シーン11
「ヒロシマ」ときいてこの反応をしたのは、紗央梨がカナダに来てから、デーヴが初めてだった。
——この人、『ミアータ』の事をよう知っとる。
意外な所から指摘されるとにわかに嬉しさを感じるもんだ。紗央梨のこころに、ほのかな心地よさが生まれてきた。
「きったかさん」
美紀が隙を与えず唐突に聞いてきた。「知り合い?」
「誰が?」
「きったかさんと“同じ出身”の人」
「今、修理中のクルマじゃって」
「おー、『チャリ吉』くん!」
——だから、『ミアータ』じゃって。
紗央梨は、なかば呆れていたが、美紀の言葉を軽くスルーし、デーヴの言葉に応えた。
「イエス、アイム・ボーン・イン・ザ・セイム・タウン(はい、同じ町で生まれました)」
デーヴは、広島に行ったことがないが、マツダの工場がそこにあって『ミアータ』がそこで作られているのを知っていると、ゆっくりとした英語で淡々としゃべった。となりのカイルは、そのことを知らなかったようで、関心の表情をして聞いていた。紗央梨は、同じ出身県で作られている物が、海外ですごく有名になっている事を少し誇らしげに感じ始めた。
さらにデーヴは、ミアータのどこかに『Hiroshima』と刻印されているのを見たことがあるとつけくわえた。
——これは、しらんかったわ。
「ホワイ・ドゥ・ユー・ノウ アバウト・ミアータ・ソー・ウェル?(なぜ、そんなに知っているのですか?)」
「I used to have it.(ミアータをもっていた。)」
彼は短く呟くように答える。
「アイ・ニューィト(やっぱり)! 」
この人もミアータオーナーじゃったんだ! 他のミアータオーナーに会うんのは、はじめてじゃ。無表情な顔が常のデーヴに対して、気むずかしさを感じていた紗央梨は、ますます彼に親近感を覚えはじめていた。とりあえず、彼女は、どんな色を持っていたのか、デーヴに聞いてみた。
メタリックの明るい青色だとのこと。
「ライトブルー? アイヴ・ネヴァー・シーン・イツ(今まで見たことない)」
と紗央梨は呟いた。実は、バンクーバーでは、紗央梨のと同じ形をしているがより古そうな『ミアータ』をよくみかける。バンクーバーへ来た当初はまったく気にとめていなかったが、実際所有しはじめると、街中では同じクルマがかなり走っているのに気づきはじめたのである。カルガリーでは、その数は急激に少なくなり、一台だけ見かけた。ただ、今までの記憶の中では、『赤』、『黒』、『白』、『シルバー』、『青』であり、『ライトブルー(明るい色)』はなかった。
「Mine was "NB"」
とデーヴは付け加えて、たぶんレアだろうとのことだ。
「エヌビー?」
紗央梨と美紀はそろえて聞き返した。
「Don't you know "NA" and "NB"? (『NA』、『NB』知らないのかい?)」
デーヴは逆に聞き返した。淡々と無表情でしゃべるの彼の口からはじめて驚きの嘆が含まれたものだった。彼からすれば、美紀は知らないはいいとして、ミアータオーナーである紗央梨も知らないことに驚きを隠せずにいたのだった。ついでにカイルも知らないと答えた。
デーヴの話だと、ミアータの世代毎に通称があり、日本で使われているモデル番号から名付けられているとのことだそうだ。主に日本ではそれが主流と聞いている。紗央梨の『ミアータ』は、『NA(エヌエー)』だそうだ。
「へぇー」
美紀がいうと、紗央梨も同調してそのまま復唱した。デーヴもカイルも、それが関心の現れだと言うこと理解している様子だった。
