第11話 心配ごとってなくなる
自分じゃ眠ったつもりはなかったけど、ふと目を覚ますと
部屋は暗いのに、彼女は俺が起きたのに気づいたらしくて、「ごめんね」と言った。そして「今夜は星がたくさん」と、独り言のように呟くと、着替えはじめた。俺はベッドに身を潜めたまま、彼女の黒い影を目で追いかけ、下着だけになったあたりで「ねえ、こっちで寝ない?」と声をかけた。
「ちょっと狭いけどさ、今から下の布団で寝るよりあったかいよ」
彼女は何も答えず、ハンガーにかけていたパジャマを手に取る、かすかな衣擦れだけが聞こえた。ここで余計なもの着させてる場合じゃない。俺は思い切って起き上がると、彼女の腕をつかんで強く引き寄せた。パジャマが床に落ちる音がして、しなやかな身体が俺の腕の中に納まる。そう、普段の気の強さとうらはらに、彼女はこんな状況だとけっこう従順なのだ。
俺はそのまま彼女を抱き寄せてベッドに入ると、毛布を肩の上まで引っ張り上げた。外にいたせいで、指と爪先はどちらも冷たかったけれど、それは俺にとって好都合だった。
「ほら、やっぱり冷えてるじゃん」なんて言いながら、羨ましいほど薄い胸の先に触れると、そこはすぐに固くなって、黙ってる彼女の代わりに、どのくらい感じてるかを俺に教えてくれた。
俺はそのままお腹から下へと指を滑らせて、ショーツを引きはがしにかかる。美蘭はそこで初めて抵抗した。
「シャワー浴びてないし」なんて言うんだけど、そこで遠慮するのは却って失礼というものだ。俺は「だから何?」と、余裕のあるところを見せながら、無理やり脱がせてしまう。
「そういう事しないつもりって、言ったじゃない」と、彼女はまだ気乗りしない様子で、ただ俺が強引すぎるから、何となく相手してる感じ。でもまあ、俺はこのチャンスを逃がすわけにいかない。
「お前は別に何もしないでいいからさ。嫌になったら、すぐにやめるよ」
そして俺は、日頃考えていたあれこれを彼女の身体で試しにかかる。そりゃ、本音をいえば抱きたい相手は沙耶なんだけど、なんせあの子は俺のことを仲のいい女友達だと信じてる。それに何より、俺はあの子にありのままの自分を晒すわけにいかない。奇妙に柔らかくて丸っこい、女の身体に閉じ込められたこの姿を、本来の俺だなんて思われたくないのだ。
美蘭にはもうすっかり正体を知られているから、俺はあれこれ取り繕う必要がない。でももしかしたら、彼女がこうして身を任せてくれるのは、俺が本気じゃないのがはっきりしてるせいかもしれない。何となく判るのだ。そういう相手の方が気楽だって感じ。
慌てるのもみっともない、なんて思うんだけど、俺の右手は迷うことなく美蘭の足の間に忍び込む。指先が予想外に滑らかに沈んだ瞬間、彼女の身体が微かに震え、俺はその耳元でちょっと意地の悪いことを囁く。なんだ、けっこういい感じじゃないか、なんて安心する一方で、もしかして彼女、さっきまで江藤さんと会ってたのかも、という考えが浮かぶ。
彼女の肌から男の匂いはしないけど、一緒にいて、気持ちだけは十分高まってたってことかな。そう考えると、美蘭が浮気をしたようにさえ思えてきて、少し懲らしめたくなった。
俺も服を脱ぎ捨て、遠慮せずに責めてやると、彼女の息はそれに応えるように熱く、荒くなって、冷えていた肌が汗ばんでくる。胸をゆっくりと舐めて、それから唇を重ねようとした時、彼女の喉から冷たい声が響いた。
「誰か、歩いてる」
「え?」
俺は動きを止め、耳を澄ましてみた。「誰も…」と言いかけたその時、ドアを閉める音がはっきりと聞こえた。
「ママがトイレに行ってるだけだろ」と言ってはみたものの、今度は話し声らしきものまで聞こえてきて、俺は起き上がった。明かりをつけたいけど、それじゃ美蘭に悪い。脱ぎ散らかした部屋着を手探りで探していると、美蘭がすぐに渡してくれた。どうして彼女はこんなに暗い場所で目が見えるのか、本当に不思議だ。
