第6話 ぼっち特訓


 それから日帰りの狩りを五日ほど繰り返した。


 先輩たちが倒した魔物は五日間のトータルで十一体。新人連れの狩りを多くのパーティーが行っていた上に、近場の魔物の出現率はかなり低く設定されているようで、効率は小夜の狩りの次くらいに悪かった。


 ただ、どこのパーティーも新人に戦闘の雰囲気を味わわせるため、二年目までの課題をこなすための狩りだと割り切っていたようで、魔物の取り合いに発展することもなかった。


 近場にいるのは最弱の魔物ばかりなので<魔石>のドロップはないものの、魔物の個別IDが記載されたカードは確定ドロップ。それを分配して提出することにより、俺たち新人組と二年目のレナさんとアヤトさんは今期の課題をクリアしたことになった。


 今後三ヶ月の生存の権利を得られたわけだ。


 融通が利くというか、意外と甘めなシステム。まあ仕方ない措置ではある。討伐の判定がラストアタックだと連携が一晩で全財産溶かした図の次くらいに歪みかねないもんな。


 また、このシステムの仕様は集団単位で強くなることを許容している。<魔王>一人に対して、<勇者>はいつだって徒党を組んで襲いかかる……ってことだ。愛と勇気と友情パワーが通じるような相手とも思えないが……。


 今日と明日、二日間の休みの後、初めての遠征に出発することになっている。


 もちろん先輩たちの課題をこなしていくために。二年目までは討伐すべき魔物の指定はないが、三年目以降は魔物を指定される。難易度はまさに桁が違うという素敵な鬼畜仕様だ。


 俺たち新人の課題にしたって、先駆者の協力がなければ達成率はたぶん五割を遙かに下回るだろう。何故なら、魔物を倒すために必要な力は魔物を倒さなければ手に入らないからだ。八岐大蛇の討伐条件の次くらいには理不尽だな。


 居住区の外、魔物の生息域で最初に見つけることができる最弱の魔物――それは話に聞くように、体長二メートル超の黒い獣だった。スペックは現実の獣と同程度ながら、明確な敵意を持って襲いかかってくる。エンカウントは常に一体なのが救いだが、それでも近接戦闘を強いられた素の人間が五体満足のまま勝てる相手じゃなかった。


 じゃあ、素でなくなった人間にとってはどうかというなら――。


 一撃。


 おっそろしいことに、先輩方はわずか一撃でライオン級の獣を打倒した。

 圧巻だったのはリーダーである。


「こんなこともできるようになるんだぜ」


 なんてことを言いながら、黒獣の突進を体ひとつで受け止め、一本背負いで地面に叩きつけて倒してしまった。単純な筋力を見ても、もはや人間の域を逸脱している。


 リーダーの人外っぷりはさておき、俺たち新人組の当面の目標ははっきり示された。


 島で最弱の魔物を、つまりは雑魚敵を、倒せるようになることだ。一対一では無理でも構わない。とにかく黒いライオンっぽい獣を倒せるだけの攻撃力を得ること。


 それが俺たち新人組の第一目標――。


 そんなわけで、オフでありながらも登校した。


 狩りは戦っているより魔物がいる場所へ向かう移動時間の方が長い。道中に訓練の時間は取りづらいため、新人はオフを訓練に当てるしかないのだ。予想通りのブラック具合……。


 ま、それは誰かの課題が残っている間だけの話だそうだ。パーティー全員の課題が終われば、基本的には残りの期間を全て訓練に充てるらしい。


 魔物を倒したり、<魔石>を摂取することでも強くなれるが、それで強化されるのはあくまで出力。力を発揮し、十全に扱うためには、地道に鍛え、習熟していくしかないということだった。


 その訓練だが、一人でするようにとのお達しがあった。

 少なくとも一ヶ月ほどの間は。


 ぼっち耐性がない奴だと一ヶ月も持たずに出てきてしまうと思うんだ。


 しかし……混んでるな。どこも考えることは同じか……。


 新人のノルマをクリアした後は、ちょっとした特訓。リンゴゴリララッパの次くらいには鉄板の流れだろう。

 屋内の訓練ルームは満杯。近接戦闘の訓練をする平坦なグラウンドや、遠距離攻撃用の的が設置された射撃場にも多くの<勇者>がいる。<剣虎>のように『まず一人でやれ』というところはあまり多くないようだけど。


 困った。ぼっちになれそうな場所がないぞ……。。


 特訓とは人に見せないものなのだ。少なくとも、ふおおおおっと使えるかどうかわからない力を発揮しようと集中しているところなぞ、夜の一人遊びの次くらいには他人にお見せしたくない。


「諦めるか……でも、購買でこれ買ったしなぁ……」


 訓練用の使い捨て木刀――公式名称はひのきのぼう。


 ハイテク素材製の剣なんかも売ってたけど、やっぱり実在の武器は人気がないらしい。武器がないなら具現化すればいいじゃない、という話なのだ。


 具現化のいいところは架空の武器を創り出せる点にある。それは武器の形をした魔法のようなものであり、できるならそりゃあそっちのが強いに決まってるのだ。


 実存の武器の需要といえばせいぜい訓練くらいで、それなら木刀で事足りる。木刀なら体に当たっても安全だし、ひのきのいい匂いがするのもポイント高いからな。


「えーと……確か規則では……」


 校舎内は専用の部屋以外では訓練禁止。屋外での訓練は原則自由だが、訓練場施設以外に損害を与えた場合、自己負担による現状回復が求められる。校内バトル禁止の意味合いもありそうだな。


 ともあれ、隅っこの方で素振りするくらいならどこでも構わんということだ。熟練<勇者>が素振りなんぞしてもさして強くなれないとは思うが、初心者なら効果は望める。


 お……ここにするか。


 しばらく歩いて見つけたぼっちポジションは校舎の陰だ。あえて濃い影の中で訓練したいと思う人間なんて少ないに決まってる。まあ影の寿命なんてスマホのバッテリーの次くらいには短いから、気分の問題だろうけど……。


「ふぅ……」


 影の中に立ち、ひのきのぼうを構えた。


 まずは自分なりに練習してみろやということなので、俺がまずやろうと思ったのは必殺技的なものの構築ではなく、体捌きの訓練だ。


 一足飛びで十メートルの間合いを無にするような、人間の領域を超えた動き――俺の中にはそのイメージがある。体に残った感覚もある。ならば、それが今の自分にもできると思い込み、再現するのみだ。


「――せあっ!」


 動きのイメージを濃縮し、全身に送り込む。気合いと共に踏み込み、ひのきのぼうを振る。結果はごくごくノーマルな人間の素振りだった。そんなんいきなりできるわけないだろ。


 せっかくだから、記憶上に残っているぶった切るリストの連中を片っ端からイメージして影の中に立たせ、ぶった斬っていく。


 すっきりした。

 けど、すっきりしただけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る