第39話 近づいてくる日常を前に
39...
あと二日は休みがある親父とは別れて帰路につくことになったんだけど。
「広島……お好み焼き、牡蠣、もみじ饅頭……」
千愛(ちあ)の食いしん坊が発動したし、あっさり帰るのもなんだし。
市内についてから何か食べようってなって、それならお金まだあるし一泊する? の流れも自然に決まるあたり、俺たちはだいぶ緩んでいた。
目標を達成したからってのはでかい。
すっきりしたからなあ。
まあ、俺にとってはゴールのようでたんなるスタートなんだけどさ。
ホテルも安めの場所であっさり決まったし、じゃあってことで歩き回る。
親父がいた親戚の家にお邪魔するってのも考えたけど……千愛が気を遣うだろうし、今更戻るのもなあって感じ。
もちろん親父をはじめ、千愛のご両親にもOKはもらった。
電話をかわった時、千愛の親父さんにくれぐれも、と言われたのがね。
痛い。実際、えっちも緩んでたからなあ。タガが外れた、というか。
「何考えてるの?」
商店街を歩いていた時に声を掛けられて、慌てて咳払いした。
夜のことを考えてた、とは言いにくい。人通りもあるし。
「あのイケメンと苺さんは何してたのかなって」
「なんかお互いの家族同士で旅行に来てるみたい。今はあたしたちと一緒で、市内をぶらついてるんだって」
「へえ……」
「合流する?」
「ううん」
少し悩んだけど、いいやって答えておく。
きょとんとした千愛の手を握って言っておきたい。
「帰りはもっと二人きりでいたいです」
「……そ、そう」
恥ずかしそうに俯かれた。
らしくないもんな、こういう言い方すんの。
出来るんなら告白の時からしろよ、と自分でも思うし。
「なんか、変わったね」
「そうでもねえよ」
「……変わったよ」
普通に重ねた手の指同士を絡めてくる。
俺が変わったんなら、千愛だって変わった。
露わっていうか……剥き出しに甘えてくるっていうか。
「ちょっと……落ち着かない」
「なんで」
「最初の告白の残念さが嘘みたい」
「それ、俺も思ってた」
笑いながら言って手を引く。
商店街を抜けて、道を歩いて……川沿いに平和記念公園を眺める。
さすがに中に行くような空気じゃないから、眺めるだけ。
それでも――……すごく綺麗な場所だ。
「なんか……落ち着いちゃうね」
ベンチに腰掛けたら、身体を預けてきた千愛の呟きだった。
「千愛」
「なあに?」
視線を上目に向けて俺を見る彼女に言いたいことがある。
きっと最初に言わなきゃいけなかった言葉。
今だからこそ言いたい言葉。
はじまっていたようで、はじまっていない。
「好き。愛、してる、というあれです」
なら、はじめればいい。
今からちゃんと、積み重ねてきたから、前へ。
「これからも……俺と付き合ってくれますか?」
少しして、痛いくらいに腕を抱き締められた。
指が食い込むくらいに、きつく。
「……おそいよ、ばか」
涙ぐんで嬉しそうに言うなよ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
改まって言わせたのは俺のせい。
ご飯を食べに出てきたはずなのに、俺たちは満たされて……夕暮れに沈むまで、ずっと二人で川を眺めていた。
ホテルに帰る途中でお好み焼きを食べて、二人で青のりをつけて笑ったよ。
きっと、なにがあっても大丈夫だと。
二人で写真に残しながら思ったんだ。
◆
ホテルの夜。
「ん……んっ……」
夢中で千愛が腰を振っている。
涎だけじゃない体液に濡れて、濡れて。
俺も千愛の腰を掴んで、千愛に合わせて腰を振る。
気持ちよくなりたい、出したい。
そんなんじゃなくて。
「コウ……こう……」
夢見がちな陶酔をこぼして、しなだれかかってくる千愛を抱き締める。
ぎゅう、ぎゅうう、と。
抱き締めて、抱き締められて。
どれだけの時間繋がっているのかもわからないくらい、長く、たっぷり。
千愛が喜ぶことをなんでもしたい。
気持ちよくなってもらえるように……愛したい。
だからしがみついてきたなら優しく抱き締める。
頭を撫でて、髪を撫でて。
求めてくるのに合わせてキスをして。
痙攣する千愛を受け止める。
喘ぐ口を塞いで押し倒して。
もっと、に応えて痛くないよう気をつけつつも、少し乱暴に。
甘えてきたらちゃんと応える。
まだイけてないのに、萎える気配はまるでなく。
心の底まで満たされる感覚。
どこまでも溶けて、溶け合っていく。
それは旅の前にした時では背伸びしたって出来なかったえっちで。
獣に戻っているようで、そうじゃない。
愛し愛される。ただそれだけの時間。
身体中に唇と歯、爪の痕をつけてくる。
千愛は俺に傷をつけたがっている。
不安なのかな。だとしたら、したいようにしてもらうだけでいいのか。
もしそうじゃないとしたら?
わからないけど。
繋がっている場所はもうずぶ濡れで。
千愛の体温はずっと高いままで。
やっと歯を立てていた肩口から口を離した千愛の顔は見とれるくらい綺麗な笑顔で。
それが千愛らしさなら、いいやと思った。
「おねがい……」
なかに、ね?
そう囁いて唇を重ねてきた千愛に腰を合わせて――……一緒にイく。
どこまでも。何があろうとも。
二人でいれば大丈夫。
何度も愛を囁きながら、何度も身体を重ね合わせる。
果ての無い……体力が尽きるまで続く夜。
息をするのも忘れるくらいに夢中になって、やがて意識を手放して。
目覚めて顔を洗いにバスルームに行って……鏡に映る自分を見て実感した。
歯形とキスマークだらけ。
千愛の独占欲と愛の形。
それはずっと俺を捉えて離さずにいる。
だからこそここまで来れた。
ひょっとしたら……平均よりも重たくて、けどそんなのどうでもいいほど深い愛。
顔を洗ってベッドに戻る。
昨日の名残は今もまだシーツを濡らしたままだ。
無防備な寝顔で気持ちよさそうに眠る千愛を見れば、よりはっきり残っている。
こんなに濃いのを体験して。
愛し合う意味を知って。
好きって気持ちを心と粘膜でぶつけあって。
不安なのは一つだけ。
普通の学校生活に戻れるんだろうか。
夏の終わりが近づいている。
来た時は永遠に続きそうな暑さは、やがて秋風に押し流されてしまう。
けど。
「……ん」
身じろぎして、手を揺らし……俺に触れて。
身体を寄せてくる千愛と一緒に眠りながら思う。
寒くなったら身を寄せ合えばいい。
暑くても肌を重ねて燃えることに夢中になれるなら……きっと寒さもまた、心地よく過ごせるに違いないのだから。
つづく。
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