第十六話 二人の最強と、銀行強盗
――アデル視点――
ふむ、《恋》か。
我ら魔族は、絶対強者主義だ。
己が強者である証を立てて命令されれば、雌はそれに従う。
伴侶となれば従うし、交尾をさせろと言われれば従うのだ。嫌ならその者より強くなって倒すしかない。
書物で人間は恋愛をすると聞いていた。だが、このように目の当たりにするのは初めてだ。
今私は、アタルさんとユカリさんの後ろを歩いている形になっている。
二人は手を繋ぎ、楽しそうな笑みを浮かべている。
ふふっ、幸せそうだ。
(恋か……。もし私に人間の気持ちがあるのであれば、是非してみたいものだ)
私達のような人間に近い容姿をしている魔族は、食事の趣向も人間に近い。
もしかしたら、魔族の風習に潰されているだけでわからなかったが、人間に近い容姿を持つ私なら、恋も出来るのではないだろうか?
そんな淡い期待を秘めている。
確かアタルさんが選んでくれた本の中に、恋愛の物語があったな。
ニホンゴを覚えたら、是非読んでみよう。
さて、私達は今銀行という場所に向かっている。
理由は、最初に訪れた質屋で換金をした際、持ちきれなかった金額が振り込まれているかの確認をするとの事だ。
しかしすごい仕組みだな、銀行。
金を機関に預け、そして手数料を貰う代わりに金を管理。そして全国に設置されているカラクリでいつでも金を引き出せるのだそうだ。
本当に、魔術がないのにこんな事が出来るとは……。
いや、ないからこそここまで発展したのであろう。
もうニホンというのはどれだけ私を驚かせれば気が済むのだろう。
魅了されっぱなしだし、出来るなら住みたいとも思ってしまっている。
まぁ、王である時点で無理なのだが。
……一ヶ月後は何とか頑張って、三日ほど滞在したいものだ。
銀行に到着した私達は、えーてぃーえむというカラクリを操作する為に並んでいた。
なるほど、すごいな。
何をしているかさっぱりわからないが、しっかり紙幣を引き出せている。
本当に便利だなぁ、ニホンとは。
「あっ、そろそろ僕達の番だね」
よし、アタルさんが操作しているところを見てやる!
私の好奇心はさっきからくすぐられっぱなしなのだ!
「あはは、アデルさんってば、すっごい目が輝いてる」
ユカリさんに笑われてしまった。
「そりゃそうですよ! こんな凄い文明は、《リューンハルト》には存在しません。もう私は日本に来てから感動させられています!」
「そっか。アタシ達からすれば当たり前のものになってるからねぇ。逆にアデルさんがここまで驚くのが新鮮よ?」
「いやいや、これらを当たり前と言えるのが凄いのです。それだけこの国は豊かで素晴らしいっていう事です」
「そうなの、あっくん?」
「そうだね。向こうは貧富の差が大きいし、僕らがやっている事が実は貴族階級の特権でしたってのはあったね。お洒落なんて普通の国民じゃする余裕がなくて、皆麻で出来た服を着ているだけだよ」
「うえっ、アタシそんな世界嫌だな」
ユカリさんに《リューンハルト》を否定されてしまった。
まぁ確かに彼女はかなりお洒落が好きなようだ。
実際私でも美しいと思う。
彼女には麻の服なんて着てほしくないと思う程だ。
「おっ、次は僕らの番だよ」
アタルさんがそう言った瞬間、突然複数の悲鳴が響き渡った。
何事かと振り返ってみたら、変なものを被った人間が六人立っていた。
「さぁてめぇら、死にたくなかったら金を出せ!」
六人が手に持っている黒い筒のような物を他の人間に向けると、小さく悲鳴を上げて座り込んでしまう。
なるほど、あれは武器なのだろう。
倒してしまおうかと思ったが、頭の中に声が響いた。
『アデルさん、聞こえる?』
アタルさんが使える《念話》である。
『聞こえますよ、どうしました?』
『今は戦闘を避けて』
『……理由を伺っても?』
『とりあえず一旦状況が落ち着いたら説明するから、捕まった振りをしよう』
アタルさんの提案を聞き入れて、私達は一ヶ所に集められた。
