第五話 〜オワリノハジマリ〜
二階の居室の前を進むと博士の私室と研究室があり、その先の角を曲がると書斎があった。
書斎は他の部屋とは違い、鍵──解錠装置がドアノブの上ではなく扉の右の壁面に設置されている。
それも施錠状況の判る表示部、クレア曰く「インジケーターよ」の位置が違うだけでなく、「たっちぱねる」なる「いんたーふぇーす」も備えていて、それを使うと部屋の内部とやり取りしたり色々出来るということだった。
興味津々食いつくシェインの質問攻めに若干引きながらも、博士の功績を褒められて満更でもないクレアは、見てなさいよと手早く操作を始める。
終いにはシェインにレクチャーしながらあれこれと格闘していたが、次第に無言になり、やがて焦りの色が見えはじめると、黙って見守っていた僕達残りのメンバーにも何となく雲行きが怪しいことだけはすぐに理解できた。
「なぁ、いっそこの扉を蹴破るってのはどうだ?」
「象の体当たりにも耐えられるってお父さんが言ってた……」
「他に出来ることは無いんですか? こういう時のためのバックアップってやつです」
「……」
最早打つ手なしか。
ただでさえ絶望的な状況下でクレアには荷が重すぎる。
僕達だけで解決策を見つけるしかなさそうだ。
「ん〜、ダメ元でもう一度さっきの最大火力ぶつけてみよっか?」
「それしかねぇか。オレたちが象より強いことを願うぜ」
「どうかしらね? 私には成功の可能性が少ないように見えるけど」
「……あるわ」
「どういうこと?」
「ひとつだけ方法があるの。試してみる価値はあると思う」
「でかした、おじょーちゃん! で、オレたち何をすりゃいい」
「時計台よ」
クレアはタオのスネに蹴りを入れながら、その事には触れず解決策について説明をはじめた。
「時計台? 一体何があるの?」
「この屋敷のエネルギーは全て時計台で作られているの。そこの動力を切ればいけるかも」
「ちょっと待って、それってこの屋敷を守ってる物も一緒に止まっちゃうんじゃないわよね?」
「普通に止めたらね。だけどボウゴフィールドとかの動力はそのままにして、セキュリティシステムだけ止めれば大丈夫」
「へー、そんなことも出来るんだ〜」
「シェイン知ってます。ブレーカーってやつですね」
「そんなとこよ」
「よし、そうと分かれば善は急げだ。さっさと行こうぜ!」
「それだけじゃ駄目」
「まだ足りないの!?」
クレアが言うには時計台の端末で動力を停止しすると緊急モードに移行するので、復旧のための再起動がかかる前にここで解除コードを入力して扉を開き、書斎の中のタッチパネルで開放に切り替える操作が必要になる。
時計台へは廊下の角を曲がり階段脇の扉から屋根裏に上がり、そこからはしごで行くことが出来るが、動力を止めてから自動的に復旧するまでの時間があまり無いため、二手に分かれなければならないということだった。
時計台の方は外に露出していて窓などの遮蔽物がないということなので、停止操作をする人とそれを護衛する人が必要だ。
そんな訳でチーム分けが決まる。人選はクレア。
時計台にはレイナ、タオ、シェインが向かい、僕とファムはクレアと書斎の前で待機することになった。
多少作為と言うか悪意と言うか、クレアの何らかの意図を感じなくもないけど、今は急を要するので敢えて触れないでいる。
そんな人選にも関わらず一人だけ大はしゃぎしてる人がいるけどね。
「ホントにシェインが操作していいんですか?」
「うん、この中じゃアナタしか機械のこと理解できないみたいだし」
「おー、テンション急上昇です! バッチリ任せて下さい」
「はいはーい、あまりはしゃぎすぎて余計なことしないようにしようなー」
「それじゃあ行ってくるわね。エクス、後のことは頼んだわよ」
「うん、みんなも気をつけて」
「ガッテン承知です!」
クレアお手製の屋根裏から時計台への見取り図兼簡易マニュアルに、シェインも色々書き足して完成した操作手順の紙を握りしめ、三人は時計台へ向かい走り去った。
出掛けにちょっと見せてもらったら、ほとんど内容が理解できなかったけど、僕にも一つだけ言えることがある。
シェインもクレアに負けず劣らずの筆さばきだと。
緊急停止操作を待つ間手持ち無沙汰の僕らは、とりあえず床に座りしばしの休憩を取る。
ファムは三人が出発した直後にトイレに行くと言って早々に席を外してしまい、残された二人で何するでもなくただ座っていると、クレアが急に話しかけてきた。
「ねぇ、エクス君の故郷ってどんなところ?」
「ん? そうだなー……お城があって、街とか村があって、山や森に囲まれたとてものどかな国だったよ。クレアのところは?」
「ワタシのところはねー……」
ファムに見られたら「こんな時なのにナンパなんてエクスくんやるね〜」とか何とかからかわれそうだけど、取り留めのない世間話とちょっとした身の上話に花を咲かせた。
