第5話「大悪魔の隠れ趣味②」
アモンは俺から渡された詩集を感無量という表情で抱き締めている。
片やバルバトスは倉庫の壁に立てかけた弓を見て、満足そうに唸っていた。
俺と嫁ズは怖ろしい大悪魔達の意外な素顔を見て、思わず微笑んでしまう。
「嬉しそうだね」
俺が声を掛けると、アモンは「当然だ!」というようにキッと睨む。
「そりゃそうだ! これは幻の詩集といわれるラビュラの託宣の最古本なんだぞ」
「ラビュラの託宣?」
「ああ、ラビュラとは
「へえ! 何か凄そうだね」
「ふん! ベリアルめ、このようなものを隠しておったとは! トールよ、この本は凄いなんてものじゃない! そうだ! そもそも駄目じゃないか! 商人としてこのような稀少本を扱うなら少しは勉強しろ」
勝手に怒って勝手に呆れたアモンから、大声で親の仇のように怒られてしまった。
そう言われたってなぁ。
いくら真性中二病の俺でもさすがに万能ではない。
ラビュラの託宣なんて詩集は知らないもの。
そんな俺に、バルバトスも礼を言って来る。
こちらは人柄……いや悪魔柄が良いせいか丁寧な物言いだ。
「トール様、ありがとうございます! 私がお譲り頂いたヨイチの剛弓も逸品中の逸品です」
「そう……なんだ」
「え!? ヨイチをご存知ありませんか? だ、駄目じゃないですか!」
「確かにヨイチを知らないのは武人としては失格だ」
ああ、今度はバルバトスとアモン両方から怒られた。
そうか、分かった!
俺はもっともっと勉強しないと駄目なのだな。
しかし完璧主義のアモンめ!
さっきは商人として駄目だと言っておきながら、今度は武人としては駄目だと!?
言う事がメチャクチャだ。
今度はバルバトスが語り出す。
「ヨイチは東方の国ヤマトの武将です。確かゲンジという一族に仕えた騎士だと聞き及んでいます」
ああ、それって俺の知っている那須与一だろうか?
「大昔、ゲンジとヘイケというふたつのサムライの勢力が戦った。寡兵で奇襲をかけたゲンジに対して、態勢を立て直して反撃したヘイケ。激戦の末、ヘイケの女官が的を持って挑発したところをヨイチが見事に的を撃ち抜いた。強風の中、距離も通常の弓なら届かない距離なのにヨイチの強弓は問題にしなかったのだ」
ああ、凄く似ている話である。
だが、ここは異世界。
似て非なる騎士の話なのだろう。
うん!
無理矢理、自分を納得させよう。
それが良い。
そんな俺の思いを他所にアモンとバルバトスは盛り上がっている。
「そうだ! バルバトスの言う通り! 詩集ほどではないが、弓を含めて俺も武器防具は大好きだ」
「ああ、アモン! 我が友よ……実は私も弓ほどではないが詩も大好きなのだ」
何故か趣味で意気投合する大悪魔ふたり。
それにしても詩集と弓か……
今後、良品が入ったら、ふたりにぜひ買って貰おう。
しかし……
「対価を払いましょう」
と、バルバトスが真面目な顔で言う……
「そうだな……宝石で支払う形でも大丈夫か?」
アモンまで金を払うと言い出した。
無料進呈しようと思っていたし、金を払って貰うなんて、そんなつもり……まったく無いんだけどさ。
「いや、いいよ。対価なんて不要さ」
俺がそう答えたら……またもや怒られてしまう。
「トール、お前は商人だろう? 客へ無償でものを渡すなどしてはならん」
アモンから、再び商人としての心構えがないと言われた。
当然バルバトスも追随する。
「そうですよ、トール様」
言われっぱなしで少し悔しくなった俺は反論したくて、つい言い訳する。
「今迄お世話になったお礼のつもりだったけど」
控えめにぽつりと呟くと、またもやアモンが大声を出す。
「これだけの逸品だ! どこに出しても売れる。欲しい奴はどこにでも居るから、それを俺達へ特別に譲ってくれるのはありがたいと思っているのだ」
「アモンの言う通りです。世界には武器防具の収集家はごまんと居ます。彼等は絶対にこの凄い弓を欲しがりますから!」
「そういうわけで俺達はお前に感謝している。だから対価を払わせてくれ」
世話をした礼ならば、譲る相手にしてくれただけで充分……
誰もが欲しがる稀少品ならば、自分が譲られる相手に指名されたのは栄誉である。
それが、収集家の考え方なんだ。
勉強になった!
アモン、バルバトス、ありがとう!
恩に着ます。
「分かった! じゃあ遠慮なく対価を頂こう、宝石ならジュリアが価値を判断出来るから、彼女へ提示してくれ」
「了解だ」
「かしこまりました! じゃあ私も宝石でお支払いしますよ」
こうしてアモンとバルバトスは俺達が新しく始めた商売の顧客第一号と、二号になってくれたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、ラビュラの託宣は金貨2万枚、ヨイチの弓は金貨3万枚相当の宝石と交換された。
詩集と弓なんて、俺には全く価値が分からないから金額の鑑定は購入者であるアモンとバルバトスの言い値である。
しかし2億円とか、3億円なんて凄い金額。
収集家というのは価値があると見るや金をまったく惜しまないのだ。
傍らの嫁ズも目を丸くしている。
金を払って、本当に自分のモノになったという実感を覚えたのだろう。
アモンもバルバトスも、譲られたものをとても愛おしそうに眺めている。
ああ、感じる。
ここにあるのは愛だ。
そう、モノとは慈しんでくれる者が持つのが一番の幸せなのである。
アモンが言う。
「俺達には分かる。アルフレードル様はお前達に何か特別な事をさせようとしているのさ」
「私もそう思います。この世界にとっては、とても大切な事なのです」
バルバトスもズバリ言い切った。
何かスケールが大き過ぎる話になったが、俺もだんだんそんな気になって来た。
「うむ! 良ければ俺達にも手伝いをさせてくれ」
「本当は……かつて貴方と旅をしたアモンのようにご一緒出来ればというのが本音です」
本当にありがたい!
ここまで言ってくれるアモンとバルバトスへ俺はふたつのお願いをする事にした。
ひとつは……詩集と武器防具の鑑定フォローである。
俺達では手におえない商品の価値を見極めて貰うのだ。
もうひとつはふたりのような趣味を持つ悪魔はこの魔界において他にも居るだろう。
そんな新規顧客の紹介である。
人脈は商人の命……俺はこの異世界に来てジュリアにまず習った事を実践したのだ。
アモンとバルバトスは笑顔で俺の頼みを快諾してくれたのであった。
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