廊下に出てからようやく明かりをつけ、俺は階段を下りて行った。もう話し声の主は見当がついてるので、怖いだとかそういう事はないけど、相変わらずだな、という呆れた気分だ。リビングのドアを開けると案の定、見慣れた大きな背中が目に入る。
「パパ、今頃帰ってきたの?」
「おう、
ネクタイだけを外したスーツ姿で、パパはこちらを振り向く。その後ろでパジャマにカーディガンを羽織ったママが、「そりゃ起きるわよね、こんな大声で」と顔をしかめていた。
「でも、来週帰る予定じゃなかったの?」
「ああ、工場の視察が一つ中止になったからさ、予定を繰り上げて帰ってきたんだ。ママが法事に行きたくないって、ずっと文句言ってたからな。空港でキャンセル待ちして、ロス行きの成田経由便に運よく乗れたんだよ」
「じゃあ、明日の法事に行くつもりなの?」
「そうさ、俺は
どうやらパパは本気らしい。仕事もゴルフもすごい過密スケジュールでこなすけど、親戚づきあいも同じノリだ。
「まあとにかく、法事に行かなくて済むなら、私は文句ないわ」
こんな時間にもう、と迷惑そうな顔してるけど、結局のところ、ママはパパが帰ってくれて嬉しいみたいだ。
「ねえ風香、だったら明日の朝、美蘭ちゃんも一緒にキッチンデリのモーニングビュッフェ行きましょうよ。予定空いてる?」
「ん、特に何も言ってなかったけど」
「じゃあそれで決まりね。美蘭ちゃん、パパがうるさくて目が覚めたんじゃない?」
「大丈夫、寝てたよ。私はたまたまトイレに起きただけ」
それだけ言うと、俺は二人を残してリビングを出て、嘘を本当にするためトイレに寄った。ちらっと時計を見るともう二時前で、パパは四時間寝られるかどうか。けど、無理をしてでも、パパは親戚の行事に参加したがる。長男だからってのはもちろんあるだろうけど、どうやらパパにとっての家族はママと俺だけじゃなくて、親戚全部みたいなのだ。だから、おじさんおばさんの仕事、病気、いとこ達の進学、就職、何でも気になって仕方ない。
でもママにとっての家族はパパと俺だけで、自分の実家サイドの親戚ともほとんどつきあいがない。「それが普通よ」って言ってるけど、まあ両極端なんだろう。ママはいつも「結婚するなら親戚の少ない人がいいわよ」と言ってるけど、実際、俺はパパの親戚とのディープな付き合いが年々苦手になってきてる。学校だけじゃなく、親戚の間でも女の子のふりを続けるなんて、疲れるだけなのだ。だからといって本当の俺の事なんて、絶対に受け入れてもらえないだろうし。
「ごめん、パパが予定変更して、出張から帰ってきたんだ」
暗い部屋に戻り、俺はそれだけ言ってベッドに入ったけれど、そこには誰もいなかった。
「美蘭?」
慌てて枕元のスタンドをつけると、彼女はすっかり身支度を整え、荷物までまとめて窓辺に立っていた。
「いきなりで悪いけど、私これで失礼するわ」
「え、何?出て行くの?今から?」
「そう」
「でも、こんな時間からどこ行くつもり?」
「別にそれは心配しないで」
確かに、美蘭は金に不自由はしてないから、ホテルでもどこでも泊まる場所はあるだろうけど、そういう問題じゃない。
「大丈夫だよ、パパは朝早くに出るんだ。ママの代わりに法事に行くって張り切ってる。俺たちが起きる頃にはもういないから、顔を合わせずにすむよ」
「違うの。お父様のせいじゃないわ。ただ、ちょっと、よそに行きたいっていう、私の勝手」
「でもさ、いてくれないと困るんだよ。ママは明日、キッチンデリのモーニングビュッフェに行こうって楽しみにしてる。前からずっと行きたがってたんだよ。パパのおかげで法事に行かずにすむから、ちょうどいいって喜んでるんだ。美蘭が黙って帰っちゃったりしたら、がっかりする。本当に、すごくがっかりするよ」