紗央梨は、『ミアータ』のことは、こっちへ来て知ったし、日本ではクルマにはほとんど興味ありませんでした、と簡単な英語で伝えた。デーヴが、先ほどより目をやや開き、言葉を失わせていた。
「Actully, your Miata is so rarer (君のミアータは、もっとレアものだよ)」
デーヴは、『NA』で、深緑の革シート仕様のタイプのを今まで見たことがない、と説明した。紗央梨は、そう言われると今まで街角で出会った『ミアータ』の数々を思いだしてみたが、彼女のと同じ『深緑』のボディカラーのを見たことがなかった。
カイルが、前のオーナーが塗り替えたんじゃないのか?っていう。紗央梨は、前のオーナーが幌以外のほとんどが購入時そのままと言っていたのを思いだし、発言しようとしたが、その前に、あれはOriginal(純正)の色だとデーヴが答えた。ハイウェイでボンネットを開けたときにチェックしていたそうだ。
「ワッツ・ディファレント・ア・ビットウィーン・『NA』アンド『NB』? (『NA』と『NB』とどう違うの?)」
と紗央梨は訊いてみた。だが、すぐにそのことを後悔しはじめることになる。
デーヴは、その言葉を待っていたかのように、淡々と彼女の『ミアータ』と過去に彼がもっていた『ミアータ』の違いを淡々としゃべりはじめたのである。その説明の中には、紗央梨のがいかにレアかも説明も含まれていた。
——やば、さっぱりわからん……。
紗央梨は、デーヴがいかにミアータのマニアであり、どれだけ好きだったかその説明の量ですぐに把握できたが、残念なことに、英語力ほど遠いため、そのほとんどが聞き取れずにいた。また、彼女自身にはあんまり興味ないディープな知識ばかりに思えたので、全然ついて行けなかったのである。彼女は微笑みを作りながら、呆けた感じで眺めていた。また、どこでこの解説が止まるのかを探りをいれてはいるのだが、見つけじまいでいるのでもあった。
——地雷を踏んだというのは、こういうのじゃろうなぁ……。
「ねぇねぇ、きったかさん」
美紀が小さく声をかけてくると、紗央梨は彼女の方へむいた。美紀もなにかしら固い表情の笑顔でいた。紗央梨には、心底笑っていない顔だとすぐにわかった。
「うちも、少しもわからんけぇ……」
紗央梨は美紀に苦笑いを送った。が、美紀は予想外の答えをかえす。
「それはよくわかってるよ。あのおっさん、きったかさんより、そのクルマにめっちゃ詳しいのは十分に伝わるよ。国は違えども、やっぱり男の子なんだねぇ。あんなおっさんになっても……」
美紀は、扇子を仰ぎながら呟いた。悟った感のたっぷりの彼女の発言は、その扇子の揺らぎをより優雅に見せていた。
「そうじゃねぇ。好きな物を語ると止まらんのもようわかるわ。デーヴさん、楽しそうに見えるんじゃけどね。表情があまりないね……」
紗央梨は、彼の強固なポーカーフェイスぶりに感心していた。美紀もそれには賛同していた。
とりあえず、彼の『ミアータ』談義がいつ終わるのか待ち続ける紗央梨であった。
デーヴの話が区切りがついたころ、美紀が挟むように発言をした。
「あのー」
日本語で目の前の警官に語りかけた。
紗央梨は、このつまらない話題に終止符を打ってくれるのか、美紀への期待を高めていた。
「ホワット・カーズ・アー・ユアズ、ナウ?(今のあなた方のクルマは何なの?)」
とデーヴだけではなく、カイルにも訊いてきた。
——美紀! なん、きいとんのよ!?
