2/4 町

「お姉ちゃんたち、お城になんの用なの?」

「お城で武闘会を繰り広げるのよ」

「ぶとうかい?」

「お城の皆さんと一緒に舞い踊るんですよ。お祭りみたいなものです。見た目通り、姉御はお祭り好きなので」

「わぁ、楽しそうだね。私も行きたいなぁ」


 赤ずきんの声音は明るくて期待を帯びていたけれど、思い描いているものがきっと違うはずだ。


「だけど、あなたはお家に帰らなくちゃ、ね?」

「うん、あんまり遅くなるとお母さん心配しちゃうから」

「赤ずきんちゃんは良い子ね」


 宵闇深まる頃、僕たちは目を覚ました赤ずきんの案内で城下町へまもなく到着する。

 彼女は僕たちと戦ったことを覚えておらず、ヴィランやオオカミのことを尋ねても分からないようだった。カオステラーにつながる手がかりを得られなかったのは残念だったものの、何も覚えていないのなら、それはそれで良かったような気がする。


 そして、お城の形がはっきりと見えてきて、僕には気になることがあった。


「どう見ても、あのお城って僕の故郷のお城と同じだ。城下町も同じだし……」


 後ろに見える山並みなどは違うものの、お城と城下町だけに限れば、僕の生まれ育ったシンデレラの想区のものと瓜二つだった。


「やっぱり同じだよな。俺も見覚えがあるなって思ってたんだ」

「ここはシンデレラの想区なのかな?」


 赤ずきんがいたし、森の中を歩いていた時は僕たちが今いるのは赤ずきんの想区かもしれないと思っていたが、赤ずきんの想区にシンデレラの想区のお城があるなんて変な気がする。


「もしそうだとしたら、お嬢はシンデレラか?」

「違うんじゃないでしょうか。別にシンデレラの役割を与えられた人がいて、王子に見初められてお姫様となる。そして、元からお城にいたお姫様である姉御は邪魔になって追い出された、とかの方がまだそれっぽいです。でも、腑に落ちません」


 前を歩くレイナと赤ずきんのところにいたはずのシェインが気付けば話に加わってきていた。


「僕たちの記憶している話と違うよね」

「えぇ……それなんです」


 レイナの生まれ育った想区はカオステラーによって滅ぼされたと聴いていたはずだ。けれど、僕たちを引き連れている今のレイナはあのお城が自分のものだと主張している。悪い『魔法使い』に襲われて奪われたのだと。


「そもそも悪い『魔法使い』って一体誰なんだろう?」

「俺たちも何か知っていた気がするが……」

「思い出せないんですよね。姉御も詳しく話してくれないですし」


 レイナは、悪い『魔法使い』について尋ねると、「うまく説明できないの」や「ごめんなさい」と返事するのみで、ほとんど教えてくれなかった。教えたくないのか、それとも僕たちと同じように記憶があいまいなのか。


「お城に行ってみれば、何か分かるのかな」

「だと、いいがな」


 正直なところ、レイナのお城を取り戻すという言葉も僕たち三人には全く理解できていなかったが、他に目指すべき場所も特にないため、僕たちがお城について忘れてしまっている可能性もあるし、今のところはレイナの言葉に従おうということになっていた。


「ほら、三人とも町に着いたわよ~って、何をひそひそ話してるの? まさか私の悪口じゃないでしょうねぇ?」

「ぬ、濡れ衣だよ」

「ですです。ご安心ください。誰も姉御のことをポンコツだなんて言ってませんから」

「ぬぅ……何よ、もうっ! あと少しでお城なんだから、早く来なさい。もう夜になっちゃったのよ~!」


 レイナが僕たちを呼んでいる。威勢の良い声をあげているあたり、これからお城を取り戻す意気込みだけは十分なようだ。緊張感には欠けている気がするけれど。


「それじゃあ、私の分までみんなで楽しんできてね」

「うん、ありがとう。赤ずきんちゃん」


 ちょっと前には命を削り合って戦っていた相手とは思えない別れ方だった。赤ずきんにとっては森で倒れていたのを助けられたということになっているのだから、当たり前といえば当たり前ではある。