空白の書のことや旅に出るきっかけになったみんなとの出会い、そしてクレアの昔住んでいたガルディアのことなどでひとしきり盛り上がると、あれから何度目かの小刻みな揺れに我に返った僕は、そそくさと腰を上げわざとらしく呟いた。
「レイナ達、上手くやってるかな……」
その頃レイナ達は──
「なあ、これどう見ても貧乏くじだよな!?」
「そこ、ぼやかない! それともあの子のおもりの方が良かった?」
「シェインはどっちでもいいです♪」
「おまえが居なけりゃ話になんねーだろうが!」
三人は予想以上に荷物の多い屋根裏部屋で退路を確保するために、まるで引っ越しのような大仕事を終えて、ようやく時計台に辿り着いたところだった。
既にそこかしこにヴィランが居て、蹴散らしながら時計台の操作盤を目指しはしごを登る。
「操作盤はまだ?」
「あのはしごを登った先みたいです」
「ちっくしょう! きりがねーな」
「きゃっ!」
「大丈夫か、お嬢!?」
「私は平気。それより急ぎましょう!」
足場の悪い場所での連戦に苦労しながらも、ようやく時計台の最上階へ到着。
心許ない明かりが僅かに灯るだけの薄暗い中に、仄かな光を発する操作盤を見つけた。
「コンソール発見しました」
「それにしてもオレたち三人だけで行動するなんて随分久しぶりだな」
「タオ兄、油断は禁物ですよ」
「分かってるって!」
「私達がカバーするから、そっちは頼むわね」
「ムフフ……このシェインにお任せあれ〜」
「ったく、バカ言ってんじゃねーぞ。変なとこ触って全部止めたりするなよ!」
「それじゃいきますよ。ポチッとな」
一方何時までも戻ってこないファムは──初めからトイレになど行ってはいなかった。
単身博士の研究室へ忍び込み、博士のレポートや研究日誌を手当り次第に読み漁っている。
ようやく目的のものを見つけたファムは、何事か調べているようだった。
「なるほど、そういうことね〜……ヘックチ! ズズッ、この部屋埃っぽいのかな……?」
若草色した液体の入ったあの薬瓶を持ちながら、別のレポートを手繰り寄せ、ファムは時間が経つのも忘れて読み耽っていた。
僕が檻の中の熊よろしく所在無げに書斎の前でウロウロしていると、壁のインターフェース(であってるよね?)から耳慣れない音が鳴り響き、シェイン達が緊急停止に成功したことを告げる。
クレアはすぐさま強制解除をするため取り掛かるが、手順を少し経たところで驚愕の表情とともに完全に動きが止まってしまった。
「なんで? どうしてなの!?」
「クレア、何があったの?」
「こんなの見たことない……」
「え?」
画面には縦横3マスずつの正方形の中に2つの数字が表示され、その下にいくつかの数字が並んでいる。
「落ち着いて。もう一度最初からやってみよう」
「……うん」
画面左上にある↩マークをタッチしてもう一度手順をやり直すが、やはりマス目の画面になるだけだった。
その上さっきと配置済みの数字や位置が違う。
「やっぱり解除コードをここに入れるんじゃないかな?」
「違う、コードは6ケタだし数字だけじゃない」
「分かった。とりあえず色々試して答えを探そう」
「さわっちゃダメ! 解除コードも入れ間違うとそれ以上入力を受け付けなくなって、強制停止からやり直さないといけないから、もしこれも同じだったら……」
「毎回変わる表示に正解するまで繰り返さないと行けないってことか」
「9ケタの数字の組み合わせはおよそ四億通り。答えが分かってないとほぼ不可能よ」
「すごいね、そんな計算をあっという間にできちゃうなんて」
「おかげさまで、一日中家に閉じこもってやることもないから勉強だけは出来るのよ」
僕は画面に表示された数字を見直す。
◯ ◯ ◯
◯ ◯ 1
4 ◯ ◯
それとその下に◯ 2 3 ◯ 5 6 7 8 9
「ねえクレア。既に二つ埋まってるから残り七桁だけでいいんじゃない?」
「それだって五百万通り近いのよ」
「でもここ、ほら」
「……そっか! この認証には1〜9までの数字を一回ずつしか使わない組み合わせで出来てるのね! これなら五千……」
「……数字が小さくなるだけで現実的じゃないか」
その時画面が赤く光り出し、無情にも操作可能時間が残り僅かであることを告げはじめた。
ただでさえ絶望的な状況の僕らにダメ押しをするように──タイムリミットまで、あと三分。
最後まで諦めたくないけど、いよいよ博士を見捨ててクレアだけを連れて脱出することも覚悟しなければいけないのか。
手持ちの紙は書きなぐられた難しい計算式で埋め尽くされ、壁にまで書きはじめたクレアを見て、僕も躊躇わず悪あがきをすることにした。
ドアノブに手を掛け、力任せにこじ開けようと踏ん張る。
再び襲う大きめの余震に見向きもせず、手の皮が破れ血が吹き出すのも構わず、自分に出来ることを精一杯にやり遂げるんだ!
