第12話 目撃者達

市場のあちらこちらから景気の良い掛け声が響く。


昼を過ぎ、益々人の往来が増え、その熱気は最高潮に達している。


一昨日、どこかの令嬢が掘り出し物を買いあさっていくというイベントがあった。


その令嬢が目をつけていった店の品は、なぜ今まで見向きもされななかったのか? と言うほど確かに質がよかった。


その噂はあっという間に広まり、今では所謂老舗と呼ばれる店に閑古鳥が鳴き、今までパッとしなかった店の前には長蛇の列……といった具合だ。




そんな中を一人の男が目当ての店に向けて歩く。


男はこのテネウロの町で定食屋を開いている男だ。


今年でちょうど20年目の店には常連客が多くつき、この町で働く者の胃袋を毎日満たしていた。



店の昼ピークをさばききり、明日の仕込みの材料を馴染みの店に買いに行く……いつもの光景だ。


しかし、今日は何か違和感を感じていた。


何か? と言われると、明確には分からないが、いつもと何か違うのである……



「らっしゃい」


「ああ。いつものを頼むよ」


「あいよ」


定食屋の主人がやってきたのは穀物を主に扱っている問屋だ。


長い付き合いで、いつものと声をかければ、買い込む品目は勿論のこと、量も分かってくれている。


穀物屋の主人は大きな麻袋の中から、升のような物で量り、小さな麻袋の中に穀物を移していく。


穀物屋の主人が量り終わる前に、定食屋の主人はいつものように、銀貨1枚と銅貨20枚を硬貨受けへと置く。


長年変わらないやり取りだ。


穀物の値段は勿論日々違う。だが、定食屋創業当時からの付き合いである穀物屋の主人とは、この値段でと手を打っているのである。


この値以上の時には穀物屋の主人が定食屋の分をもってやり、逆にこの値以下の場合には定食屋の主人が穀物屋の分をもってやる。


持ちつもたれつの関係……そういうことだ。


だが、今日は違った。


「じゃ、いつものね。後……こいつはいらないよ」


そう言うと穀物屋の主人は銀貨1枚だけ皿から取り、残りを突き返してきたのだ。


定食屋の主人は、突き返されたこの銅貨を受け取っていいものか悩んでいるようだ。


「とりあえず、しばらくはこの価格でいいよ」


「いったいどうしたんだ?」


「しらないのか?」


「ああ……」


穀物屋の主人は少し辺りを見渡し、人がいないことを確認すると、定食屋の主人を近くに招き寄せる。


「噂はしってるか?」


「……令嬢に目をつけてもらった店が軒並み大繁盛って言うあれかい?」


「違う違う! それにそっちは噂じゃなくて事実だ」


「そ……そうなのかい」


「噂ってのはミビタ商会の事さ」


「それは……知らないね」


「たった一代で、このグレオルグであそこまでのし上がった商売の才能の塊”商神”なんて呼ばれもしてただろ」


「ああ……」


「それと一緒に黒い噂も付きまとってってね」


「黒い?」


「ああそうさ……こんなことをしゃべってるのが商会の連中の耳にでも入ったら、どうなるかわかった物じゃないんだけどね」


「ええ!? じゃあ止めにしないか?」


定食屋の主人は話を中断しようと穀物屋の主人から距離を置く。


「大丈夫だから……ほら!」


しかし、しきりに穀物屋の主人が呼び寄せるので、結局話の続きを聞くはめになってしまった。


「グレオルグは昔から野盗連中が現れてたろ?」


「そうだね。でもそれはどこの国でもよくあることだろ?」


「まぁそうなんだがね」


穀物屋の主人は注意深く辺りを見渡したのち、さらに小声で言葉を続ける。


「ミビタ商会から商品を買った客が、野盗連中に襲われて悲惨なことになることが昔からチラチラあったんだがね……不思議なことに……後日、それとよく似た商品を別の顧客が購入して行くのを見た……と言う者がいるんだ……」


定食屋の主人の顔が大きくゆがむ。


「それは……つまり野盗はミビタ商会の人間だっていうのかい?」


「シッ! 声がでかいよ!!」


「ああ……つい……」


「いいや、噂ではこうさ。野盗連中も確かに存在していて、悪さを働いている。そこを利用して、商品を売り払った後、野盗連中の仕業に見せかけてまんまと商品を回収し、別の客に売りつけてるんじゃないか? って言われてるのさ」


「それは……何というか……すごいね」


「勿論何かしらの才能はあったのだろうが、それだけであそこまでのし上がるなんて無理さ。噂……ではないと思ってるけどね」


「初耳だよ……」


「そりゃそうさ……さっきも言ったけど、商会の人間の耳に入れば、どうなるかわかったもんじゃないからね」


「はぁ……で? その噂と、私と君の長年の付き合い方が変わることに関係はあるのかい?」


「大ありなんだよ……これが」



こんな物騒な話と、自分のなんの変哲もない店のこれからの事にどんな関係があるのか……


明日の日替わりは、常連さんの間でも評判の、オブトビエのレッドプラネス炒めの日だ。


もうだいぶ大きくなった一人娘の大好物でもあるため、いつも一人前は残しておく……


ニコニコと美味しそうに頬張ってくれる姿を見る度に、日々の疲れなど吹き飛んでしまう。



そんな変わらない日常が待っているはずなのだ。


この噂を耳にしたために、そんな日常が壊されるのではないか……


そうは思うのだが、先を聞いてみたい衝動には逆らえなかった……



「ミビタはついにヘマをやった……ってもっぱらの噂さ」


「と言うと?」


「あんたもさっき言ってた”令嬢”相手に、どうもミビタは商売をしたらしいんだ」


「まさか……」


「そう……そのまさかさ……どうやらその令嬢に売った商品の回収に失敗したらしい……」


「返り討ちにでもあったのかい?」


「そこまでは知らない。でも深夜にミビタ商会の近くで怒号を聞いたやつが何人かいるんだとか。終わりだ!! とか、あの女がこんな!! だの、何故バレた!! とかね……」


