「なんか適当にアドリブで喋ってください」

自分が書いたト書きの中で一番ひどかったのは「なんか適当にアドリブで喋ってください」だった。


カクヨムに投稿し始めたのは二週間前で、それまでの私は脚本を書いていた。それまで、と言っても、脚本を初めて書いたのは大学二年生の二月なので、それもそんなに長くない。


どちらも極めていないなりに思うのは、脚本の方が好き勝手できたということ。


役者に「何か適当に面白いことをやる」というト書きを与えると、世界観を崩さない程度に面白いことをしてくれた。また、芝居はライブ感が特徴で、ちょっとの矛盾は大きな問題にならなかった。


小説はいくらでも反芻できてしまう。そこが難しい。そして、すべてのことに合理的な理由をつけなければならない。こちらの方が厄介で、泣くという行動一つとっても、言語化が必要。「悲しいから泣く」だけじゃなくて、「なぜ悲しいのか」が重要。そこをいかにしてうまく書くかというのが悩みどころであり、個性が出るところであり。


もちろん芝居でも「なぜ」は必要だけれど言語化は必ずしも必要ない。表情や仕草や、もしくは音響照明の演出なども含めて、「なぜ」の部分を表現する。


「何か適当に喋る」も、「なぜ」をたくさん考えて作り上げるので、書くのは簡単でも、小説のように深みが出る。(自分の小説が深いとは言ってない)


要約:脚本書きたくなってきた

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