何故だろう、そこまで言ったところで、俺はほとんど泣きそうになっていた。そうなんだ、ママの理想は姉妹みたいな母親と娘で、どこでも二人で仲良く出かけてくって奴。だからいつもケーキバイキングとか、アフタヌーンティーに誘ってくるんだけど、俺はそういう店は苦手だし、ママとあらたまって話すこともないから「別に興味ない」なんて、断り続けてる。それがどれだけママをがっかりさせてるか、十分判ってるのに。でも、美蘭さえいてくれたら、俺だってちゃんと間が持つし、ママもきっと喜ぶはずなのだ。
どうしようもなく溢れてきた涙をこっそり拭うため、俺は眠気をさますふりをして指先で目をこすった。美蘭は黙ったまま、追いつめられた野良猫みたいな顔つきで立っていたけれど、ふいに「そっか。じゃあ、モーニングビュッフェに行こう。あそこのオムレツ評判よね」と言って、肩にかけていた荷物を床に下ろした。
「でも私、こっちで寝るから」と、彼女はベッドの脇にたたんであった布団を敷くと、あっという間にTシャツとショーツだけになって潜り込んでしまった。俺としては、出ていくのを止めてくれただけで満足すべきなんだろうけど、明かりを消して横になってからも、今、強引にいったら怒るかなあ、なんて考えばかりが頭の中を回り続けていた。
結果から言うとモーニングビュッフェは大成功で、ママはすっかりご機嫌。法事をパスして思いがけない空き時間ができたってことで、そのままエステに行ってしまった。
俺は別に予定もないし、
「それって、家に帰るってこと?」
「違うわよ。亜蘭のとこに行くだけだから」
その言葉を裏付けるように、彼女は俺の部屋から引きあげた自分の荷物を地下鉄のコインロッカーに放り込んで、ショルダーバッグだけを持っている。けっこう長い付き合いなのに、よく考えたら俺は一度も美蘭の家に行ったことがないのだった。亜蘭と二人でマンション住まいとは聞いてたけど、いま、目の前にそびえてる立派なタワーマンションがそれだとしたら、俺の想像をかなり上回る物件って事になる。
美蘭と並んで緩い坂を上りながら、俺は「もしかして、あそこに住んでるわけ?」と確かめる。
「亜蘭がね」という、そっけない返事。
一人っ子の俺にはきょうだいっていうか、双子の気持ちなんて判りようがないけど、いくら喧嘩したといっても、そろそろ仲直りしてもいいのに。土曜日で車が少ないせいか、空はきりりと晴れ渡っていて、ずっと坂を上っていると少し暑いほどだ。でも俺はさっきから気になってることがあって、天気とはうらはらにかなり憂鬱だった。
「ちょっと、そこのコンビニに寄っていいかな」
声をかけると、美蘭は「何?水とかだったら、亜蘭の買い込んでるやつを飲めばいいわよ」と立ち止った。
「じゃなくて、始まっちゃったみたいなんだよな」
すぐに美蘭は判ってくれたみたいで、「残念ながら私も用意がないわ」と、コンビニ目指して歩き出した。そして「どこのメーカーとか、リクエストある?」と尋ねてきた。
「いや、別にないけど」
「じゃあ適当に選ぶね。後でお金返してくれたらいいから」
それだけ言うと、彼女は先にコンビニに入ってしまった。俺がナプキンとか買うの、すっごく嫌だって事、ちゃんと判ってくれてるのだ。この身体が女だって事をわざわざ鼻先につきつけるように、俺を鬱陶しく苦しめ続ける内臓。腰の奥からねじれるような、鈍い痛みが湧きあがって、俺が現実に屈服するのを求めてくる。これじゃもう、たとえ今夜チャンスがあったとしても、美蘭を抱けない。まず何より、そんな気分になれやしない。