「穏やかじゃないね」


「ああ……お? ほらみな。あそこ……商会の奴らが血眼になって何かを探してるだろう?」


穀物屋の主人に促された方向を見てみると、ミビタの傍に控えていたのを何度か見たことのある女が市場の中を全力で駆けているのが見えた。


「なんでもミビタの姿が今朝から見えないらしい。商会の売上金と一緒に」


「つまり」


「夜逃げ……ってやつだな」


「はぁ……」


「テネウロの町の実権を握ってたのは結局のところミビタさ。今朝から元締めのミビタがいないもんだから、うちの店にも、良質な穀物が普段よりずいぶん安く流れてきてね。どうやらしばらくはこのままだろうから、長い付き合いのあんたとは、この価格でいいってことさ」


「そんなことが……」


よかった……


定食屋の主人はほっと安堵のため息を漏らした。話自体は物騒だが、この状況が本当ならば、この噂を知ってしまっていても店は平和なまま営業できそうだ。


「でも、事が落ち着けばまたミビタは戻ってくるんじゃないかい?」


「それが……おおっとおいでなさった……ここまでくると確定だろうね。こんな話が漏れてるんだからミビタ商会は終わりさ」


今度は町の入り口の方を指さすので、視線を向けてみる。


「ありゃ……王国兵かい?」


「そうだろうね。どうやらその回収に失敗した商品……本来ミビタ商会が、今来た連中に渡す物だったらしいよ……更に、今までの王国との信頼関係から、困難な仕事を労って”前払い”されていたらしいね」


王国兵はゾロゾロとテネウロの町を闊歩かっぽしていく。


目指す場所はミビタ商会だ。


隊列の中に立派な馬車が見える。中に乗っているのは大臣などの役職持ちかもしれない。



「終わり……だうろね」


「ああ……終わりだろうさ」



2人の主人はこの町……いや、この国の大商人が、大罪人にかわる瞬間を目の当たりにしたのだった。


―――――――――――――――

あとがき


読者の皆様へ

いつもご愛読ありがとうございます!

先日よりお知らせしておりました【電撃≪新文芸≫スタートアップコンテスト】に応募いたしました。

本日より読者選考期間となり、期間中に頂いた☆評価などが選考結果に反映されます。


この小説を応援してもいいかなと思っていただけた方がいらっしゃれば、御力を貸してください。

自分は満点評価のみしか受け付けないなど決してありません。

読者の皆様が感じてくださったままの評価をしてくださればありがたいと思っております。

何卒よろしくお願いいたします。



本編補足


・ミビタ

商才はあったのだと思います。

偶然手に入れたあのルーペを上手く使い、商会をある程度の規模までは大きくしていました。

ただ、この国でそれ以上のし上がっていくための手段のとして彼がとったのは、お気付き読者の方もいらっしゃったと思います。裏で暗躍できる私設部隊の設立でした。

このことを知っていたのはミビタと私設部隊員のみです。

正攻法では王子の部隊には及びませんが、奇襲などの戦法に長けた集団であるため、この部隊の策にはまると王子の部隊でも手を焼くでしょう。

そして、現在行方不明です。

王国から指名手配され追っ手も放たれている上に、リプスにも追われていると思っている為、もう表舞台に出てくることはないでしょう。


・リプス

超、超ご機嫌です。

レオンの思い描いていた以上の効果を持った道具を、想定数以上手に入れることができたためです。

村に帰ってレオンに褒めまくってもらう想像で頭の中がお花畑です。


ミビタ……気が付いてません!

普通に感謝してます。


え? じゃあなんで伝言頼んだか? 

……テネウロの町に帰るっぽいですからね……じゃあついでに……

”御返しをいたします”怖くない方の御返しなんです……

伝えなさいとの念押しも、必ず伝えてほしいから……でした。

勿論ちゃんと伝えてくれないと嫌なので、威圧しまくってますが。



でも、普通あんな連中に商会への伝言なんて頼みませんよね。

仕方ないんです……リプスにとってはその辺に歩いている村人に毛が生えたほどの強さとしか認識できないのです。


頭の中のお花畑具合と、この認識のせいで、物騒な連中を商会に送るリスクを失念しています。


結果として……テネウロの町を、裏で牛耳っていた男から解放させました。

上がこの町の支配体制を再構築するまでの間は、きっとより活気にあふれることでしょう。



・フレム

とんでもなく速い荷馬車に揺られながら、いいつけ通りしっかりと手綱を握り前を見つめます。

揺れが殆ど無いとはいえ、フレムのような人物には経験したことのない速度だと思いますので、悲鳴を上げる、最悪気絶する……そうなってもおかしくないです。

ですが、フレムは険しい表情のままアロクネロスと一緒に村を目指します。


使命感はもちろんですが、残したリプスの身を案じている部分が大きいのでしょう。


そんなフレムが大絶叫しました……


宣言通り追いついてきたリプスが、並走しながらフレムに声をかけてきたのですから……

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