この美紀の発言に、紗央梨は、背中の毛が逆立つような衝撃を感じていた。焼け石に油を差し込むような質問にしか聞こえなかったのである。その悪い予感とともに、彼らは今保有しているクルマで話を盛り上げつつあった。美紀はそれに対して、相づちをうちながら、「すごーい!」、「クール」とか英語と日本語をもり混ぜながら、リアクションを返していたのである。
——美紀は、ぜったい彼らの話す内容を理解しとらん。が、なんでこんなにもうまいんじゃろ……。
美紀のコミュニケーション力に唖然とされつつ、なぜか盛りあがるその三人を呆然と眺めていた。それぞれの表情を見比べて、溜息をついた。デーヴは相変わらずのポーカーフェイスだが、カイルのほうが、ミアータ談義の時より楽しそうにしゃべっていたのである。美紀をそれに対して、うきうき感を現していた。
——美紀の魂胆もわからないでもない、この若い警官と仲良くなりたいんじゃろうなぁ……。
美紀の心の中にはどんなにときめきが渦巻いているんだろうと、感じつつも、自分自身が二十代前半のころはこんなにときめきがあったのかな? と紗央梨は思い返してみた。また、カイルやデーヴでは、それは起きないなということを確信していた。
ともあれ、話題をきっかけを作った自分であるが、結局着いてこれず、一人だけ取り残された感を感じる紗央梨であった。
数分ほど、その会話を眺めた後、紗央梨は美紀に声をかけた。
「うち、修理工場に戻りたいんじゃけど、いい?」
「えー、もう?」
美紀の返事で彼らの会話は中断した。
「エクスキューズミー。アイ・ハフトゥ・ゴー(すいません、うちもう出ないと)」
紗央梨は、警官らに修理工場のミアータの様子を見ないといけないと説明をした。テーヴも、彼女の車を心配する気持ちに理解を示し、早くみてきたらいいよと促してくれた。
「美紀は、ここにいてもええんよ。うち、一人で見てくるけぇ」
――あんたは、この若い警官と話したいんじゃろ。
と紗央梨は美紀へ配慮したつもりだったが、
「私も行くよ」
と答え、席を立った。
これまた予想外の行動に、紗央梨はおどろいた。いつもなら、このまま男と話す方を選ぶだろうに。
そんな紗央梨の疑問もスルーされ、彼女らは、警官二人と店の主人に「サンキュー」、「ナイストゥシーユー」とかお礼の言葉を交わし、「ハブナイスデー! (良い日を!) バイバイ」と言葉を残して、颯爽と店を去って行った。
店を出ると、
「残っても良かったんだよ。あの若い警官と仲良くなりたかったんじゃないん? まだ、連絡先もきいとらんじゃろう?」
「あ、そうだねー、聞いていない」
と美紀は言ったが、そこには惜しむ気持ちは全く含まれていなかった。
「なんか、めずらしい……」
「きったかさん! 私をどんな女子だと思っているの? 誰にも彼にもがめっつかないわよ!」
「あの彼はイケメンで性格良さそうじゃったけどね」
「うーん、確かにそうだけど……、タイプじゃないよ。それに、次の街へ早く行かないといけないんじゃなかった?」
美紀の言うとおりなのである。もう今晩の宿は、次の目的地レジャイナで手配済みなのであるから、今晩までにはそこには行かないといけない。あまり、この町で時間を食うわけにはいかない。
「そうじゃね。早くここを出発せんと」
無事に蘇ったミアータに期待を込め、二人は先ほどの修理工場へ足取りを進めた。
「ねぇ、美紀。ちなみに、あの若い警官の車はなんじゃったん?」
紗央梨は、とりあえず訊いておこうという感覚で、質問を投げかけてみた。
「知らない」
美紀の返事は、凄くシンプルだった。彼女はあれだけ盛り上げるだけ盛り上げたが、自分に興味がない分野の英語は全く耳に入っていなかったようだ。この点は、全くの紗央梨の予想範囲内だった。紗央梨は、逆に安心感を覚えて、ほほえみがあふれさせていた。
紗央梨たちが『元ガソリンスタンドだった』自動車修理工場へ戻ったとき、待っていたのは『悪い知らせ』だった。
『今日中になおらない』
紗央梨は、オフィスの中でメカニックの男性からの説明を聞いていたが、まずわかったのがこれだった。
