第17話「発覚」

 母は存命中、もういいからって何度も言うくらい、父親の話をしていた。いつも自慢げに「お前のお父様は、それは立派なお坊様なのよ」、初心な娘みたいに頬まで染めちゃって。そして唯一貰ったという水晶の数珠を見せるのだ。商売の時以外、肌身離さず持っていたそれを。

「坊主のくせに子供を作るなんて、ただの生臭じゃねえか。しかも未だに俺の存在知らずに仏の道とやらを説いてんだろ? 莫迦じゃん」と毒づくと、決まって、「俗人の心に寄り添ってくださる立派な方なのよ」とそれは綺麗に笑って――。


「しかしお前ますます母さんに似てきたな」

 この人も、母さんの話をすると笑顔――というよりにやにや? ――してるな。思いながら、

「そう?」

「今でも覚えてるぞ。夕暮れの洛陽の小路で、蘭芳に似たお前が、この数珠を手に、杏香きょうかちゃんと歩いている姿を見た時のあの驚きといったら」


 ――うわ始まった!


 これはヤバい。早く戻らないと――。

「そんなこともあったっけな。じゃあ俺そろそろ――」

「ここにお前が来た日。ここでお前が数珠をくれた時は本当に嬉しかったぞ。恨まれても、仕方ないと思っていたからな」

「言ったろ、元の持ち主に返しただけだって。じゃあ、そういうことで」

 踵を返そうと一歩下がった珂惟かいだったが、

「私は、お前と母さんの話をしたいと思っているだけなのに、何故逃げる」

「別に逃げてなんか――また変な噂がたったら、困るからだろ。この場に誰か来たら『逢引』とかなんとか、また言われるんだせ。そもそも上座かみざは、行者ぎょうじゃなんかと親しく口をきいたらいけないんだって、何度言えば分かるんだ。それに話って――もう十分しただろ。どうせ結局は同じこと言うんじゃないか。『お前の母さんは綺麗だった』って」

「綺麗だったのは、事実じゃないか。ああ、以前はもっと素直だったのに。私の育て方が悪かったのかなあ、ここに来た日には涙を見せたりして、それはかわいかったのに……」

「わーよせっ、昔の話だろ昔の! そんなガキの頃の話、いつまでも聞かせなくたって」

 珂惟は耳を塞ぎながら喚く。

「何でこの話をそんなに嫌がるんだ。かわいいじゃないか、子供らしくて」

「それ以上言うな! もういい。戻る!」

「忙しい日常の中、親子の絆を確かめようとする親心が何で分からないんだ」

「分かるか! あんた立場分かってる? 上座だぜ? 最高僧だぜ? そんな姿見せられっから、坊主になる気なくすんだよ!」

「お前は私の子だ。時には、上座ではなく親でありたいと思うことの、何が悪い」

 まっすぐに目を向けられ、身を翻しかけた珂惟の足が止まる。普段のほほん、もとい、温厚な姿ばかりを見ているからか、時折見せられるこの真剣さには呑まれてしまう。なんだかんだいって、やっぱりこの人は上座なんだ。だが。

「だから……」

 そんな動揺を気取られないように、何か言おうと口を開きかけた珂惟だったが――。


「誰だ!」


 振り返り、声を張り上げた珂惟の目の先に居たのは――。


琅惺ろうせい……」


 開け放たれた扉に縋るように立つ沙弥しゃみの姿。

 小刻みに震えている彼の表情が、何を見、何を聞いたのかを如実に物語っていた。

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