〇クリムゾン

第45話 その老人、伝説につき

—1—


「うぐっ、お、重い」


 夏休み初日の朝の目覚めはあまりいいものではなかった。

 というのも腹の上に乗っかってきたクロの重さで呼吸が苦しくなり、夢から現実世界に引きずり戻されたのだ。


 クロに降りてもらい、クローゼットに手を伸ばし、着替えを始める。

 今日は、白川が団長として所属している魔獣討伐ギルド・クリムゾンに案内をしてもらう日だ。


 ギルドに入るかどうかは別として、情報を多く仕入れることが出来そうだったので白川の誘いを受け入れた。

 この町で情報を入手するとしたら自分の目で見るか、信憑性が薄い匿名掲示板サイトを閲覧することぐらいだ。

 オレのような友達が少ない人間だと誰かから聞くということもできない。


「クロ、朝ご飯だ」


「ガウッ」


 ソーセージと白米を混ぜたものを皿に移してクロの前に置いた。

 勢いよくご飯を食べるクロ。

 昨日、骸骨の魔獣、ボーンと戦った疲労感は残って無さそうだ。オレも腕の痛みはすっかり消えていて、ダルさもない。


「クロ、今日は留守番頼んだぞ」


 そう言うとクロが皿から顔を上げ、オレの顔を心配そうに見てきた。


「大丈夫だ。今日は、遅くはならないよ」


 そう聞くと再びご飯を食べ始めた。

 クロが食べ終わるところを椅子に座って見届けると、机の上から青色のペンダントを手に取り、首にかけた。

 剥き出しのまま外を歩きたくはないので、服の中にペンダントを入れる。


 特にこれを持って来てと指定されたものはなかったので、スマホをポケットに入れ、家を出た。


—2―


「ここで合ってるよな?」


 白川から送られてきたメールを見て現在地と照らし合わせる。

 ここは北柳町の西の果て。

 辺りは広大な敷地に廃工場のような錆びれた小さい作業場があるだけ。作業場以外に建物らしきものはない。


 作業場の壁はトタン板で、所々穴が開いている。

 時より夏の熱風が吹くとそのトタン板がカタカタと音を鳴らす。ここで聞くことができるのはその音と鳥の鳴き声ぐらいだ。


 メールに添付されている地図を見るに場所はここで合っているはず。

 いつまでも外で待っていても時間が勿体ないし、暑さでどうにかなりそうなので、作業場の中を覗いてみることにした。

 それにしてもボロボロだ。とても使われているようには見えない。


「なんじゃ坊主。儂の工場に何か用か?」


 建物の中を覗き、人を探していると後ろから声を掛けられた。驚いてつい体がピクリと反応してしまう。

 振り返るとそこには白い髭を生やした老人が立っていた。


 歳は60半ばから70に届いていないぐらい。髭と同じで髪の毛も白い。

 木製の杖を突いていて、右目には黒色の眼帯をしている。そして杖を突いていない方の手には、ビニール袋が握られていた。

 身長は165センチぐらい。いや、腰が曲がっているから実際はもう少し高いか。

 着ている白衣は、何日も洗濯していないのか汚れが目立つ。


「何をジロジロ見とるんじゃ。用が無いならとっとと帰れ。この若造が」


 杖で猫を追い払うような仕草を見せると、老人は作業場の中へ入って行った。

 やっぱり白川が送ってきた住所が間違っていたのか? だが白川に限ってそんな間違いはしないはずだ。


「すいません。友人にここが魔獣討伐ギルド・クリムゾンのアジトだと聞いて来たのですが」


「ほう。ってことは、坊主が例の魔獣狩者イビルキラーか」


 老人が足を止め、机にビニール袋を置くと、オレを品定めするようにじっくり眺めた。

 どうやらオレのことを知っているかのような口振りだ。


「なるほど。なかなか出来るようじゃな」


 この老人は一体何者なんだ?

 ここがギルドのアジトではないと否定しなかったからギルドに関係している人物とみていいだろう。

 魔獣狩者イビルキラーという単語も老人の口から出たことだし。


「それでここは」


 老人に再度ここがギルドのアジトなのか尋ねようとした時、作業場の奥のドアが開いた。


「おはようございます。あら三刀屋くん、来てたのね」


「お、おはようございます」


 赤髪の少女、白川紅葉しらかわくれはと黒髪ショートカット、塩見沙織しおみさおりが現れた。


大場おおばさん、留守だったので勝手に奥の部屋を使わせてもらってました」


 白川が奥の部屋の鍵を大場と呼ばれた老人に渡した。


「ああ、そうかい。コンビニまで朝ご飯を買いに行っとったんじゃ。どうじゃ、対魔獣武装イビルウエポンの調子は? 塩見」


「は、はい。問題ないです。むしろ昔から使っていたかのようにしっくりしてます」


 塩見が銃の引き金を引く仕草を見せる。


「そうじゃろそうじゃろ。あれは儂の自信作だからな」


 出会ってからずっと怖い顔をしていた大場が、ここで初めて笑顔を見せた。

 話を聞くに対魔獣武装イビルウエポンと呼ばれる武器はこの大場が作っているらしい。

 大場はビニール袋の中からおにぎりを取り出すと口いっぱいに頬張った。

 そのままパソコンが置いてある机の前に移動し、椅子に座った。


「白川、あの人って」


 白川と塩見の方へ近づき、視線だけを大場に向ける。

 第一印象では気が付かなかったが、今はもう確信に変わっている。口をもぐもぐさせながらパソコンに向かっているこの老人は、かつて英雄と呼ばれた男だ。


「さすが三刀屋くんね。そうよ。今日来てもらったのは、大場さんと会ってもらう為よ」


 当たりだ。これだけで今日ここに足を運んだ意味がある。


大場昇おおばのぼるさんですよね?」


 大場はタイピングする手を止め、顔を上げた。


「そうじゃよ。儂が大場昇だ」


 大場昇は約10年前、大量発生した魔獣を食い止めるべく『鷹虎大場連合』というギルドを結成し、北柳町に再び平和をもたらした男だ。

 彼がいなかったら今の北柳町は存在しなかったと言っても過言ではない。


 突如、表舞台から姿を消し、消息不明になっていた伝説の男とこんな形で会うことになるとは。

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