原因を知りたいがために、紗央梨は男性の話を食い入るように聞き、分析を行っていたが、彼女にとってこの男性の口調があまりにも早く、半分以上聞き取れいないでいた。紗央梨は、たびたび話を遮断し、聞き取れないところを聞き返していた。男性の方も度々説明を遮られることに不快をしめしもせず、その都度説明をしてくれていたが。それでも、彼女にとってはスピードが速かった。実際は、英語が母国語であるカナディアン同士であれば、問題がないほどの口調ではあるが、英語学習中で日本語が母国語の彼女たちにとっては、聞き取るのにハードルが高い。紗央梨は、めげずに彼との会話をつづけた。
美紀は、紗央梨がメカニックと話をしているときに、ガレージの入り口付近まで入りこんだ。日本でも、こういう工場に入ることはあまりなかったので、こういう修理工場の様子は美紀にとっては、興味津々だった。室内は、四台の乗用車が収納できるほどの広さで、天井までの高さは美紀の身長の三倍弱くらい。三台の門型二柱リフト(ゲートリフト)が設置されており、壁には部品や工具が収納されている金属棚が埋めつくされていた。それぞれのリフトゲートの間には、工具カート、機材、むき出しのエンジンが、無造作に置かれていた。通り抜ける足場はあるが、気を抜いていると、身体の一部がどこかに触れてしまいそうであった。
「汚ねー」
と美紀は呟いた。室内のすべてが、油、金属かすなどで汚れまくっており、『衛生的』とは無縁な状況であった。彼女は、この環境にはいりこむのに抵抗を感じ始めていた。彼女が着ている服が明るめで、油汚れの心配もあったが、カナダに来る前の経歴がほとんど『衛生的には”清潔”であること』を重視する仕事であったことも、もう一つの抵抗の要因であろう。
紗央梨のミアータは容易に見つけられた。事務所入り口に一台セダンが整備されていたが、その向こうに、彼女のミアータは、ゲートリフトによって、美紀の身長の一回り以上高くジャッキアップされていた。美紀は、とある女性がゲートリフトの麓から、ジャッキアップされた紗央梨のミアータを下からしげしげとながめているのに気づいた。
その女性は三十代くらいで、すっぴんでも十分通用しそうな整った顔立ちをもち、日本人からみてもカナダ人からみても間違いなく『美人』の部類に入るだろう。それでも、この女性は丁寧なメイクを施していていた。体格は、美紀よりも三十センチ近く高く長身で、肩幅も広く、胸も腰周りも大きめではあるが、決して太っているわけではない。だぼだぼの服に隠れているが、くびれは存在しているのは、美紀には容易に判別できる。セクシーと言うより機能美あふれるスタイル。明るい栗色の髪が背中の中央まで伸びており、後ろに軽く束ねている。若干、汚れた作業着を着こなしている。美紀は、一瞬、ここの整備士のひとりかと思ったが、違和感によって、それは否定された。
美紀が感じた違和感は、二点だった。
— 作業着に付着している汚れが、油ではなく、泥っぽい感じであった。
— 女性はカウボーイハットを着ていた。
— 彼女足下に、小さい女の子がいる。
4、5歳くらいの女の子で、非常に明るい金髪が肩まで伸びており、夏らしくノースリーブの白いワンピースを着ていた。カウボーイハットの作業着の女性は、女の子の母親であろう。女の子は、彼女の両足にしがみついており、離れないように両肩を母親の手によってホールドされていた。彼女はゆっくりとした優しい口調でクルマのことを娘に語っているように、美紀には見えた。
なぜ修理工場の中に小さい子連れが、紗央梨の『ミアータ(チャリ吉)』くんの元に? 衛生的とは無縁な環境に、幼い女の子が入っていいのかという疑問を美紀は浮かべていたが、女の子の金髪の清廉さと母親にべったりのようすを眺めていると、どんどんほだされていった。
「かわいいなー」
美紀は惜しげもなく声を出して呟いていた。なんで、白人の子どもの金髪ってあんなにきれいでやわらかそうなんだろう……。プラチナゴールドってあれをいうんだよねぇー。目もくりくりして、まつげ長いし……。おかあさんにあんなにべたべたで……。
その様子に、にたにた笑う美紀。
カウボーイハットの女性は、ガレージにもうひとり小さな女の子(美紀)に気づき、彼女と目を合うと、微笑み返した。美紀も、目が合うとにたにた笑顔から、微笑みへと変更していた。
「あーもう! 美紀ぃー」