俺は急に重くなった足をひきずるようにして、コンビニに入った。美蘭はもうレジにいて、お釣りを受け取ると小さな包みを俺のパーカーのポケットに滑り込ませてきた。
「極薄瞬間センター吸収。私は最近ずっとこれ使ってるの」
続けて差し出されたレシートを受け取りながら、おれは小声で「ありがと」と礼を言い、回れ右をしてコンビニから出ようとした。自動ドアが開いたその時、十歳ぐらいの女の子がすごい勢いで駆け込んできて、よけきれなかった俺に軽くぶつかった。
「危ない!」
バランスを失った女の子がレジ横の棚に突っ込みかけたので、俺は慌てて手を伸ばしたけれど、その前に美蘭の腕が彼女を支えていた。
「お店に入る時は、走らずに歩くべきね」
美蘭は淡々とそう言うと、女の子から手を離してコンビニから出ようとした。ところが女の子は「お姉さん!」と叫ぶなり、美蘭にしがみついた。
「何?知ってる子?」
俺は呆気にとられてそう尋ねたけれど、美蘭も驚いた様子で「いや、知らないし」と女の子を見下ろしている。しかしその顔をよく見てから、「なんだ、あんたか」と表情を緩めた。女の子は相変わらず切羽詰った様子で、「さっきからずっと変なおじさんがついてくるの」と、外の様子を伺った。つられて思わずそちらを見ると、ちょうどドアの向こうに、おじさん、というにはまだ若い感じの男が立っているのが目に入った。
年は三十前後ってとこだろうか、ちょっと気の弱そうな、眼にも立ち姿にも力のない男で、全身ファストファッションという、どこにでもいそうなタイプだ。美蘭はちらりとそちらを見ると、足早に店の外に出て行った。その後ろに恐る恐るといった感じで女の子が続き、何だか事情の呑み込めない俺も後を追う。
「この子に何か用?」
向き合って立つと美蘭の方が少し背が高いぐらいで、男は明らかに気圧されて「い、いや、別に」と目を泳がせている。美蘭は氷のように冷たい声で「あらそう。じゃあお買い物、ごゆっくり」と、尚も相手を凝視している。男は目を伏せたまま、逃げるようにコンビニに入っていった。カウンターからは店員が、何事かと身を乗り出してこちらの様子を伺っていた。
「あんた何?一人でここまで来たの?」
またしても自分にしがみついている女の子に向かって、美蘭は呆れ顔で尋ねている。
「うん。かっちゃんのパソコンで調べた。亜蘭が、ここのコンビニを検索すれば地図が出るって教えてくれたから」
「じゃあ、あのおっさんは何?」
「地下鉄の駅のところで、莉夢ちゃんだろ?って声をかけてきて、ずっとついてきたの。ついてこないでって、何度も言ったけど、僕もこっちの方に行く用事があるから、一緒なだけだよって、帰ってくれなかった。それで、お店の人に助けてもらおうと思って」
話すうちに色々と思い出したのか、女の子は泣き声になってきて、美蘭は「とにかくもう大丈夫だから」と、彼女の背中に腕を回して軽くたたいた。すると彼女は少し笑顔になり、「やっぱりお姉さん、変な人から助けてくれた」と言った。でも美蘭は「そんなの、偶然よ」とつっけんどんに答えただけだった。
未だに事情の呑み込めない俺と、
「一体、どうしたの?」
本当は「その髪型もいいじゃない」とか言うべきだったのかもしれないけど、あまりに唐突すぎて思いつかなかった。まあ予想通り、奴は「いや、別に」とか何とか、意味不明な返事しかしないんだけど、やっぱり元が美形だから、十分もすれば違和感も消え失せる。美蘭は訳知り顔で「うまくごまかしてもらったじゃない。次は坊主にして出家しなさいね」と、にやにやしていた。
だだっ広いリビングには何故か
「わ、猫飼ってるんだ」
できるだけ平気なふりしてみせたけど、実の所、俺は動物が苦手で、ちょっと固まってしまった。虫やなんかは平気なのに、犬や猫ぐらい大きくなると、なんだか怖いのだ。それに気づいたのか、桜丸が立ち上がって「ほら、亜蘭のとこに行っておいで」と、猫を床に下ろしてくれた。「ありがと」と礼を言うと、奴はにこりと笑ってキッチンに姿を消した。