 城下町の様子は至って平穏で、家々には明かりが灯り、大人や子供の姿がちらほら見える。ヴィランの姿も見える。


「って、ヴィランが町になじんでるっ!?」

「どういうことなの?」


 まばらではあるが、町の中をヴィランが歩いているのに、人々はまるで見えていないかのように平然としている。ここで戦うのは避けた方が良いというシェインの意見に賛成し、お城へと急ぐことにした。


「そこのあなたたち、怪しいわねぇ!!」


 お城への道の途中、突然、少女が僕たちのことを呼び止めて人差し指でさしてきた。腰まで伸びる長い金髪にきらりと好奇心光るサファイアの瞳。頭の上では黒いリボンがウサギの耳のように揺れ、青い服を着込んでいる。

 レイナが少女へと迷ったそぶりもなく駆け寄っていく。


「あなたはアリス? アリスよね。どうしてここに?」

「な、何、なんなのよ、あなたっ! 私の名前をどうして知ってるの? いえ、答えなくていいわ。あなたたちがオオカミたちの話してた姫様に反旗を翻す反逆者なのよね? 問答無用で逮捕するわっ!」


 青い服の少女アリスは僕たちをにらみつけた。黒ずきんを倒した時に逃げ出したオオカミが僕たちのことを伝えていたということなのか。

 行く手をトランプ兵やヴィランたちに阻まれてしまう。


「これはやばいですね」

「いつでも戦えるようにしておくぞ」

「う、うん」


 僕たちは『空白の書』と『導きの栞』を取り出した。


「アリス、話を聞いて。私はレイナ、この王国の本当の姫は私なの。反逆者は今お城にいる奴らよ」

「何を言ってるの? あなたは私たちの姫様じゃないわ。だって、姫様の髪は青くて長くて麗しいんだもの」


 アリスの言葉を聞き、レイナはハッとした表情となり、やがてこぶしを強く握りしめた。


「アイツに奪われたのね。あなたのことも……絶対に取り戻すわ」

「な、何よ。アイツって、取り戻すって何?」


 アリスがレイナの静かな怒りをたたえた決意にたじろいでいるのが分かった。


「そこをどいて、アリス」

「できない相談ね。トランプ兵、反逆者たちを捕まえてっ!」

「戦うしかないのね」


 レイナがヒーローの姿へ変身したのをきっかけに、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 アリスの命令でトランプ兵たちが僕たちを取り囲んだ。けれど、トランプ兵なんて僕たちの敵じゃなかった。次々に蹴散らしていく。


「倒しても倒しても現れますね」

「きりがねぇな。城へ向かうぞ」


 タオの言葉に皆がうなずき、城への道を切り開く。

 しかし、立ち塞がる者がいた。


「あなたたち、なかなか強いのね」


 アリスだった。


「ねぇアリス、通してちょうだい。できれば、あなたとは戦いたくないの」

「私は『絢爛たる姫様のための親衛隊』で隊長をしているのよ? この世にあまねく輝かしいもの、美しいもの、可憐なもの、つまりは私たちの姫様のご威光を守るのが私の役目……あなたたちを通すわけにはいかないわっ!!」

「どうしても通してはもらえないのね。えぇ、それなら、無理やりにでも通らせてもらうわ」


 レイナとアリスの応酬はやはり決裂に終わった。

 アリスは懐から手のひらに収まるサイズの分厚い本を出す。

 

