閑話 若旦那の朝

「あーねみ」


若旦那の朝はそこそこ早い。

缶コーヒーを片手に、欠伸を噛み殺し、番頭さんに声をかけ、松の湯へと向かう。


「あーだり」


午前中はいつものように浴室の掃除に追われる。

銭湯は何と言っても清潔感が大事だ。

浴槽ももちろんだが、カランやシャワーノズル、鏡など腰を入れてピカピカに磨く。

先に自分の仕事を終えた番頭さんが、無言で視線を送ってくる。

屈せず頑張る。


「あーめんどい」


それが終わったら焚き付けだ。

今時、薪を使っているのは『湯が柔らかくなる』という昔ながらの拘りから。

裏庭にある角材をチェーンソーで適当な大きさにぶった切り、釜場で燃やす。

ちなみに先代の爺様は七十過ぎの癖に、手斧でさくさく切っていた。

奴は化け物だ。そして番頭さんはその上をいく。


「ふう」


仕上げは玄関の掃除だ。

玄関は店の顔。

風呂だけではなくここも綺麗にしなくては客は来ない。

掃き掃除をしていると、大体、御近所の誰かしらと立ち話になる。散歩帰りの爺様、犬の散歩途中の子供、商店街の諸先輩方、地域交流もまた大事な仕事だ。

但し喋りに夢中になりすぎるのは注意だ。

番頭さんが無言の視線を送ってくる。


「さて、と」


そして一息ついてから開店だ。

時間になったら暖簾をかける。

今日はどこから、どんなお客さんが来るのだろうと考えながら、二人で番頭台で待つのは楽しみの一つだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る