第13話~赤い靴~Ⅱ

一方の4課の棟

ピアノの音色がフロアを支配し、アリスが鍵盤に指を走らせる。

必死さすら感じさせるような音色は時に荒々しく、時に緩やかに奏でられる。そして一つの区切りをつける。

「だは~なんだって今頃ピアノ弾かなきゃなんないのよ!!!」

「しゃーねえだろ、今回お前さんはピアニストとして潜入するんだからよ」

「わかってるから文句言ってんのよ烈火!」

「わかってんならいわねえほうが、いいんじゃねえか?」

「ストレス発散!」

「カラオケのほうにしろよ・・・っと先生がお戻りだぜぇ」

そう言って扉が開くと、かぐやと雪助が出てきた。

「ゆきすけ~肉じゃがとアジぃ~」

「は、はい・・・えっとアジの開きあったけかな?」

戻ってきて早々キッチンに向かっていく雪助。

その間抜けな娘を見てかぐやが笑顔で見下ろす。

「あらあらぁ~随分な余裕ねアリスちゃん」

「余裕もなにももっとまともなルートで潜入したいわ」

「言い訳無用」

そういうとずいっとアリスの隣に座るかぐや。それに驚くアリス。

「な、なによ!?かぐや!?」

「お母さんのピアノ教室よ。貴方鍵盤強く叩きすぎよぉ弱いところもアクセントの余韻が残ってるから耳にうるさいし、クレッシェンドもデクレッシェンドも雑スーギー」

かぐやの挑発ともとれそうな言葉に血管を浮き立たせるアリス。

「一応は弾けるんだから、一気に連弾で勘を掴みなさい、そのほうが早いわ。ほらせ~のっ!」

そう言ってかぐやの指がアリス以上に滑らかに動き、鍵盤の上を走るのではなく滑るように動く。

かぐやは自分の音に酔いしれるように身体を動かし舞う。

しばし、その姿にアリスのみならず烈火やメニューの変更を伝えに来た雪助でさえ見とれ聞き入ってしまった。そしてしばらく経ったあと演奏は急に止まる。

「ちょっとぉ!連弾って言ったんだから、入ってきてくれないと合わせられないじゃないアリスちゃん!烈火はのんびり見てないで、すこしは訓練してたら?雪助君、アリスちゃんの無理なメニューはなんでも変えちゃっていいわよ。ご飯時にはなんでも食べれるようにしとくから」

「は、はあ・・・」

そう返した雪助が作った夕食のころにはアリスは疲れて、一口も喉を通らなかった。


そして翌日に本番を迎えるという今日、アリスたちはフォティアを迎えに来ていた。

「はあ、ゆ、指が痛い・・・」

「それはまだまだ力が入っている証拠よ。まあ、安かったりボロかったりするピアノは線が逝っちゃってたりするから、力入れないとまず鳴らないから、高級なやつに慣れてない証拠よ。孤児院に置いてあるのだってたかが知れてるし」

そうぐだっているアリスにかぐやはアドバイスをする。

「しかし、フォティアのやつどうなってやがるかな?今回時雨に近接格闘訓練をつけるためによこしたんだろ?この短期間でどうにかなるもんでもねえと思うがね」

「そうですね・・・近接格闘なら特機の中でも確実に5指に入る時雨ちゃん相手に、ほとんど環境依存の戦闘を得意とするフォティアちゃん・・・」

雪助が心配そうに顔を曇らせる。それもこれも時雨の実力を彼は十分に知っていたからである。時雨はかぐやが作った義体であると同時に、童話シリーズに最も近い戦闘能力を持っている。そして彼女の唯一童話シリーズと違うのは生身の脳髄があるということ、だが彼女は実年齢ではほとんど雪助と変わらない17,8であるというのに、生身の身体時代から生みの親のせいで兵士として育てられた過去がある。ゆえに彼女は生まれながらにして兵士としての素質が十分にあったため、人を殺すのに躊躇しない。生まれは聞いたことないが、限りなく生か死かの狭間で生きて身体を失ったのである。

