第44話 対峙
「ドラグリヲと同系列のアーマメントビースト!?」
「そんな上等な代物じゃあない、こいつはアタシが昔使っていた学習機能付きの試製強化外骨格だ。 紆余曲折あって泣く泣くここに置いていく羽目になったんだが、まさか丸々オブジェとして再利用しやがるとは思わなかったよ」
物を握るに適した腕部、人のそれと変わらぬ形状をした脚部、そしてバックパックに搭載された日本刀の形状を模した大型高振動ブレードと多少の差異こそあるが、大まかな形状がドラグリヲと酷似した兵器の存在に驚いた雪兎が思わず機体から降りてその偉容を見上げると、首領は自ら名を呼んだ樹木の竜に触れる。
敵地にいることを暫し忘れ、興味のままに行動する生身二人であるが、一人周辺を冷静にサーチしていたカルマはそれを咎めるかのように物怖じせず告げた。
『いいえ首領、残念ですがこれはただの悪趣味なトロフィーではありません。 この舟に潜む輩が我々に差し向けた刺客です。 当該機をスキャンしたところ、中央制御室に配された防衛システムにより制御権が押さえられていることを確認できました』
「……カルマ、お前さんの力で何とかなるかい?」
『どうやら他のシステムとは完全に独立した特殊な構造となっているようです。 私にも迂闊に手出しが出来ません。 残念ながら強行突破しか手立てはないようですね』
「そうか、電子世界の住人であるお前がそう言うのなら間違いないんだろうさ」
カルマの残酷な宣告に対し、何気なしに勝ち気に返す首領。 しかし、かつての愛機を破壊せざるを得ないことが流石に忍びないのか、俯いていた首領の表情が僅かに曇る。
「大丈夫ですよ首領、例えコイツに首領の戦闘データが残っていたとしてもこちらは二人です。 負ける方が難しいはずです」
そんな首領を気遣って、雪兎は無理して笑って見せながら気楽に発言するも、首領は雪兎の頭を軽く小突きながらその楽観的観測を完全否定した。
「やっぱりアンタは脳天気で馬鹿なお人好しだよ雪兎。 奴らが戦力の分断を考えないほど愚か者のはずがないじゃないか」
相手は犬畜生にも劣る外道ではあるが決して無能ではないと、首領は部屋の天井隅にこれ見よがしに吊り下げてあったカメラとスピーカーを睨みながら言い切る。 すると首領の言葉を証明するかの如く空襲警報を思わせる不気味なアラームが船内全域に鳴り響き、合成音声による無慈悲な通告が二人の頭の上から降りてきた。
『下等人種の立ち入り禁止エリアへの侵入を検知、報復措置として家畜放牧次元の指定座標に量産型神話級害獣の転移を開始します。 目標座標は5大陸全土、侵攻最終地点は太平洋上の下等人種居住区』
「神話級の量産だと!? そんな馬鹿げたことが出来るはずが無い!」
「ああ、まともな常識がある連中ならそんな回りくどい自殺なんざしないだろうが、今アタシらを待ち受けている連中にそんなまともな感性は無いとアタシはハッキリ言ってやれる。 そしてこんな狂ったことを平然と敢行すると断言できる」
ここの連中の酷薄さはよく知っているからなと、己の燃えるような赤毛を縛り直しながら呟く首領。 彼女は焦燥のあまりに目を見開いて滝のような冷や汗を流す雪兎の肩に腕を回すと、屈託も無く歯を見せつけて笑った。
「そう弱気になるなよ、アタシが命を賭けて奴等の転移は阻止してやる。 その代わりアンタも命を賭けて羅刹号を仕留めるんだ。 アタシとコイツが戦っても、ただ千日手になるだけだからね」
「僕が……首領の半身を……?」
信じられない命令だとばかりに目を見開きおずおずと問い返す雪兎に対して、首領は何の躊躇いも無く力強く頷いて見せる。