「私を……いえ、私たちを倒せるものなら倒してみなさい。出でよ、『魔法の鏡』っ!」


 何かの攻撃かと身構えていた僕たちの予想に反し、本からは鏡が出てきた。レイナの『箱庭の王国』と同じように。


「な、なんであなたがそれを……?」

「さぁ、なんででしょうねぇ」


 レイナの問いにアリスは微笑みを返すと、自らの姿を映す鏡へと手を当てた。そして、そのまま鏡の中へと手を突っ込むと、


「私の分身よ、現れなさいっ!」


 中から、赤い服のアリスが出てきて、さらに青い水着のアリスまで出てきた。


「ど、どういうことなの?」

「ふふっ……驚いたかしら?」


 勝ち誇ったように青い服のアリスは笑みを浮かべた。


「アリスが三人なんて……しかも一人は水着じゃないのっ!?」

「うっ……なんで水着なのよぉ。レディとして恥ずかしいでしょっ!」

「仕方ないでしょっ! 海で泳いでたところを急に赤い私が引っ張ってきたんだからっ!」

「だけどねっ、三人そろった方が絶対にいいと思ったの!」

「でもでも、急に呼ばれて戦えって言われてもねぇ」

「それは、青い服の私が呼ぶんだもん。私のせいじゃないわよっ!」

「だってだって、戦いは待ってくれないじゃない。どうしようもないじゃない!」

「そんな風に言われてもなぁ……私、もっと泳ぎたかったのに~……」


 レイナが余計なことを指摘したせいか、三人のアリス(青アリス、赤アリス、水着アリス)は内輪もめを始めた。いつまで続くのだろうと思っていると、シェインが何か閃いたようで、僕たちへと耳打ちをした。


 抜き足、差し足、忍び足。もういっちょ、抜き足、差し足、忍び――


「「「って、こらーっ、私たちを無視して、お城へ向かうなーっ! レディを無視するなんて、マナー違反よっ!!!」」」


 三人のアリスの声は綺麗に重なっている。

 もめているアリスたちの横をすり抜けていく作戦だったのだが、あとちょっとのところで気付かれてしまった。


「ダメでしたか。戦いは避けられないようですね」


 僕たちはすぐさま『空白の書』へ『導きの栞』を挟んだ。


 青アリスは僕と同じく剣を抜き、赤アリスはシェインと同じく弓をつがえ、水着アリスはタオと同じく槍と盾を構えた。

 ヒーラーのレイナがいる分だけ、こちらが有利――というわけではなく、アリスたちの側には雑魚とはいえどトランプ兵やヴィランもいた。


「アリス、私があなたたちの手下をみんな倒してみせるわ。だから、あなたたちはレイナ・ファミリーの三人を倒してみせなさい。あなたたちごときが倒せるものならねっ!!」


 またレイナ・ファミリーという言葉を使ったことを抜きにしても、レイナはとんでもない提案、いや、挑発をした。


「えぇ、えぇ、別にいいわよ。丁度、武器は同じみたいだし。どちらが早く倒せるかってわけね。面白いじゃないっ! レディを甘く見たら痛い目に遭うんだからっ!」


 なぜか僕は相手のリーダーっぽい青アリスと戦うことになった。別に好き勝手しても勝てば良さそうだけど、青アリスは僕と戦う気満々のようで、ものすごい形相で見つめられている。僕が挑発したわけじゃないのに。