そして能力もあいまって、その力は特機ランキング3位という、おそらく戦闘用童話シリーズにおいて同等の実力を発揮できるとかぐやが太鼓判を押したほどである。

「それは、相性の問題ねえ。完全に環境に左右されるフォティアに対して、アリスちゃん並に働く勘とアリスちゃんを軽く凌ぐ戦闘経験、彼女がオールラウンダータイプとするならばフォティアは究極の変化球使いのようなものね」

そういいながら5課の訓練室のドアを叩いた。

「さあ、てと、どういう感じかしらぁんニック?」

黒衣のかぐやが結果を知っているかのように険しい顔をするニックの顔を覗き見る。そのニックの視線の先ではフォティアと時雨が戦っている。

フォティアはヒートソードを構えつつ、遠隔の爆破と火炎で中距離を保ちつつ、時雨は両手に刀を構え、装備の各種に備えられたジェット噴射装置で俊速でフォティアに迫っていっている。

「おうおう、ようやってるねえ」

「・・・・・時雨にしては苦戦しているようね」

「え?苦戦しているんですか!?」

そう驚く雪助にアリスがよく見るよう促すと、雪助は気がついた。

フォティアは衣服に傷や汚れが全くないのに対し、時雨は致命傷でないにしても傷があった。

「時雨ちゃんが・・・」

そう気がついた雪助がつぶやく。

「・・・・・これで戦闘におもむきを置いていない後期型っていうのか?」

静かに言ったのはニックだった。

「うふふ、それは相性よ。今回は、フォティアの能力の最大限が生かせる密室での戦闘ですもの。中期型であるベリーは、環境に左右されないし対アンドロイドを想定して作られている。戦闘においては、前期型と並ぶかもしれないわ」

その言葉にニックはギリッと歯を食いしばった。

「だったら!この一週間あの赤毛の嬢ちゃんに1本もとれてねえ時雨はこれから通用しねえってか!?」

そう強く叫ぶニックに耳をふさぎながら眉をひそめるかぐや。

「全く娘スキーも大概にしなさいよ貴方。柔軟性の問題よ柔軟性。アリスちゃんはサシでやってフォティアに勝ったわ。フォティアは気流を操ってガスや酸素濃度をいじって特定部位で起爆させる」

「なにが言いたい?」

「軍人の貴方の師事と兵士として生まれ育った時雨ちゃんは、現代兵器にのみに対しての理論と戦術しか持ち合わせていない。ナロードの作り出した兵器は現代兵器を超越するわ。だから時雨ちゃんが弱いというわけではない。ナロードの作り出した兵器に慣れていない、つまり経験が足りないのよ」

「・・・・・じゃあ、ほぼ即対応したアリスのやろうは?」

「「野獣だから」」

ドカ!バキッ!!!

即答した雪助と烈火が同時に蹴りと右ストレートをアリスにぶち込まれる。

そしてニヤリと不適に笑う魔女かぐや。

「誰の子だと思ってるのよ魔女である私と魔王みたいなナロードの子よ・・・・・淫魔か淫じゅブギュッ!!!」

かぐやにドロップキックを見舞うアリス。

「あんた自分の娘をなんつー目で見てんのよ」

「だっだってぇ~回復槽に入ってるときの雪助君の身体見てハアハア言ってたじゃない」

「あ~回復槽にいるときは雪助意識ねえからな。たしかにアリス見てたかもな」

「・・・・・き、傷の確認よ」

「かぐやさんのとこは、ひ、否定しないんですかアリスさん・・・」

赤面する雪助に同じく赤面するアリス。

「まあ、とにかく視点が集中しすぎているのよ。ちょっとマイク貸しなさいニック」

そういうとかぐやは訓練室内に繋がっているマイクを手に取る。

「はあ・・・はあ・・・サーモで視ても姿がぼやけるし、カメラで見ても逆にはっきりしてるから、実像がわからない。突っ込んだ先では爆発が起きるし、隙を突いたところで剣が来る・・・密室なら単体でも奇襲で1対1ができるんだ・・・よくアリス勝ったな」

