線香花火は淡く強く

紫月 結乃

線香花火


「ねぇ、花火しようよ!花火!」

年甲斐もなくはしゃぐキミに、思わず顔がほころんだ。


花火を買って、砂浜へ来た。

民宿やホテルの灯りに照らされた砂浜をキミが楽しそうに走った。


「走ると転ぶぞー。」

そう言った俺に

「大丈夫、大丈夫ー!」

なんて言って、結局砂に足を取られていた。


「だから言っただろ?大丈夫か?」

差し出した手を掴んだキミ。その小さな手は少し冷たかった。


それとなく繋いだその手をそのままに、波打ち際まで歩いた。


砂浜に置かれた小さなブランコには観光客がちらほら見えたが、それから少し離れた位置に陣取り、火をつけた。


花火は瞬く間になくなっていった。時の進みは早かった。もっと長くあればいいと、そう強く思った。


「あー、もうこれで最後だぁ。」

キミは露骨に残念そうな声をあげた。その手には線香花火が握られていた。


「でもね、私、線香花火が1番好き。」

今日これまでずっとはしゃいでいたキミが、急に静かな声を発した。

「線香花火の、綺麗でいて、儚いところが好きだな。」

そう言ったキミの横顔は線香花火に照らされていた。


「綺麗だな。」

キミの顔を見たまま、つい呟いてしまった。不覚にも。

「え?私?それとも線香花火が?」

キミが嬉しそうに企むような笑みを浮かべて尋ねてきた。

「…線香花火が、だよ。」

答えた俺に、

「ふふっ。そう言うと思ったー!」

キミは楽しそうに言った。


照れ隠しに俺がつく嘘。この頃にはとっくにキミには見破られていて、キミは俺がそういうことを言えないということを分かって、隣で笑っていてくれた。


だから、普段ならこういうことを言うはずがなかった。


「いや、ごめん、嘘。本当は、横顔が綺麗だなって…、そう思ったんだ。」


そう言ったらキミは一瞬驚いた顔を見せて、その後かわいく笑った。本当にかわいい笑顔だった。


慣れないことをした俺は、後片付けを済ませて歩き出した。

その後ろを小走りで付いてきたキミは横に並ぶとこう言った。


「来年もこうして一緒に花火したいね。」

俺はキミの手を握り、

「当たり前だろ。」

そう答えた。

キミは笑顔で元気よく答えた。でも、その表情に雲がかかっていたことには俺は気づいていたんだ。







「言っただろ。来年も一緒に花火しようって。」

俺の悲痛な心の叫びは沈黙にのまれていった。時計の音だけが響いていた。


まだ、手術中のランプは消えない。もう相当な時間が過ぎたと思っていたのに、まだキミが見えなくなってから30分しか経っていない。


キミが、目の前からいなくなってしまうかもしれない。その不安はいつでもそばにあった。でも、こんなに早くとは思ってなかった。いや、思いたくなかったんだ。普段のキミを見ていると、とてもそんなふうには見えなかったから。


今はただ祈ることしかできない自分が腹立たしい。


キミはあの時言っていた。線香花火の綺麗で儚いところが好きだと。綺麗なものは皆儚いのだろうか。キミも例外ではないのか。頭をよぎった思考をどこかに追いやる。キミを、信じる。


時の進みが遅い。あの時はあんなに短く感じた時間が、苦しいほど長く長く感じる。


キミは今、戦っている。

もう一度俺に笑ってくれ。

ただ、ただ祈るしかできない自分が歯がゆい。


来年、また一緒に海へ行こう。そして、夜は砂浜で花火をしよう。


そんな未来を…。

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