第20話 鷹虎大場連合

―1―


 長いようで短かった4月が終わり今日から5月がスタートだ。

 世間では平日の今日、明日と休みを取れば9連休らしい。オレが通う北柳高校は、何の振り替え休日かは分からないが今日も明日も休みだ。つまり誰もが望む9連休なのだ。


 予定が特に無いオレからしたら学校があった方がまだいい、と言いたいところだがこんなオレにも珍しく今日は予定が入っている。自分で珍しいとか言っている辺り、いよいよ救いようがないところまできたな。


「ここか、こぐまのキッチン」


 待ち合わせをしている人物を待たせないよう余裕を持って指定された場所に到着した。

 店の入り口には、熊が鮭を咥えた木彫りが置いてあった。熊の木彫りといえばこれというような誰もが頭に思い浮かべるものだった。

 そういえばヤナギモールの雑貨屋に行った時、白川が熊の木彫りを眺めてたな。あいつが見たら喜びそうだ。


「おう三刀屋! 悪い待たせたか?」


「いや、今来たところだ」


 ダッシュしてきたのか額に汗を浮かべた武藤が現れた。

 武藤の背後には武藤の隣の席の眼鏡くん――小林がいた。長い髪の毛をぼさぼさに生やし、トレードマークの黒縁の眼鏡もかけていた。

 今日は武藤と2人で会う予定だったんだがこれはどういう……。


「あぁ、言ってなかったな。小林も誘ったんだ。やっぱ飯は人が多い方が美味いからな」


「という訳だ。悪いな邪魔する形になって。小林和雄こばやしかずおだ。よろしく」


 眼鏡のつるを人差し指と中指でくいっと上げると小林が軽く頭を下げた。


「三刀屋奈津だ。よろしくな」


 なぜ今日このメンバーで『こぐまのキッチン』に来ることになったかというと1週間前に遡る。

 学校の屋上にプテラが出現したあの日。オレは自分が魔獣狩者イビルキラーであることを武藤に話した。武藤はそんなオレを受け入れ、生き残って帰って来たら飯に行こうと誘ってきた。

 その約束を果たすべく武藤の手によって今日の予定が組まれたのだ。


 ゴールデンウィーク中も部活で忙しいと言っていた武藤だったが、今日だけ休みだったらしい。そんな貴重な休みをオレなんかの為に使ってもらうのもなんだか気が引けるが、本人がそうしたいと強く電話越しに訴えてきたので素直に応じることにした。


 そんな武藤が店員に案内された窓際の奥の席に座った。その隣に小林、向かい合うようにオレが座る。

 それにしても外からの視線が妙に気になる。大きい窓を遮るブラインドのような類のものは何も無く、外から店内が丸見えだ。当然中からも外が見えるので、時より通行人と目が合い恥ずかしい。