五人に黒い筒を突きつけられた状態で包囲されている。
そして最後の一人が店員と思われる雌に筒をちらつかせ、金を要求していた。
盗賊のようなものか。
少し前にあの筒の事をアタルさんから念話で教えてもらった。
あれは《銃》という武器で、中に仕込んである火薬を爆発させ、先が尖った鉛弾を発射する。
しかも弓矢の数倍の速さで飛ばせるらしく、私達なら避けられるだろうが、他の人間はまず無理なんだとか。
さらには銃は連射可能で、恐らく十三連発は可能ではないかとの事。
つまり、私達が無力化しようと行動した瞬間、別の盗賊が銃を使ったら、他の人間が殺されてしまう可能性があった。
アタルさんはそれを避ける為にわざと捕まったのだった。
(しかしそんな武器があるのか……。ちょっと分解して解析してみたいなぁ)
私とアタルさんには大した驚異になる武器ではないから、まぁ冷静だ。
だがアタルさんには少し足枷がある。
ユカリさんの存在だ。
彼女の存在が、アタルさんの行動に制限をかけてしまっている。
現在彼女は怯えてしまっていて、彼の腕をぎゅっと抱き締めて怯えている。
……アタルさんは、彼女の胸の感触を楽しんでいるのだろう、鼻の下が伸びている。
私は小声でアタルさんに話しかけた。
「アタルさん、情けない顔になってますよ?」
音声変換の魔術を解除して、リューンハルト語で話しかけた。
「だって、おっぱいだよ!? 思春期絶賛まっしぐらな僕にとって、夢のような存在なんだから!」
アタルさんもリューンハルト語だから、誰に聞かれても問題ないと思ったのであろう。私にはっちゃけた。
……そんなにいいんだ。
「何かこう、男にはない柔らかさでふにふにで……。今腕が幸せなんだぁ」
「あんまり驚異に感じてないでしょ、この状況」
「それはアデルさんもでしょ? まぁでも、銃が厄介だねぇ。どうやって他の人を傷付けないで制圧するか」
「私が魔術を行使しても良いのですが、使ったら七日程滞在期間が延びますね」
今私が保有している魔力は、向こうへ帰る分しか残っていない。
攻撃魔術を行使したとしたら、間違いなく今日は帰れない。
「そりゃ不味いな。やめておこう」
「ですねぇ。さて、どうするか」
すると、とある男が私達に話しかけてきた。
「君達、随分落ち着いているが策はあるのか?」
――警視庁捜査二課警部、佐々木 達哉(三十歳独身)視点――
くそっ、なんて日だ。
今日は非番だから、渋谷で遊んでいた。
そして金が足りなくなったから、銀行に脚を運んだ直後の強盗と来た。
全く以てツイていない。
今俺達は強盗達に一ヶ所に固められた。
生憎強盗達はカウンター向こうにあるであろう、金の存在に気を取られていて、あまり俺達を監視できていないのが幸いだ。
さぁて、どう動こう。
あいつらが持っている銃は《トカレフ》だな。
最近ヤクザ達が中国産トカレフを東京都一帯にばらまいているという情報が流れていたが、まさか強盗達に流れたか?
このトカレフ、簡易的構造になっている為、安全装置がない。
つまりは引き金を引けばズドン、な訳だ。
よく素人に使える「安全装置外れてないぞ」という手段は、通用しない。
俺がどうしようかと周囲を見渡すと、隣にいたとある男二人が目に入った。
何だろう、圧倒的存在感というか……。
とあるヤクザの親分よりかも相当凄い、修羅場を潜り抜けてきた雰囲気がする。
まぁあくまで俺の勘だが。
しかも、恐怖に怯えずに何か話していた。
金髪の男は相当美形だな。……女にも見えるな、どっちだ?
まぁ男としておこう、彼は若干飽きれ顔だ。
会話は外国語なので全くわからない。
そしてもう一人の男は、優男というイメージなんだが、何故か鼻の下が伸びている。
あっ、腕にしがみついている女の子の胸が、思いっきり腕に当たっているな。
その感触を楽しんでいるのか。
……この状況で!?
何なんだ、この二人!?
あまり危険に思っていないように感じる。
まさか、同業者か?
