第5話―「全て出会いを求めているというのか?」


 キシリッシュは黒髪の青年サイゾーに言われるがまま、巨大な掲示板に貼られたわら半紙を読んでみた。几帳面に並べられているのを見て、騎士団でも真似……参考にするべきだろう。帰ったら報告時にさっそく提案してみよう。


 いや、それよりも今は調査が優先だ。


 キシリッシュは自分で気がつかない程度に鼻息を荒くしていた。それが任務に対する熱意の表れあったのか、その他何かの感情だったのかは誰にも不明だ。


 そして書き込みのいくつかに目を通していく。


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タイトル「暇です」

ニックネーム「もっくん」

30代前・10月・人間・男・74区

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 ここ数日、仕事が無くて暇だ。

 飲みでも、喰いでも、付き合ってくれる奴を探

している。

 今日は「待機」しているからメールをくれ。

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タイトル「今夜は満月だそうですよ?」

ニックネーム「たゆたう波に煌めく月光」

20代前・6月・人間・男・74区

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 芽吹いた花の香りが漂う季節。

 貴女はいかがお過ごしでしょうか?

 冷たい風の季節は終わり、命の芽吹くこの季節。

 そう春は恋の始まりの香りが漂う季節です。

 さて、わたくしもそんな恋心をいだく一人の男

子であります。

 贅沢は言いません。

 今宵の満月、地平へ沈むまで、ゆるりと過ごし

てくださるお方を探しております。

 わたくしに提供出来るのは、恋の音色と恋の歌。

 貴女の心を癒やします。

 本日「待機」しておりますのでお気軽にメール

を送ってくださいませ。

 貴女の月光より……。

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 大量に貼られたわら半紙の中から、キシリッシュはランダムにいくつか読んでみた。


「こ……これが全て出会いを求めているというのか?」


 キシリッシュは、こくりと唾を飲み込んでいた。よくわからないが、妙に、気になる文章ばかりが並んでいた。そしてその全てが出会いを求めている。


 彼女の周りにはかくも出会いなどという言葉は存在していないというのに、ここには腐るほど転がっていた。


 キシリッシュはその貼られた量に目を回しそうになっていた。


「女性なら無料でこれらの書き込みに返信メールを出せる。あ、メールってのは掲示板専用の手紙だと理解してくれ」


「なんだと?!」


 手紙といえば下人に届けさせるのが普通で、基本的には貴族や騎士クラスの家系で無ければ使わない。人件費を考えたら無料というのは怪しいことこの上ない。


「仮にキシリッシュさんが、どれかの掲示板に返信メールを出したとしよう……そうだな、その先頭に貼ってあるタイトル「暇です」な「もっくん」を選んで、「私も暇です」と書いたとしよう。すると相手が「ではお会いしませんか」とか「文通しませんか」とか「ならお友達になりましょう」とか返信がくるから、それにまた返信をすればいい」


「手紙のやりとりを無料でするとは凄まじいな……」


「その辺はうまくやっている。そうやってやりとりを繰り返しお互いが気に入った段階で会うもよし、会わぬもよし。面倒なら返事を書かなくても良し」


「それは不誠実というものではないか?」


「使い方は自由さ。法を犯さなけりゃな」


「う……」


 青年は意地悪そうに笑みを浮かべた。


「いや待て! それは詐欺に当たるのでは無いか?」


「どこがだ?」


「出会えると歌っておいて、会うも会わないも自由とはどういうことだ!」


「おっと、そこを勘違いしてもらっちゃ困る。俺たちが提供するのはあくまで出会うお手伝いをすることだ。最初から「絶対出会える」なんて一言も言ってねぇよ。さっきだって、会っても会わなくてもいいって説明したろ?」


「それはそう……だが」


「たしか王国法の詐欺罪だが内容は、人を欺いて財物を交付させたり、財産上不法の利益を得たりする行為、または他人にこれを得させる行為……だったな?」


 青年が突然すらすらと王国法の一部をそらんじた事に、キシリッシュは飛び上がるほど驚いた。


 このサイゾーという青年……実はとんでもない人物なのでは……。


「詐欺ってのは、文字通り人を欺いた時に発生する犯罪だ。俺たちは初めからシステム上会えない事も説明しているからな。それのどこが詐欺にあたる?」


「い……いやそれは……」


「しかもラブポイントが何をしてどれだけ減るか、全て別紙に明記している。それ以上を要求したことは一度も無い。なんなら全ての人間に聞き取り調査をしてみるといい……ただし顧客名簿を見たかったら、王国発行の調査書を持ってきてくれ」


 キシリッシュは絶句した。まるで豪商や貴族の法律専門家とやりとりをしているような錯覚に陥る。


 その後、閲覧可能な全ての資料を吟味させて貰い、掲示板システムについても事細かに説明を受けたキシリッシュだった。


 途中からは犯罪捜査をしているというよりも、男女が出会うシステムとして優秀であることにばかり意識が行ってしまった。


「つまりこうすると返信が……」


「なるほどその場合は相手次第……」


「イタズラもあるのか許せんな……なに? トラブルには関知しない? それは……そうだな」


 こんな調子である。説明する青年の嫌らしい笑みには全く気づいていなかった。


「……色々と調べさせて貰ったが。違法性は無いようだな。噂の出所は、会えなかった人間たちの逆恨みといったところだろう」


「理解して貰って良かったぜ」


(これで事実上王国公認だな)


 とサイゾーは内心でほくそ笑んでいたが、キシリッシュにそれを知る術も無い。


「そ……それでなのだが……」


「はい?」


「違法ではないわけだからな?」


「ああ。調査お疲れさんだったな」


「つまりだ。その……」


「うん?」


「私でも……入会は出来るのだろうか?」


 サイゾーは一度目を丸くした後、にやりと笑って敬語で答えた。


「もちろんですとも。入会されますか?」


 青年はそっと会員規約と申込用紙を差し出した。

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