ようやく少し落ち着いて周囲を見回すと、部屋の隅にもう一匹、ベージュ色の猫がいる。莉夢はそいつの前にしゃがみこんで、嬉しそうに頭を撫でたりしてるけど、間違ってもこっちに来てほしくない。美蘭は俺の隣に腰を下ろすと、「ごめんね、わけあって、借りてきた猫、って奴なの」と詫びた。
「いや別に、いるだけなら大丈夫だけど」
「不思議なことに、猫は苦手な人のお膝が大好きなのよね」なんて不穏な事を言いながら、美蘭は俺の掌に何かを押し込む。
「とりあえず渡しとく。冷蔵庫の水、好きなように飲んで」
そう俺の耳に囁くと、彼女は亜蘭に「ちょっと、これだけお客が来てるのに、煎餅の一枚でも出したらどうなのよ」と、説教をはじめた。その隙に指を開いてみると、渡されたのは痛み止めだった。
全く、ここまで気がつく姉を持ってしまったら、亜蘭みたいにぼんやりした人間になるのも仕方ないかもしれない。しかし奴は姉の駄目出しもどこ吹く風で、何故か代わりに桜丸が、キッチンであれこれ準備して運んできた。
大きさも色も不揃いなマグカップに入れた紅茶。大皿に山盛りの、薄切りにしたバゲットのトースト。クリームチーズとジャムと蜂蜜。美蘭は「これ、花梨のジャムなの。手作りだからおいしいわよ」と、口では俺たちに勧めながら、自分が真っ先にバゲットに塗って頬張っていた。
美蘭も亜蘭も、自分のうちなのに桜丸を働かせておいて全く平気な様子で、だからといって嫌な雰囲気にもならない。たぶん二人とも桜丸に甘えきっていて、それが当然という関係なのだ。友達というより、きょうだいみたいな感じだろうか。俺は美蘭と出会うまでずっと、友達の前では「水瀬風香」の演技を続けてきたから、本当の意味で誰かと打ち解けたことがない。そのせいなのか、この三人を見ていると、今まで知らずにいた寂しさに触れてしまったような気がした。
「猫ちゃんたちにおやつあげていい?」
ひととおりジャムやチーズを味わった後で、莉夢は持ってきたリュックサックを開け、パックに入った猫用のおやつをいくつか取り出した。キラキラしたシールやなんかいっぱい貼ってあって、本当にザ・女の子って感じ。美蘭は「まあ好きにすれば」なんてそっけないこと言う割に、普段より優しい顔して莉夢と猫たちをじっと見てる。
「美蘭、来週また遊びに来ていい?」
猫たちがおやつを食べ終え、水を飲みに行ってしまうと、莉夢は床に座ったままで美蘭に尋ねた。その問いかけを予想していたのか、美蘭は「次はもうないよ。これっきり」と即座に答えた。
「あと一度だけでいいの。だってその次の月曜日から、莉夢はまたルネさんちに行くから。次はもう猫ちゃんたち、来てくれないかもしれない」
俺にはなんだか判らない話だったけど、美蘭は「どうして?」と驚いたような顔をしている。
「おばあちゃんち、お金とか足りないんだって。莉夢はごはんをあんまり食べないようにするって言ったんだけど、かっちゃんのお薬とか、病院に行くタクシーのお金とか、いっぱいいるから」
「ママのところには行かないの?」
「お部屋がないから。前は莉夢だけ押入れで寝てたけど、今はトシアキさんのフィギュアとか、大事なものをしまってるから使えないんだって」
「そりゃ大変ね。でもまあ、心配することないわ」
「どうして?」
「まだ始まってないことを心配しても、仕方ないから」
莉夢はきょとんとしていたけれど、美蘭は独り言のように「心配するのをやめたら、心配事ってなくなるのよ」と続けた。
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