第5話 机が腐ると何になるか?

答えは「杖」だ。つくえ、から、く「さった」。「く」が去ったので、「つえ」になる。小学生向けのなぞなぞだ。


今、神山は必死に動揺をおさえようとしている。「腐った机」は長島慎一郎が幽霊になった時に、神山に伝えることになっていたキーワードだったからだ。そして、もしこれを書いている自称『幽霊』が長島だとしたら、それは間違いなく『本物の幽霊』だった。なぜなら彼はもう死んでいるからだ。





「幽霊の実在を証明することは可能だろうか。」


4年前の夏、新聞部の先輩というか、早々とOB扱いをされて、編集局の誰からもまともに相手にされなくなった、長島慎一郎はあの鼻もちならない口調で、部室で暇を潰していた神山に言った。


「幽霊を見た、って主観的な現象としてなら可能じゃないですか?だいたい幻覚とか幻聴とかその類だし、統合失調症や睡眠不足の症例として…」


一応は先輩への敬意を示しながら神山は言ったが、その程度の論理をこの男が自分の中でこねくり回していないとは考えていなかった。この男にとって会話とは、他人の口を使って自分の思索の客観性を確認する作業にすぎない、そう思わせる節があった。


「世に言う幽霊の存在問題というのは、君の言うように「幽霊が観測できるか」ということだと思われている。幽霊を観測すれば幽霊は実在する。でも実際にはそうじゃない『客観的に観測されること』が幽霊の実在証明には不可欠なんだよ」


神山は少し興味をひかれている自分に気づいた。


「それにただ単に幽霊を観測する方法は、実に簡単なんだ。」


「どうするんです?心霊スポットにでも行くんですか?」


「いやいや、私が幽霊になって、君の前に化けてでればいい」


神山はすぐに馬鹿馬鹿しくなって、溜息をついた。


「仮に俺が先輩の幽霊を見たとして、それをこの新聞部に言って誰か信じてくれますかね?」


「そこだよ。その場合、あくまで私が幽霊になった事実を、君が観測しただけにすぎない。UFOや雪男を見たのと同じ類だ。客観的事実にはならない。

もっと厳密に客観性を確保するにはこうするんだ。」


長嶋は我が意を得たりとばかりにまくしたてた。


「まず、我々と無関係な第三の協力者をたてる。その人物をX氏としよう。X氏は、我々が思いつかないようなキーワードを紙に書いて私にだけ見せる。」


「2番、キーワードを書いた紙を金庫にしまって、私が死ぬのを見届ける。」


「3番、私は死んだら、枕元かなんかに立って、君にそのメッセージを伝える。」


「4番、君は私から聞いたキーワードと、X氏の持つキーワードの紙の封印を解いて、照らし合わせるんだ。」


「それが同じなら、幽霊という現象は客観的に観測されたことになる。」


なんだか面倒になって、相槌をうちながら、神山は長島に背を向けて部室の本棚に満載されている漫画本を物色し始めた。


「そういう実験は、実際にもう行われているんだ。かの大魔術師フーディーニも生前『死後の世界からメッセージを送る』と妻に約束をして死んだ。」


「それで?」神山は、わざと振り返らずに言った。 「メッセージは来たんですか?」


「来なかった」


神山は松本大洋の漫画本をひとつ手に取ると、編集作業に使う巨大なテーブルの端に腰かけた。


「死んでみたら気が変わったんでしょう。よく考えたら今更生きてる連中に、親切にしてやることもないな、って。」


とページを繰りながら言った。横目でちらりと長島の表情を見たが、神山のこの態度は、彼には何の影響も与えないようだった。壁とだって話を続けそうだな、と神山は思った。部室に誰もいない時は本当にそうしているのかもしれない。


「他にもこの手の実験は数多く行われてきたんだが、『死者からメッセージを受け取ることができた』と主張する事例でも、ウィジャー板や、自動筆記のような、どうとでも細工ができそうなもので受け取ったメッセージを、公正さが期待できない立会人の持ってきたメッセージと照合している。これでは客観性は確保できない。つまりこれでは誰も信じない」


「ようするにグルになれば、メッセージを合わせることなんて簡単にできるじゃないか、ってことですね」


「その通り。この方法には難点があって、メッセージを預かるX氏という人物が、絶対に我々と共謀していない、という保証が必要なんだ。」


「大学とかでやればいいんじゃないですか?無関係の研究者か誰かがメッセージを預かればいい」


「それも上手くないんだ。メッセージが合致した時のことを考えてみろよ。まず疑われるのはその研究者だぜ?霊感商法を企むペテン師とグルになってると思われる。無関係と言ったってそれを証明することはできないんだからな。これも悪魔の証明だ。他の無関係な研究室で再現実験を何十回も繰り返せばいいのかもしれんが、こんな大して意義もない実験に協力するような変わり者の研究者はそういないからな」


と、変わり者の研究者である長島は言った。特に自嘲する様子はなかったので、代わりに神山が鼻で笑っておくことにした。


「つまり、幽霊の存在が証明できないのは、研究者の無理解が原因だと?オカルティストがいいそうなセリフですね」


「そういう面もあるというだけさ。ただな、神山。その状況はこの先変わるかもしれないぜ?」

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