そう焦りのこもった声でつぶやき刀を構えなおす時雨。その前にはヒートソードを構え揺らめくフォティアが3体。

そこにかぐやの通信が入る。

「はぁ~い時雨ちゃん。うちの娘のフォティアに苦渋を飲まされているようね」

それを聞き苦笑いを浮かべる時雨。

「ははは、正直お手上げだよ。これで戦闘用じゃないんだから、かぐやに押された太鼓判にキズがつきそうだよ」

「んふふ、言ってみれば貴方は私が一から作ったけれどフォティアは父親がいるわ。そういう点においては、フォティアは貴方の姉にあたるわね」

「妹が姉に勝てないと?」

「違うわ、貴方とシンフォニアはナロードの童話シリーズに勝つために生み出した戦闘用、シンフォニアは力でねじ伏せられるけれど、貴方は脳髄が生身の義体、普通の戦闘と同じく経験が必要なのよ」

「アリスとの違いは?」

「アリスちゃんと貴方との違いは、貴方は対人戦闘の経験がありすぎる。無駄にはならないけれど、普通の戦術理論、戦略が規格外の敵に対してはそれが隙になる。アリスちゃんはそこが貴方に比べてないとは言わないけれど拙いのよ。だから容易に相手に即対応できるだけの余裕があるのよ」

「ないのも利点か・・・」

「まあそれだけアリスちゃんの能力は柔軟性に長けているからね。生身の到達点と義体の到達点たるアリスちゃんと貴方は真反対なのよ・・・さて、フォティアを倒す方法だけれど」

そう一度間を空けるかぐや。

「・・・・・触覚センサーを最大値にしなさい」

そう伝えると通信は切れた。

「おいおいかぐや。世間話が長いわりにアドバイスが短すぎねえか?」

「んふふ~こういうのは、自分で勘を掴むのが一番よ。特に彼女の勘は鋭敏すぎるから」

そういいながらかぐやは、目の前の時雨をみつめた。

そのアドバイスを受けた時雨は疑問を感じながらも、かぐやの言葉を咀嚼していた。

『・・・触覚センサー。正直ボクの兵装だと感覚ストレスになるから戦闘だとほとんど切ってきたんだけれど・・・』

そう思いつつも、時雨はセンサーを言われたとおりにする。そして今までに体感したことのない、感覚に襲われる。

「うわ・・・・・なんだこれ・・・」

肌に感じるのは風・・・というには、生ぬるい風の道だった。入り組んだ高速道路の中だった。

「こ、ここまで正確に風向を操れるのか・・・」

時雨には、人間の五感以外にも機械的なセンサーが戦闘用義体であるからには、備わっている。それでさえも触覚センサーの感知したデータが、人には感知できない風の道を時雨は感じ取っていた。

「これなら・・・・・」

ゆらりとこれまでにない静かな走り出しを始めた。

それを見て烈火はニヤリと笑った。

「時雨の野郎また義体の壁を越えるな」

「「え?」」

そう烈火のつぶやきにアリスと雪助が疑問に思ったのもつかの間、時雨はフォティアの陽炎に走っていっていた。

側面の風の勢いが強くなると同時に上へ飛ぶ。今までいたところを龍のような炎が通り過ぎる。

それでも風の勢いは止まらない。側面の次は背面、前面と同じように炎が迫ってきては爆発するも、時雨は今までの自分の戦闘スタイルであった直線的な高速移動を止め、緩急をつけ陽炎に迫っていた。