「お二人さん、手伝おっか?」
「ファム!? 今までどこに行ってたのさ!」
「いや〜ごめんごめん。トイレに行った後一階が気になってね〜、ちょっと見回ってきたところ。あ〜、ちゃんと手は洗ったから安心してね」
「一階の様子は!?」
「もう階段の踊り場まで来てたよ。で、こっちは?」
「後一分、時間がないの! 早くしないと強制停止からやり直しよ!」
「どれどれ〜……? はは〜ん、なるほどなるほど。二人ともよく頑張ったね〜、ご苦労さん」
「ファムに解けるの?」
「もちろん。これは魔法陣、私を誰だと思ってるのかな?」
「なんちゃって魔女?」
「ないわ〜……。まあ見てなさいって」
ファムは言うが早いかタッチパネルを手際よく操作し、空白の7マスに次々と数字を当てはめていく。
2 7 6
◯ 5 1
4 3 8
そして最後のひとマスに9を入力すると、あれだけ頑張ってもピクリともしなかった扉があっさりと、静かに開いていった。
まあ象の体当たりでもビクともしないんだから当然なんだけどさ。
しかもスライド式だから引っ張っても動くわけがない……
クレアは書斎内に飛び込むと、内側のインターフェースで扉の開放操作を素早く行い、無事固定が出来たことを僕に告げた。
緊張と極度の集中で疲れ切ってしまったのか、その場にへたり込んでしまうクレア。顔色もあまりよくない。
それを見ていたファムは頭をポリポリ掻きながら何事か考えていたけど、しかたないかとやたらわざとらしく「ビビディ・バビディ・ブ〜」とかなんとか唱え、自分のカバンからあの薬を取り出して見せた。
まさかトイレのついでにそれを取る為に研究室に忍び込んできたってことか?
呆れる僕を余所に、薬瓶から2〜3滴僕の手に垂らすと、残りをクレアに飲ませた。
ズキズキと痛む掌からみるみる痛みが引き、傷が跡形もなく消え去る。
クレアの顔色も次第に良くなり、体調も落ち着きはじめた。
「やっぱりこの薬はすごいね」
「エリクサーよ、色んな神話に登場する神秘の霊薬だからね〜」
書斎の中をじっくりと見回して初めて気づいたが、薄暗い部屋に本棚がところ狭しと並べられていて、さながら迷路のようになっている。
書斎の奥の方に僅かに明るい場所がある。目指すのはあそこだ。
「それにしても随分すごい書架だね〜、どれくらいの蔵書数なのかな?」
「分からない、ワタシも初めて入ったから。お父さんは多分あそこね、急ぎましょう」
歩き出そうとしたクレアが不意によろめき、僕は咄嗟に彼女を支えた。
顔色は大分良くなっているが、やはり疲れがあるみたいだ。
「大丈夫? 肩を貸そうか?」
「いい……届かないもん……」
「ニシシシシ。ここはエクスくんがお姫様抱っこしてあげるのがいいと思うけど」
「人にあんな仕事押し付けといて何ジャレてるのよ!」
見ると息を切らせたレイナ達が扉の前に立っている。
「よう坊主、そっちも上手く行ったみてーだな」
「はーい、図書室ではお静かに〜」
「分かってるわよ! それにしてもすごいところね……これじゃどっちかって言うと図書館って感じよ」
「……お父さんが待ってる。行こう」
クレアの後に続き、僕達は薄暗い本棚の迷路の中を歩きはじめた。
「なぁ、なんでこんなに暗いんだ?」
「タオ兄知らないんですか? 光で紙が脆くなるからですよ」
「他にも湿度とか温度とか結構気を使うのよ」
「なるほどな」
場違いな螺旋階段を降り、仄かな明かりが見えた場所、閲覧席に居るだろう博士を目指す。
「こんなものまであるなんて、まるで教会みたいだね〜」
「正確には礼拝所だったんでしょうね。書棚で入り口を塞いでわざわざ二階から出入りするなんて」
レイナの指差す方を見上げると、とても高い天井に何か描かれていて、壁一面を覆い尽くす本棚の隙間には綺麗なステンドグラスが見える。