 武藤はそんな視線を全く気にしていないようで、メニュー表をテーブルに広げ、ページをぺらぺらとめくっていた。

 小林もそれを横から覗き込んで何を食べるか決めているようだ。オレは2人が決まるまで待つことにした。


 店内の雰囲気は明るくていい感じだ。落ち着いたBGMが流れていて、1人で来たとしてもつい長居してしまいそうな居心地の良さ。

 客の年齢層はオレたちのような若い男女が多いようだ。パソコンをテーブルに広げているビジネスマンの姿もあった。


「三刀屋も選べよ」


「ああ」


 武藤からメニュー表を受け取る。1ページ目にはオムライスとスパゲッティの写真が載っていた。どちらも捨てがたい。

 出来ることなら両方食べたいところだが、オレの胃袋は残念ながらそこまで大きくはない。

 2ページ目以降は定食、肉料理、サラダ、デザートと続いていた。若者が多いからか、ボリューム感がある割に値段が安い。アルバイトを始めたてのオレの財布にも優しい。

 一通り見てから1ページに戻る。


「決まったか? 押すぞ」


 オレの答えを聞く前に武藤が定員を呼び出すボタンを押した。数秒で定員がメニューを取りに来た。


「えっと、ハンバーグ定食に単品でこのステーキとオムライス、それからポテト、テリヤキバーガーにお好み焼きと焼きそば。それから」


 武藤が呪文なように淡々と注文を続けた。定員もメニューを打ち込むのに必死だ。見ていて可哀想になってくる。

 武藤と店員の数秒の攻防が終わり、小林はステーキ定食をオレはスパゲッティを注文した。


「み、三刀屋、お前が魔獣狩者イビルキラーだって小林に話してもいいのか?」


 武藤がオレに顔を近づけ、左手で口を隠してボリュームを落として聞いてきた。が、ボリュームが落とし切れていない為、恐らく小林に丸聞こえだ。

 だが武藤なりに気を遣ってくれていることは十分伝わってきた。


「ああいいぞ」


 武藤で秘密を止めていても話が前に進まないし、小林もいい気はしないと思うので許可することにした。

 もはやオレが魔獣狩者イビルキラーだということは秘密でもなんでもなくなったようなものだ。


「小林、三刀屋は魔獣狩者イビルキラーなんだよ。この間学校に魔獣が出た時も三刀屋は倒しに行くって言ってさ、避難も出来たのに立ち向かって行ったんだぜ。マジかっけーだろ」


「そうだったのか。そんなヒーローが身近にいたとは驚いたな」


 武藤に続き、小林にまで尊敬の眼差しを向けられた。


「そんな目で見られても、倒したのはオレじゃないんだけどな」


 そうだ。プテラを倒したのはオレではなく、隣のクラス委員の南條だ。


「いや、でもすげーよ。オレたちには見ることもできねぇー敵を倒しちまうんだから。オレと小林は小さい頃に黒霧に入り込んじまったところを魔獣狩者イビルキラーに助けられたんだ」


「一般人の僕らには逃げるにしてもどこに逃げればいいか分からないからな。あの時は正直終わったかと思ったよ」


「ニュースでも毎日のようにやってたもんな。失踪者や行方不明者がまた出たって。俺たちが小学校に入った頃だったな確か。町から出て行く人も結構いたよな」


「そうだな」


 オレが小学校1年生に上がる少し前から約2年ぐらい。魔獣による被害が増加していた時期があった。

 魔獣はこの世界に出現したら人間を喰らう訳だが、一般人からしてみれば何が起こったのか分からないだろう。突然体に痛みが走り、気が付いたら腕や足が噛み千切られている。そして、あっという間に魔獣の腹の中だ。