そして、あと5メートルといったところで壁のような突風が襲ってくる。

『今だっ!!!』

グンッと一気に加速すると同時に、一斉爆発が起きる。そして時雨の目の前には3人いたフォティアが1人となっていた。

『これだけ大きな爆発をして毎回いいところでリセットされていたんだ。この瞬間だけはいくらこの子でも、気流が乱れすぎて、陽炎は作れない!』

「っ!?」

今までにない間合いに入られたフォティアがここにきて焦ったうめき声をあげる。それはひとえに自分の苦手とする間合いであり、そこに近距離を特意とする天敵たる時雨の侵入を許してしまったからである。

フォティアのヒートソードがレイピアのように突きから、細かいなぎ払いを中心とした攻撃で迎え撃つ。

『この剣がまずい・・・サーモでみてもこっちの剣が溶け切られる温度だ』

時雨の予測は正しい。あのかぐやでさえも知らなかったという一見熊のぬいぐるみのような外見だがとんでもない高圧ガスブレードであるつばぜり合いなどできるものでもない。最終兵装にふさわしい武器である・・・が、同時にフォティアにとってこの武器は最終兵器であり最終防壁なのである。

フォティアの得意とする間合いである中距離より内側に入られた場合に使わざる得ない武器ともいえる。

そしてこの間合いは時雨の間合いだ。

フォティアの斬撃をミリ単位で避け時雨の二刀がフォティアの首に迫ると同時にそのまま押し倒す時雨。

「はあ・・・はあ・・・ようやく一本取れた」

「お見事です時雨さん」

大の字になりながら笑うフォティア。

「いや、義体じゃなかったらもう何回も殺されてた・・・かすり傷から毒で死んだ戦友をいくらも見てきた。まだまだだよ」

その結果を見てかぐやはニックに話をふる。

「どう?貴方の娘がうちの娘に勝ったご感想は?」

「時雨のボディを作ったのはおまえだ。お前にとっちゃ関係ねえだろ?」

「あら?でも時雨ちゃんは貴方のことをパパと思ってるわよ?脳髄と義体の相性は物理的なものでは計れないところがあるのよ。アンドロイドよりめんどうなの」

「・・・」

そのかぐやの言葉に無言のニック。

「まあ?部分義体持ちで特機最強の貴方にはわからないでしょうけれど」

「・・・あいつが死ななければそれでいい」

そう言ったところでフォティアと時雨が訓練室から出てくる。

「ああ~ん!!!愛しい愛しい我が娘たち~!!!」

ガバァ!!!と両手を開きフォティアと時雨を抱きしめるトリップしたかぐや。

「マ、ママ・・・」

「ひぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

かぐやに抱きしめられた瞬間時雨が雄たけびをあげる。

「あら?まだ触覚センサー最大値だったの?」

膝から崩れ落ちる時雨をかぐやが覗き見る。

その様子を見ていたアリスと雪助が烈火に問いただす。

「ねえ烈火、さっき言ってた義体の壁ってアレなの?」

その問いにスキンヘッドのサングラスの黒人マッチョ義体をもつ烈火が答える。

「んあ?ああ~まだコントロールできてないけれどな」

「どういうことですか?」

「簡単な話、全身義体持ちならくさやで一発KOできるんだよ」

「「は?」」

同じ方向に首を傾ける二人。

「今回は触覚だったが、あれが嗅覚だった場合の話さ。犬の嗅覚を人間の脳で理解しようとしたっていったほうがわかりやすいか」

「五感が機械の感知と人間の生身の感知の差ということ?」

「そういうこった。義体では生身以上の感知が出来ちまうがそれをそのまま理解しようとすると義体は機械的に脳が反応できる範囲でオートで調整するんだが、最大値とかマニュアルで変えたまんまだと、ダイレクトで機械が察知した感覚がくる。だから、くさやでKOすんだよ」

そういいながら面白そうに震える時雨を見る烈火。

「じゃあ烈火さんはいつもどうしてるんですか?」

「俺はいつもマニュアルだぜ。オートにしてっと処理で反応が遅くなっちまうからな」

淡々というもそれは実にすごい芸当なのではないかと、思った二人であった。

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