随分と若いがその可能性は高い。あの外国人もきっと何かしらの機関に所属しているだろう。
強盗どもはありがたい事にカウンター方向を向いている。
接触するなら今だな!
「君達、随分落ち着いているが策はあるのか?」
俺が意を決して小声で話しかけた。すると金髪の男は訝しげに答えた。
「失礼ですが、貴方は?」
随分と流暢な日本語だ。
……何故か口の動きが合っていないが。
ええい、この際はどうでもいい!
「俺は警察だ。非番中に強盗に遭遇しちまってな、申し訳ないが手帳はない」
「ケイサツ? えっと、まぁお疲れ様です」
金髪の男は警察に対して反応が悪かった。
まさか同業者じゃないのか?
それにしても、この落ち着き様は異常なんだが……。
「君達、もしかして警察に所属しているか?」
「いえ、僕は高校生……でした。彼は観光客です。一般人ですよ」
嘘つけ!
一般人ならこんな余裕な表情が出来る訳ないだろ!
「ねぇあっくん、どうにか出来ないの?」
「いや、出来るんだけどさ。今はちょっと難しい」
出来るんか!
やはり彼らは一般人じゃない。
すると、黒髪の優男と金髪の男はじっと俺を見つめる。
「ねぇ刑事さん、今からちょっとした事をするから、口には出さないで頭の中で答えてね」
「は? 何を言うんだ」
「いいからいいから」
優男は目を少し閉じ、そして開いた。
『僕の声が聞こえる?』
頭の中に優男の声が聞こえて、体がびくっとした。
どうやら優男の彼女らしき女性もびくっとしたようだ。
『今僕は《念話》を使って話している。聞こえているのは僕と刑事さんと由加理ちゃんとアデルさん……あぁ、金髪の男と女の子の方だけだよ』
何だこれは!
非常識にも程がある!
何が起きているかさっぱりわからない。
『うん、その反応は正しいよおっぱい最高!』
なるほど、これは俺が考えている事も《念話》という奴になって聞こえてしまう訳か。
だが優男よ、おっぱいって……。
『いやだって、由加理ちゃんの柔らかいおっぱいが当たってて最高なんだもん……やべ、言っちゃった』
煩悩も念話になるのか、不憫だな。
『……あっくんのエッチ』
由加理という少女は腕は離さないものの、胸を押し当てないように体を離した。
あっくんという優男は至極残念そうな顔をする。
緊張感が全くないな、この三人。
『とりあえず、だ。君達はこの状況を打開できるのか?』
『うん、僕とアデルさんなら余裕かな?』
『ええ、全く問題ないですね』
『さすが、魔王と勇者だね……。アタシもあれを見ちゃったら大丈夫そうに思えるよ』
どういう事だ。
魔王と勇者?
よくわからんが、この念話も相当特殊だ。
『しかし、銃を何とかしないとどうしようもないだろう?』
『あんなおもちゃは驚異じゃないよ』
銃をおもちゃって……。
『僕が問題視しているのは、他の人達。僕ら対処している最中に他の強盗が発砲でもしたら、お客さんに被害が出ちゃうんだ』
『それ故に、私達は今動けない状態なのです』
『なるほど、しかし、どうする?』
『ん~。作戦とか難しい事は、アデルさんにパス!』
アデルという金髪の男に投げやがった、この男!!
『どうせ私に振られると思っていましたよ……。作戦とかではないです、単純に少しでも銃口を一点に引き受けて欲しいのです』
『えっ、それだけでいいのか?』
『はい、一秒程でいいです』
一秒か……。
その程度でいいのなら、俺が引き受けてもいいな。
一瞬、この二人の内の誰かがやればいいのではと思ったが、そうしたら人質である誰かが犠牲になってしまう。
きっとこの二人が同時に動けば、打開出来るのだろう。
『まさしく、刑事さんが思っている通りだよ!』
『では刑事さんとやら、お願いしてもよろしいですかな?』
俺もヤクザの抗争等修羅場を多少なりとも潜ってきている。
刑事の底力ってヤツを見せてやろうじゃないか。
『任せておけ』
こうして俺は、あっくんとアデルという協力者を得て、強盗どもを捕まえる為に行動を開始した。
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