と紗央梨がぼやきながらオフィスから出てきた。彼女がぼやくのは珍しい。
「橘高さん! めっちゃ可愛い!」
美紀は、紗央梨の呼びかけを遮るように、歓喜の声を上げた。ただ、大幅に省略して。
「はぁ?」
紗央梨は、美紀がいきなり場違いな褒めてきたのに、怪訝な顔で応える。
「みて、あの子! すっごい可愛いよ! みてみて」
と美紀は紗央梨の手を引っ張り、ミアータの方を指さした。だが、その指の寸先に、紗央梨もやや見上げるほどの背の高い女性が立っていた。美紀からすると、ずいぶんと見上げる位置にその女性の顔があった。先ほどのカウボーイハットの子連れの女性である。
「Hi, How're you?」
彼女は満面に笑みを浮かべ、ありきたりの英語教科書に出てくるような例文で紗央梨と美紀に声をかけた。
二人は突然の彼女の出現に、声をこわばらせながら、
「アイム・ファイン。サンキュー……ユー?」
これまた日本の学校教科書にててくる例文通りで、本場の現地では全く使わうことがない返答例の代表文で応えた。
女性は、紗央梨と美紀の言葉へ、軽い感じで「Good!」と答え、微笑みを彼女らに振りまいていた。
カナダへ来てからは、紗央梨は自分より背が高い女性を見かけるのは珍しくもなくなってきた。ただ、今回の女性の出現が予想外であったため、思考を数秒失わされていた。
意識が戻るころ、彼女の足の後ろに、小さな女の子が手を連れられて隠れているのに気づいた。その子は、もじもじしながら、紗央梨と美紀を見上げるように見つめ、「H~i」とゆっくりした口調で手を振っていた。
「ハァーイ」
と、紗央梨と美紀は先ほどまでのこわばりを一気にほぐし、笑顔で幼女の声かけに答えた。
——ぶち可愛い。紗央梨も、美紀が先ほど感じた同じような衝動的な感情がこみ上げてきた。
「めっちゃ可愛い!! 」
だが、声に出すのは美紀であった。女の子の目の高さまでしゃがみ込み、日本語で質問しはじめた。
「お名前は?! いくつ?!」
「それくらい英語で訊きんさい」
と紗央梨はツッコミを入れるが、美紀は無視し、女の子をニコニコしながら見つめる。
母親の女性も、ニコニコしながら、その状況を眺めて、「Keira, Don't be shy. (キーラ、はずかしがらないで。)」と女の子に美紀への応答を優しく促していた。美紀の質問内容を把握しているのかどうか、不明だが。とりあえず、紗央梨は彼女の言葉から、この女の子の名前が『キーラ』とわかった。
キーラは、美紀の瞳をじっと見つめていると、無言のままゆっくりとさらに母親の後ろへと下がっていった。
美紀は、振り返り非常に残念そうな顔つきを紗央梨にみせた。
「女の子が、私を宇宙人みたいな目で見るよー」
「自覚してたんじゃね」
あきれ顔の紗央梨。
「私、そんなに変じゃないよ」
「変じゃない。美紀も十分可愛いよ。でも、英語で語りかけんと」
紗央梨は、美紀を基本的なことで諭す。
カウボーイハットの女性は、大丈夫よ、この子はシャイだからねー、と紗央梨と美紀に伝えながら、しゃがみこみ、キーラを軽々抱きかかえ立ち上がった。女の子は、母親の肩にしがみつき、横目で紗央梨と美紀をじっと見つめていた。
——うちもこの子から「宇宙人」扱いにされているのかもしれん……。紗央梨は、女の子から瞳でそう感じていた。美紀の方は、それにもめげずに愛想を得ようと、女の子に笑顔で手を振ったりと、努力をつづけていた。
紗央梨はすぐに自分自身がオフィスへのドアの前に立ちふさがっていることに気づき、目の前の親子がオフィスに入りたがっているのだと気づいた。
「ソーリー、アイ・ブザー・ユー。ユア・カミング・ジ・オフィス・ライ?(すいません、邪魔していましたね。オフィスに用事があるんですよね? )」
と、脇にそれようとした。
女性は、全然邪魔になっていないわよ、とすぐに紗央梨を制止した。
「I've come here to see you. (あなたに会いに来たのよ)」
紗央梨と美紀は、また思考が停止した。
「ミー? (わたしに?)」
「You! (あなたに)」
カウボーイハットの女性の頬はさらに微笑みで引き上がっていた。
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