第6話 舞踏会

 トラサムントは、大貴族ベルサリウス家からの舞踏会への招待を断る事が出来なかった。大きく、広いベルサリウス家の屋敷は、まるで王城と見間違うほどの豪華さで、内装にいったっては、王城以上だった。そんな舞踏会の会場と言うべきホールには、様々な国の重鎮達とその関係者が集まり、ダンスと美酒を楽しんで居る。トラサムントは、一人ホールの壁際に立ち、手にした赤いワインが入ったグラスに少し口を付けた。そして、舞踏会に来ている重鎮達を一人づつ確認する様に眺める。そんなトラサムントの元へ一人の貴族がやって来た。トラサムントが注意深く見ると、その貴族は、この舞踏会を開催した大貴族ギバムント・ベルサリウスであった。

「これはこれは、トラサムント王子様、今回は、ワタクシの主催の舞踏会に参加して頂き、ありがとうございます」

トラサムントの目の前のやって来た大貴族ギバムントは、恭しく頭を下げた。

「ささ、ワタクシと共に……皆さんに挨拶を……」

「いや、結構。この舞踏会の参加者には、すでに挨拶を済ませてしまってね。残るのは、ギバムント殿、そなただけであったのだ」

ギバムントの誘いを拒否して、トラサムントがそう言うと、ギバムントは、ピクリと眉をひそめた。

「そうでありましたか……。これは、気がきかず失礼をしましたかな」

「いやいや、ギバムント殿は、舞踏会の主催者であろう。何かと準備に忙しいのは、承知している」

トラサムントがニコリと微笑むとギバムントは、ばつが悪そうな表情を浮かべた。

「それで、王子……。舞踏会となれば、出会いも必然。この会場で気なる娘でも居ましたでしょうか?」

ギバムントがそう言うと、トラサムントは、さっそく来たかとばかりに気持ちを切り替える。トラサムントは、ギバムントが舞踏会に招待した目的を理解して居た。

舞踏会で何人かのギバムントの息が掛かった貴族の娘との出会いを演出して、トラサムントの妃にと企んでいる事をトラサムントは、解かって居たのだ。

「私は、少々変わった趣向の持ち主でね」

「ほほう。では、どのような娘が好みですかな?」

ギバムントが興味深く聞くとトラサムントは、凛として答えた。

「気が強く。なのに繊細で、王子である自分にも厳しい言葉を浴びせ。剣の腕が私よりも上手く。麗しい女性……まあ、そんな人は、めったに居ませんと思いますが」

トラサムントがそう言って、ニコリと微笑むと、ギバムントもまたニコリと微笑んだ。

「王子、このギバムントを侮ってもらっては、こまりますな。王子の趣向は、把握いたしました」

ギバムントがパンっと一つ手を叩くと、ギバムントの従者ゲリメルに連れられて、一人の麗しい少女がトラサムントの目の前に現れた。少女は、ドレスの端を掴んで一礼をする。

「テオドラと申します」

唐突に目の前に現れた美少女の姿に見とれていたトラサムントは、その一言で我に返った。トラサムントの思惑としては、おそらく無理そうな理想と言って、お茶を濁そうとしたのだが。まさかギバムントが予想して、理想にそった少女を用意して居たとは、思わずに驚きを隠せないで居た。

「王子様、一曲踊りませんか?」

デオドラは、そう言ってトラサムントの右手を取った。そして、ギバムントが手を叩くと、会場の角で曲を演奏していた演奏家達がムードのある曲調へと音楽を変えたのである。



 ホールの中心辺りでトラサムントとデオドラは、お互いの身体を密着させて踊って居た。この舞踏会に出席した者達は、皆そんな彼らを羨望の眼差しで眺めて居る。そんな中……周りには、聞こえない小さな声でデオドラは、トラサムントに語り掛けて来た。

「王子様、私の様な……変わった趣向の持ち主って、本当ですか?」

「君は、ベルサリウス家の親戚かい?」

デオドラの問いをトラサムントは、はぐらかす様に問い返した。

「ええ、ギバムント様とは、遠い親戚筋にあたります」

「大貴族ギバムントは、僕と君を結婚させて、権力の維持を願っているのかな?」

トラサムントは、真意を推し量るように言うと、デオドラは、キュっと唇をかみ締める。

「叔父様の真意は、そうだと思います。でも、私は、叔父様の言いなりになるつもりは、ありません」

「ほほう。君は、君の叔父様……大貴族ギバムントの命令に逆らう事ができると?」

「それは、可能です」

デオドラは、力強いそれで意志の強そうな視線でトラサムントの顔を見据えた。


 そして、数ヶ月後。

トラサムントとデオドラは、婚約する事になる。

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