 魔獣狩者イビルキラーでない限り魔獣を目で見る術はないので、喰われた人間はこの世から突如として消えたことになる。

 それが連日テレビで目にした失踪や行方不明のニュースの正体だ。


 見えない相手に対して町はどうすることも出来ず、程なくして国に助けを求めた。

 しかし、国も前例がないことと魔獣に対して銃や爆薬など使用するにしても町を破壊してしまう恐れがある為、戦うという選択肢を出すことはできなかった。

 たとえ武器を使用して魔獣と戦うという判断を下したとしても大前提として魔獣が見えないのだから意味がないのだが。

 つまり初めから国に打つ手などなかったのだ。


 国でさえこの状況をどうすることもできないと分かると、北柳町に住む住民は他所へ移住することを決断した。どういう訳か北柳町以外に魔獣は現れなかったのだ。

 わざわざ死のリスクを抱えてまで町に残る必要はない。そう誰かが唱えると、1人また1人と町から去っていった。

 当時発展していた北柳町も急激に人口を減少させていった。それでも町に残った人たちも大勢いた。オレも武藤も小林もその1人だろう。


 そんな中、増え続ける魔獣の被害を食い止めるべく立ち上がったのが、数人の魔獣狩者イビルキラーの大人で結成されたギルドだった。

 ギルド名は『鷹虎大場たかとらおおば連合』。鷹虎と大場という2人の男が結成したギルドだからそう名付けられたそうだ。

 その『鷹虎大場連合』を中心に魔獣討伐作戦が決行され、無事元の北柳町の姿を取り戻したのだ。


 だが、それも現在いまになり再び魔獣の出現頻度が増加してきたように感じる。


「お待たせしました。ハンバーグ定食にステーキ、ポテト……」


 武藤が注文した料理がテーブルに並べられていく。見ているだけでお腹が一杯になってくる。


「いただきまーす」


 武藤が掃除機のように食べ物を口の中に吸い込んでいく。このペースなら残すことなく全部食べられそうだな。一体どんな胃袋をしてるんだか。

 オレもフォークでスパゲッティをくるくると巻き口の中に入れる。


「あっ、奈津に慶進けいしん、それから和雄かずおやないか。瀧川先生もほら」


「おう、なんだ偶然だな」


 和井場と瀧川先生が通路を挟んだ隣の席に案内されてやって来た。休日に先生と生徒が何の用だ?


「なんで和井場と瀧川先生が一緒なんだ?」


 武藤もオレと同じ疑問を抱いていたようだ。


「クラス委員会議で使う資料を出しに学校に行ったら先生が飯奢ってくれる言うたからな。それでや」


「わざわざ休みの日に学校に来てもらったからな。どれ、お前たちの分も俺が払ってやるよ」


「えっ、いいんすか!」


 瀧川先生が武藤から伝票を受け取る。


「随分食べてるな」


 瀧川先生が金額を見て驚く。オレも伝票を見ていないから分からないが、武藤の前に重なっている皿の枚数を見れば大体の値段は予想できる。5000円は普通に超えてるだろうな。


「まだいけますけど今日の所はこれくらいで許してやります」


 武藤が自慢気に鼻を鳴らす。こいつは何と競っているのだろうか。そして何を許したんだ?


「はははっ、じゃあまあゆっくりな」


「はい。ありがとうございます」


 瀧川先生と和井場も店員を呼んで注文した。

 すると、さっきまで料理にがっついていた武藤が急にもじもじし出した。


「どうしたんだ武藤?」


「あっ、いやな、ちょっとオレの話を聞いてもらってもいいか? 恋愛相談ってやつなんだけどよ」


「まあ、聞くだけならいいぞ」


 武藤の恋愛相談って、武藤が好きな人は橘だったはず。何か困ったことでもあったのだろうか。


「俺が好きなのはソフィーちゃんだろ。でも最近白川、いや、紅葉のこともいいなーって思うようになったんだよ。ソフィーちゃんって誰からも人気があるだろ。だから俺なんかじゃ勝ち目が無いって言うか。まあ紅葉と話したこともそんなにないんだけどさ」


 いつもはきはきとした武藤も恋愛となると話が違ってくるようだ。自分の中で橘を選ぶか白川を選ぶかで葛藤しているらしい。

 あれだけ橘の後を追っかけていたんだが、なんで突然白川の名前が出てきたんだ。


「武藤は魔獣狩者イビルキラーに対して強い憧れや尊敬をしてるんだ。自己紹介で白川が魔獣狩者イビルキラーだって話してただろ。それで気になり始めたんだって。スポーツテストでも良い成績を残してたし、武藤も運動が得意だからいいんじゃないかって、俺ももう散々同じことを聞かされたよ」


「ちなみに小林は塩見LOVEだからよ」


「うるさい。今はそれは関係ないだろ。武藤の話をしてるんだから」


 そういえばスポーツテストの時に武藤がクラスの女子の人気投票をしてた際、小林は塩見に投票してたな。

 クラスの女子の1位が橘で3位が白川だった。1カ月経った今でもその順位はさほど変わっていないだろう。

 1位と3位を好きになった武藤は王道、いや別な言い方だと面食いなんだろうか。


「なあ三刀屋、俺どうしたらいいと思う?」


「それをオレに訊かれてもな。あっ、白川だ」


「おい冗談はやめろって」


「冗談じゃないって。外だ。あそこを1人で歩いてるだろ」


 窓から白川が横断歩道を渡っていく姿が見えた。


「マジだ! ちょっと早く行くぞ」


 武藤がテーブルに置いていたスマホと財布を握ると店から飛び出てしまった。


「僕はいいや。三刀屋、後は任せた」


「任せたって言われてもな」


 のんびりお茶を飲む小林を残して仕方なく武藤を追うことにした。

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