教会なんて日曜日の礼拝にも行かなかったな……。なんせ称えるべき神様から見捨てられてるんだからさ。
だから僕は教会とかあまりいい印象がない。
今更思い出したくもないことを惨めったらしく考えていると、前を歩くクレアが突然足を止めた。
恐怖に顔を引きつらせ後ずさるクレアを後ろに庇い、本棚の影から覗き込むと、そこには閲覧席にうず高く積み上げられた大量の本に囲まれた博士と思しき姿と、その周りを漂うメガ・ファントムの姿が読書用の明かりに浮かび上がっているのが見えた。
「博士を助けるわよ!」
「了解!」
「エクスは彼女を守って!」
「分かった!」
武器を構え駆け出したレイナ達に対し、博士の口から思わぬ言葉が飛び出す。
「何だお前達は! さては盗人だな! 私の研究は誰にも渡さん!!」
「!? 違うのお父さん!」
止めに入ろうとするクレアに目もくれず、有無を言わさずヴィランをけしかける博士。
僕はクレアを庇いながら博士に訴えかけるが、それも無駄のようだった。
「博士、話を聞いてください!」
「誰にも邪魔はさせんぞぉ!」
博士を傷つけないように気を使ったせいで多少周りの本棚とかに被害が出たけど、それでも難なくヴィラン共を一掃できた。
完全に我を失っている博士には僕達の呼びかける言葉も届かず、手近にあった分厚い書物を構え喚き散らしている。
ヴィランの存在や変わり果てた父親の様子は、クレアにとって相当なショックだったろう。
あまりの出来事に言葉を失い、僕の腕の中で泣き崩れてしまった。
膠着状態が続くかと思った矢先、それまで黙っていたファムが博士に向かっておもむろに口を開く。
とても突飛で、とても場違いに。
「こちらにいらっしゃいましたか、ドクター・ガイアス。論文を拝見させていただきました、とても素晴らしい研究ですね」
「ちょっとファム! いきなり何なのよ!?」
「なんかいつもと喋り方違って気持ち悪いです」
いつもの間延びした喋り方とは違い、やたらと滑舌のいい話し方に一同が面食らっているのも構わず話し続けた。
「大学はもう引退されたと伺い、突然の訪問ぶしつけとは思いましたが、近くまで来たものですからお顔だけでもと思いまして寄らせていただきました」
「あ、ああ……それはわざわざすまんね」
「ご活躍はかねがね伺っておりましたが、またお会いすることができてとても光栄です」
「失礼、何処かでお会いしたかな?」
「ガルディア大学のフォーラムでお会いしただけですが、地方出の身としては直接教授の講義を受けられなかったのが悔やまれますよ」
「そうか、あの学会で……」
「なぁ、見てみろよ。博士の様子」
「どこから情報仕入れたのか知らないけど、落ち着かせるためにひと芝居打ってるのね」
「どう見てもペテンに見えますけど。胡散臭さプンプンします」
ファムの狙い通り、昔話をするうちに険しかった博士の表情も緩み、大分落ち着きを取り戻しはじめたように見える。
その後もよく分からない単語の飛び交う受け答えが続くと、まるで頃合いを見計らっていたかのように、ファムは次のステップへと駒を進めた。
「ところでご息女はお元気でいらっしゃいますか? 確か、名前はクレアさんでしたっけ?」
ハッとし頭を抱える博士。
それまでの取ってつけたような愛想良い様子からいつものファムに戻っている。
「おや〜? そちらにいるのはもしかしてクレアさんじゃないですか?」
「!?」
博士が初めてクレアの方を見た。
「お、おぉ、クレア、我が愛しの娘よ。ここに入ってはいけないと、あれほど言ったではないか」
涙でぐしゃぐしゃの顔を見られるのも憚らず、僕の腕から勢い良く飛び出すクレア。
しゃくりあげる愛娘を抱きしめ、優しく頭を撫でる博士。
あまり時間はないが、僕らはしばし親子の為に待つことにした。
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