身代わりとして、貴女を

 手袋をはめ直し、眉間に皺を寄せて、陰鬱につぶやく。

「レオニスは危険な男です。何を考えているか分からない」

 準備を終えると、アリストラムはラウを促して歩き始めた。

「足元に気をつけてください」

「うん」


 先ほど出した球状の炎が、ゆらゆらと周辺の闇を反射しながら先導してゆく。

 ラウはアリストラムの背を見上げながら、段差のある冷たい岩場をゆっくりと裸足で歩いた。

 折れ曲がった狭隘な裂け目を抜ける。外の光が見えた。

 眼をしばたたかせる。

 陽の光が、なぜか痛いほどまぶしい。

「でも、レオニスとアリスは仲間なんでしょ、同じ聖銀の」

「……」

「違うの……?」

 かぼそい声でさらに問いただす。

 アリストラムは振り返らなかった。黙々とただひたすら進み続けている。

「ねえ、アリス」

 ラウはアリストラムの背に声を掛けた。

 洞窟の出口を前に、アリストラムは立ち止まる。

 その背中にすがりつくようにして、ラウはそっとアリストラムに身体を寄せた。

 声もなく、アリストラムの背に、自分のおでこを、ぎゅ、と押し付ける。

 言葉にはできなくても、こみ上げてくる思いの全てをアリストラムに伝えたい、と思う。


 でも、きっと、もう。

 この言葉は――届かない。


「外に出る前に、聞きたいことがあるの」

「何でしょう」

 アリストラムは動かなかった。

 ラウは、ゆっくりと言葉を絞り出した。

「ゾーイは……アリスのこと、好きって言った?」

 自分で言い出したことなのに、言うだけで、胸の奥につんとくるような痛みが差し込んだ。

 息苦しい。


「いいえ。残念ながら、一度も、言葉にしてはいただけませんでした」

 アリストラムは苦笑いしてかぶりを振る。

「じゃあ、アリスは? ゾーイのことが好きだった?」

 アリストラムは振り返った。

 薄氷のように透き通った微笑みが一瞬、逆光にさえぎられて、黒くかき消される。

「ええ」

 銀色の髪が、外の光にきらめいている。

「誰よりも、愛しています」


 あと一歩、足を踏み出せば、外の世界。

 まぶしすぎて、くらくらと目が眩んで。

 何も見えないぐらいに、光が強くなって。

 呑み込まれそうになる。


 この光の下に、もう、ゾーイは、いないのに。


 アリストラムは、優しくラウを押しやった。

 きびすを返す。

「最初から、貴女がゾーイの妹だと言うことは分かっていました。一目見て、すぐに分かりましたよ。翡翠の瞳。銀青の毛並み。何から何までゾーイに生き写しでしたから。その上で、何も知らぬ貴女を、私は今までずっと騙し続けていた。いつか、貴女もゾーイのようになるかもしれない。もしそうなれば……人に危害を及ぼすかもしれないと」


 アリストラムはまばゆさに目を細めた。


「……いいえ、正直に言いましょう。私は、ゾーイに、もう一度逢いたかった。もう、二度と逢えない……この世にいないゾーイのとして、貴女を、私のものにしたかった。そんな残酷なこと、決してしてはいけないと頭では分かっていたのに、どうしても自分の気持ちを、ゾーイに逢いたいという欲望を抑えることができなかった」


 ラウは、呆然とアリストラムの話を聞いていた。

 頬を濡らすつめたい水は、きっと、ただの、地下水のしずくだ。

 喉の奥からこみ上げる熱いうめきは、きっと、ただの、疲れた笑いだ。


 泣きたいのに。

 怒りたいのに。

 声もあげられない。怒鳴ることもできなかった。

 こんなにも、アリストラムのことが好きなのに。

 思いを――言葉にして伝えることも、できない。


「だから、もう、いつだって、好きなときに私を捨ててくれてかまいません」

 感情の欠けた声が、青空の下へと広がっていった。

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