「「さぁ、勝負よっ!」」


 レイナと青アリスの掛け声で戦いは一斉に始まった。

 互いの剣がぶつからない距離にまで近づき、僕は青アリスと見つめ合う。

 早く勝てれば、その分だけ他のところへも援護にいけるようだし、すぐに勝負をつけたいところだ。しかし、逆に言えば、僕が負けるとかなりこちらが不利になる。

 じっと相手の出方を待つ。うかつにこちらから斬り込むのは危険だ。


「ほらほら、かかって来なさいよ。えーっと、あの女の子、レイラって言ったかな? あんなにも威勢がいいんだから、あなた、さぞかし頼りになる従者さんなんでしょ?」

「いや、だから、従者じゃないよ」

「えーっ、何々? まさか……恋人、なの?」

「そ、そんなはずな――」


 青アリスが僕の剣を薙ぎ払って、懐へ飛び込んでくる。


 まずいっ。


 僕は考えるよりも早く、後ろへと飛び跳ね、剣を振り上げる。ガキンッ、と剣がぶつかる音。ぎりぎりのところでアリスの剣を受け止められた。


「よく今のを……えいっ」


 アリスは再び斬りかかってきた。僕はすかさず受け止めた――けれど勢いは増すばかりで次々と斬り込んできて、受け止めるたびに後ろへと押されていってしまう。

 一撃ごとに剣を通じて感じ取れる気迫は大きく、そして重くなっていく。


 このままでは負ける。なんとかしないと――――


 僕の目が捉えたのは、アリスの口元がわずかに笑みを結ぶ瞬間。

 疑問は瞬時に恐怖となる。振り下ろされるばかりだった斬撃は急に動きを変え、真っすぐに僕の胸をめがけて突き込まれる。

 迷いはなかった。

 回るように左へ飛び跳ねながら、アリスめがけて剣を振り払った。と思ったのだが、なぜか気付けば剣を上に弾かれていた。

 僕の動きが察知されていたのだろう。

 隙を見逃してくれるはずもなく、アリスの剣が僕の胸を左肩から斜めに斬りつける。

 痛みが熱となって身体を走った。

 こんな形で負けるわけにはいかない。

 アリスめがけて剣を振り下ろす。

 しかし、剣を思うように動かせず、後ろへ下がって避けられて――アリスは僕の右腕へと剣を突き刺した。あまりの痛みに、僕は剣を落としてしまう。


「あきらめて、降参したら?」


 アリスは静かに微笑んでいる。余裕の笑みというヤツだろう。が、一瞬で笑みは苦悶の表情へと変わる。

 背後を振り返るアリス。背中には幾本かの弓が刺さっている。


「あら? 眠くなって……来ちゃっ――」


 ドサリ、とアリスは倒れた。

 何が起こったのかと周りを見渡すと、他のアリスも倒れていた。


「すぐ回復するわ」


 レイナが回復魔法で僕の傷を治してくれた。

 戦いは終わったようだ。


「何が? どうしてアリスは?」

「これですよ」


 シェインが近づいてきて弓矢を示す。


「矢の先端に即効性の毒を塗ってあったんです。だから、アリスさんたちは意識を失ったんですよ。ちなみに解毒が遅れなければ、滅多に死ぬことはありません。ヴィランにはこんなによく効かないんですけどね」


 冷静な口調で教えてくれるシェインだった。


「よく頑張ってくれたわ。あなたがあのアリスとどれだけ戦えるかがカギだったの」


 まずレイナは雑魚をほぼ無視し、シェインとともに赤アリスの相手をした。そして、赤アリスを倒すと、タオと戦っている水着アリスを後ろから狙い撃ち、さらに青アリスへと毒矢を放つ。

 全く気付かなかったけれど、アリスたちが内輪もめしている間に、挑発することも含め、シェインがレイナへと入れ知恵していたらしい。


 最初から一対一で戦う気などなかったのだ。


「色々と、ずるくない?」

「そうまでしないといけない相手だったんです。勝たなくちゃ意味がないんですよ」

「ちゃんとアリスたちの治療もするわ」


 僕の治療が終わると、レイナは倒れたままのアリスたちを見て回った。


「こういう戦い方しかなかったのかな?」

「あんまり気持ちのいいもんじゃねぇがよ、お互いの傷を最小限に抑えられるなら、それに越したことはないからな。まっそもそも戦わずに済めば、それが一番なんだが」

「仕方ない、のか」

「迷いは隙を生む。細かいことは気にするなよ。人は神様じゃない。だから、できることをできるかぎりするのさ」


 僕の問いに遠い目をして答えるタオだった。正々堂々と戦う方が好みだとしても、好みよりも優先するものがあるのだろう。

 

 しばらくすると、青い服のアリスが意識を取り戻した。


「どんな形であれ、負けたのは私たちね。えぇ、降参よ。好きになさい。私たちの姫様もあなたを待ってるはずよ、レイナ」

「私を待ってる、ですって? どういう意味なの?」

「それは姫様から聞いて。私はあなたたちの力を試すように言われてただけだから。もちろん、弱かったなら、姫様に会わすことなんて絶対なかったけどね」

「反逆者、かもしれないのに?」

「えぇ、姫様はあなたが強く望むなら会ってもいいと思ってるみたいだったわ」


 明るい表情で答えるアリス。

 レイナは何か言いたそうな、けれども言葉に迷っているのか何も言わず、しばらくじっとアリスを見つめ続けていた。


「レイナ、まだ何か私に聴きたいことがあるの?」

「……いいえ、ないわ。アリス、あなたの姫様に会いにいくわね」

「えぇ、いってらっしゃい」


 アリスはレイナと僕たちを邪魔するどころか見送ってくれた。

 なぜか姫様はレイナを歓迎しているらしい。

 ますます何が城で待ち受けているのか僕には分からなくなった。


 青くて長くて麗しい髪の姫様――僕が思い浮かべるのは、懐かしい顔だった。

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