「ああそうだ、あのクソジジイが仕掛けた蠱毒をここまで生き抜いてきた今のアンタなら必ず勝てる」
「そんなこと言われたって首領! 僕は乱取りで貴女から一回も一本取ったことないんですよ!?」
どれほど訓練に鍛錬を重ねても、手も足も出ず負かされ続けたことを克明に思い起こしながら雪兎は叫んだ。 無理だ、自分には到底勝てないと首領を振り払い、大きく首を振って何とか考え直してくれと。
すると首領は子供の駄々に呆れた親のように苦笑して見せると、懐から赤い液体に満たされた小さなアンプルを抜き出し、雪兎の固く握りしめられていた手の中に無理矢理ねじ込んだ。
「こ……これは……?」
「餞別だ。 あの若年寄気取りのエセ神父から力の断片を受け継いだのなら、これの使い方もなんとなく分かるだろう」
冷たい容器に収容されているにも関わらず絶えず熱を発し、鼓動を打つ物体を不審に思い咄嗟に手放そうとするも、首領がアルフレドの力の存在の件に触れたことによって、雪兎は何となく己の手の中に握らされたものが何であるのかを察する。
「過去の出来事に固執せず自分を信じろ。 自分が命を賭けて積み上げてきたものを信じろ。 最後に自分を信じてやれるのは自分自身以外いないのだからね」
握らされたアンプルを両手で包むように持ち替えた雪兎の瞳を覗き込みながら、首領は雪兎に言い聞かせる。 そうして雪兎が完全に落ち着いたことを自らの目で確認すると、首領はそのまま踵を返し、一度も振り返ることなく走り去っていった。
昏々と眠り続ける敵の前に放置され、限りない不安が胸の底から溢れ出てくるのを雪兎は自覚する。 だが雪兎は何一つ不平を呟くことなく、ただ黙ってアンプルの先端に付いていた針を首筋に突き立てると、焼けるように熱い獣血を己の体内に受け入れた。
「この感覚、やはり貴女もそうだったのですね……」
身体中に張り巡らされた血管の中を紫紺の装甲魚の幻影が自在に泳ぎ回る様を幻視すると共に、圧倒的な力と経験、そして記憶の欠片が自分の脳裏に流れ込んでくるのを自覚し、雪兎は首領が己と同類であったことを悟る。 もっとも今は感傷に浸っている暇などないと我に返るが早いが、雪兎は急いでその身をドラグリヲのコックピットへと飛び込ませた。
『羅刹号の起動を確認、どうやらワザワザお別れを言い終わるのを待っていたようですね』
「不意を突く価値すらないと見られたのか、その舐め腐った姿勢が仇にならないといいなクズ共」
ドラグリヲが再起動シークエンスを終えると共に、ちょうど起き上がった羅刹号の姿を視界に入れながら雪兎は呟く。 しかしその棘のある言葉の矛先は羅刹号では無く、その背後のシェルターの中から感じる限りなく忌まわしい気配の主達にあった。
「今まで何をしでかしてきたかなんて知ろうとも思わないが、報いはきっちり受けて貰おうか」
汚臭を直に嗅がされていると誤認するほどに邪悪かつ醜悪な気配を察し、雪兎は野性的本能から理解する。
コイツらだけは何を賭してでも滅ぼさなければならないと。
雪兎の確固たる意思がドラグリヲに膨大なエネルギーを供給し、羅刹号を稼働させる顔も知らぬ某かへ絶対的な敵対宣言を叩き付ける。
それを合図として互いに睨み合い、唸りを上げ始める鋼鉄の竜と樹木の竜。
それらはほぼ同じタイミングで轟音の波動を顎門の奥から解き放つと、固い地面に爪の痕跡を深々と刻み、互いに身を跳ね上げた。
種の生存の為と、単なる遊びの為。
互いが永劫交わらぬ現世の未来を賭けて、二匹の異形の殺し合いが始まった。
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