はっ?」
「貴方がヘマをしたら、その場で殺せと命じられています。私はそれを受け入れました」
目が見開き言葉がでない
自分は人形で尊をヘマした時に殺せと命じられていると言うセナの、そのアッサリと言う言葉に
しかも、それを受け入れたとまで本人の口から聞いたのだ
驚かない者などいないだろう
「話は以上ですか?なら私は部屋に戻ります」
「っ待て!お前は本当にそれでいいのか?本当に、そんな生き方でいいのか!」
「……貴方の言葉は、私には理解できません」
何故そんな事を聞くのだとばかりに、セナは尊の横を通り過ぎていった
たとえ感情を無くしたとしても、少しくらいは良心がある筈だと思っていた
けれど、セナの心は何も無い空っぽのようだと尊は思い知らされてしまう
離れゆくセナと他の血の匂いがよく利く鼻にこびりついて離れなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます