第18話 読めない相手

―1―


 その男は長い前髪で右目が隠れ、見えている左目もきつく吊り上がっていた。そして瞳は相変わらずどこまでも深く暗い。


「高みの見物とは随分と優雅だなぁ」


 そう言って小さく笑った霧崎は、階段を1段、2段と上がり足を止めた。口に笑いを含みながら最上段に座っているオレとの距離を詰める。

 オレの表情を観察するように見てから振り返り、校舎の屋上を眺める霧崎。

 そこにはもう誰もいない。あるのはプテラが暴れて出来た傷が地面のコンクリートや金網に残っているだけ。


「フフッ、眺めも文句無し」


「オレに何か用か?」


 わざわざオレの前に姿を現しておきながら何も踏み込んでこないのでオレから目的を聞くことにした。

 ギョロっとした左目で睨まれる。その迫力から人を殺したことでもあるかのような雰囲気を感じた。実際に人を殺したことのある人物になんて会ったことはないが。

 霧崎はオレを睨むことを止めると再び口を開いた。


「目的ねー。それを言ったらつまんないだろ。でもまあ」


「ぐあっ、は、離せ!」


 突如、霧崎が階段を飛び、オレの目の前まで移動すると襟を掴んできた。ちょっと待て。霧崎が立っていた場所からここまでは10段はあるぞ。それをひとっ飛びだと。

 くそっ、足が浮き首元がしまり呼吸が困難になる。霧崎の腕を掴んで離すように求めるが、霧崎の手がオレのブレザーから離れることはない。


「そんなに暴れるなよ。言われなくても離してやる」


 霧崎がオレのブレザーの襟から黒色の円形の物体――発信機を取るとオレは地面に放り出された。尻もちをつき尻と腰に痛みが走る。

 腰に手を当て立ち上がると乱れた制服を正し、霧崎の正面に立った。


「それはなんだ?」


「発信機だ。そんなこと俺に聞かなくても知ってるだろ」


 あえてとぼけて情報を引き出そうとしたが霧崎には通用しないみたいだ。こいつの思考がいまいち理解できない。

 オレの予想だとこの霧崎こそオレに発信機を付けるよう指示した人物のはずなんだが。


 なぜわざわざ自分で発信機を外したんだ? 何らかの理由でもう付けておく必要が無くなったからか?

 1つだけ分かるのはここで考えていても答えがでないということだ。

 霧崎は若干の間を挟んでから壁に寄り掛かり話し始めた。


「俺の名前は霧崎省吾きりさきしょうご。三刀屋奈津、少し話をしないか?」


 どうやらオレのことはもう知っているみたいだ。オレから霧崎に名乗った覚えがないことからそれが分かる。


魔獣狩者イビルキラーとしてお前は何を望む」


「望みか。強いて言うならオレはただ平凡な日常が欲しいだけだな」


 こいつはどこまでオレのことを調べたんだ?

 ただ、初対面の相手に情報を与えるほどオレも馬鹿ではない。

 オレの答えを聞き、霧崎は肩を小さく震わせて笑う。


「平凡な日常ねぇー。その平凡ってやつが何を指してるのかは知らねえが、お前がただ者じゃねーってことぐらい俺にもわかる。どのくらい集めた?」


 息が詰まる空気。それを霧崎という存在が作りだしている。

 どこまでも見透かされたような感覚に背中から変な汗が噴き出してくる。

 すると、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。ゆっくりと1段1段、確かにこちらへと近づいてきている。


魔獣結晶イビルクリスタルをどれだけ集めたかって聞いてんだよ」


「残念ながら1つも持ってない。なんであんたにそれだけ期待されてるのかは知らないが、生憎オレは魔獣に勝てる程の力は持っていないんでな」


 その時、階段の死角からピンク髪の少女が飛び出してきた。そして一直線にオレ目掛けて飛んでくると、オレは避ける暇もなく少女に抱きつかれた。

 柔らかい胸の感触がオレの腕を包み、次の瞬間少女はオレの顔を長い舌で舐めた。


「!?」


 何が起こったか分からず立ち尽くしていると、満足したのかようやく少女がオレの腕から離れた。


「へへっ、君からは嘘の味がした。でも私は嫌いじゃないかな。そういう味も」


 少女から謎の笑みを向けられた。

 おでこを上げ、頭の上で1つ結びにした少女――――南條は意味深なセリフを吐くと、とことこと霧崎の隣まで移動した。


「あなたたちこんなところで何してるの」


「ふっ、白川紅葉か。これで役者も揃ってきたってか」


 河川敷で見た赤と白のコスチュームに身を包んだ白川が現れた。手には緋色の剣が握られている。

 南條が持っている刀とは色も形も違うようだ。


「南條、もう用は済んだ。行くぞ」


「うん」


 霧崎の後を追って南條も階段を下りて行った。

 霧崎は白川とのすれ違いざまに何か囁いたように見えたが、オレのところまでは聞こえてこなかった。


「ばいばーい」


 去っていく途中、南條が階段の陰からひょこっと顔を出すと、ひらひらと手を振ってきた。

 それに何も反応せず見送る。霧崎も南條もいまいち掴みどころがなかった。

 発信機のことについて霧崎はあまり触れなかったが、玉城と霧崎はやはり繋がっている。今度玉城にそれとなく探りを入れてみよう。


 階段の下に目をやると青い顔をした白川が、霧崎と南條が去った方を見つめていた。


―2―


「一体どういうことかしら」


 不満げな表情で白川はそう尋ねてきた。


「どういうことって言われてもな」


 オレは分かりやすく頭をぽりぽりと掻く。

 どういうことかといきなり聞かれても何から話せばいいのか分からない。オレがエスパーなんかの類を使えるのなら白川が何を聞きたいか一発で分かるんだがな。


「まず、あの2人は誰かしら?」


 交友関係が狭い白川も今まで2人を見たことはなかったようだ。


「隣のクラスの霧崎と南條だ」


「で、その隣のクラスの2人がなぜ三刀屋くんと一緒にいたの? こんな誰もいない学校で」


 白川の服装を見るに、白川は魔獣の出現をメールか何かで知り駆け付けたんだろう。

 だが、すでにそこに魔獣は居らず、代わりにオレや霧崎たちがいたと。


「たまたま会ったんだ」


「2人とは面識があったの?」


「いや、今回が初めてだ」


「会うのが初めての相手と魔獣が出現した学校に残って何を話していたのか気になるわね」


 白川は真っ直ぐだ。疑問だと感じたことはストレートに口に出す。

 反対に相手から受け取った言葉も真っ直ぐに受け取ってしまう。それゆえ態度に、行動にそれが出てしまう。本人は恐らく気付いていないだろう。

 霧崎とすれ違いざまに何か言われたあの瞬間から様子がおかしいということに。

 本人は至って平静を装ってるが、言葉にそれが出ている。無意識だろうな。


「三刀屋くんと私は協力関係にあるはずでしょ。霧崎くんのことをなんでもいいから教えてちょうだい」


 ほら、その証拠にさっきから執拗に霧崎のことを知ろうとオレに情報提供を求めている。

 普段の白川らしくない。必死過ぎる。


「オレもほとんど霧崎のことは知らない。ここで魔獣の様子を観察していたら偶然霧崎と会ったんだ」


 オレが校舎の屋上を指差すと白川が振り向いた。そしてすぐにこちらに視線を戻す。どうやら納得してくれたようだ。


「あれほどの力を持ってる三刀屋くんがなぜ魔獣と戦わなかったのかは聞かないでおくわ。あなたのことだからどうせ何か考えがあったんでしょ。話を戻して、霧崎くんは三刀屋くんに何を話していたのかしら?」


「話らしい話はしてない。ただ霧崎はオレに発信機を付けるよう指示した人物で間違いないと思う」


 オレは発信機を霧崎に取られた一連の流れを伝えた。


「そんなことが。そうね。私も犯人は霧崎くんだと思うわ」


 白川が眉間にしわを寄せてオレの考えに同意した。


「それと霧崎はオレが魔獣狩者イビルキラーだと知っていた。他にも色々調べてるだろうな。白川が姿を見せた時も霧崎は何か知っているような雰囲気だった。どこまで知っているのかは分からないが。そういえば霧崎とすれ違った時に何か言われてなかったか?」


 白川の目が分かりやすく左右に動いた。動揺している証拠だ。


「いいえ、何も言われてないわ。三刀屋くんの気のせいじゃないかしら」


 本人が話したくないならこれ以上踏み込むのも野暮だ。

 しかし、これで白川が何かを隠そうとしていることが分かった。霧崎と南條のことはオレの方でも調べていく必要がありそうだ。


 霧崎がオレのブレザーの襟元から発信機を取ろうとしてオレと揉み合っていた時。オレはあえて自分が弱いかのように、力が無いように演じた。

 なぜそんなことをしたのか? それはその直前に階段を10段飛ばしで飛んでみせた霧崎を見たからだ。

 普通の人間ならそんな芸当は不可能に近い。多分無理だろう。

 霧崎のあの軽やかな身のこなしはオレと同じ魔獣狩者イビルキラーで間違いない。


 どの場合でも言えることだが、物事の勝負はどれだけ相手の情報を事前に集められるかという所が大きい。だからこれからぶつかるかもしれない相手に己の全てをさらけ出す必要はない。

 ただ本当に霧崎や南條とぶつかることになったとしたら全力を出さないと勝つことはできなさそうだ。


 校門を出た白川と逆方向にオレは足を踏み出した。

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