第10話 未来への希望

女性によって開かれた扉の先は、中々に広い空間だった。


集会場などに使われていた場所なのかもしれない。


「待って~~!!」

「や~だよ~! こっこまでお~いで!!」


「トールはお父さん役ね」

「うん。わかった」

「お父さん? 遅かったね。 狩り……うまくいったの?」

「うん! 大物がいて苦労したんだ……でも!」


「ここに……虹を描いて……あ! パパとママも描こう!」


そんな場所の中にいたのは、元気に遊びまわる子供達だった。


ざっと見ただけでも40人くらいはいるだろうか……?


まるで、幼稚園や保育所のような……


そんな雰囲気だ。


しかし、窓という窓には頑丈に鉄板が打ち付けられ、


更にその上からも木材などで補強……


まるで要塞の中にでもいるようだ。


この2つの状況があまりにもかけ離れすぎているため、


下手な合成写真を見せられた時のような違和感を感じずにはいられない。



「…………パパ……ママ……」



微かに聞こえたその声の方向に目を向けると、


部屋の隅で小さくなり、静かに泣いている子供もいた。


「ネリイ……大丈夫だよ」


先程のエマと呼ばれていた少女が、泣いている子供の側に寄り添い、慰めている。


子供が……子供を……



奥には調理場でもあるのだろうか?


人の気配がして、かすかにだが、


何か食べ物を調理する香りがこちらにも届いている。



子供達をもう一度見渡してみる。


やっぱりだ……


エマと呼ばれていた子供を筆頭に、


確かに通常の子供達からすれば少し細身な印象は受けるが、


この女性のように”酷い”そんなイメージを受けはしない。


走り回っている子供達がいることを見ても、概ね健康であることは間違いない……



「正直、村の印象が……だったから、驚いた。こんなに元気な子供達がいるんだな? ここで子供達を預かってるのか?」


「預かっている……そうですね。そう言うことになるのでしょうか……」


女性の言葉には含みがある。


「そう言うことになるとは??」


「ここにいる子供達の両親は今この村にはいません……」


「この村にいない……なぜだ?? この状況を打破するために何かやってるとかか?」


一瞬、孤児……


そんな言葉が頭をよぎりはしたのだが、それならば亡くなったなど、


ストレートに両親はいない。


そんな表現になるとは思うが、


この村にはいないと言う表現を使った以上、そう言うことではないんだろう。


「それが……2年半ほど前でした。この辺りを統治する領主様の御命令で、領地内の村全ての男衆と、若干の女性を徴集するとのことで……兵士の方々が有無を言わさず、その日のうちに皆を連れて行ってしまいました……それ以降、特になんの音沙汰もなく……残されてしまった子供達を、残された私達でなんとか面倒を見ているんです」


「な…………?」


俺はあまりのことに絶句するしかない。


「男衆がいませんので……狩猟に出ることもできず……モンスターに対処することもできません……賊が迫ってこようとも……私達にできることは引きこもるだけなんです……それでも! 子供達はこの村の宝です! 未来への希望なんです!! それなのに……なんの前触れもなく、両親から引き離される……そんな悲劇……これ以上……子供達には、辛い思いをさせたくないんです……」



「あ! フレムママ!!」



女性が声を荒げたため、中の子供達が女性の存在に気が付いたようだ。


どうやらフレムと言うのがこの女性の名前なんだろう。


そして、傍らにいる俺達にも自然に視線が集まる。


「わ~! お兄ちゃんとお姉ちゃんだ!!」

「キレー!!」

「お兄ちゃんカッコイイ!!」


そんな感じで騒ぎながら俺達はあっという間に子供達に囲まれてしまった。



「おいおい……引っ張らないでくれ……」


子供達は物珍しいだろう俺達に、容赦のない好奇心と言う本能をぶつけてくる。


俺のコートをひぱってみたり、なぜか手を360度くまなく確認されたり、


ベルトのバックルをつつきまわされたり……


ホルスターに興味を示し、何かの棒を突っ込まれてみたり……


もうそれはそれは多方面からのアプローチだ。


イヴはそんな危険を早々に察知したのだろう。


俺の肩の上によじ登って避難し、興味深そうに子供達を見下ろしている。



「尻尾だ~!」

「お耳も違う!!」



動く尻尾を捕まえようと飛び跳ねるのだが、


捕まる寸前でイヴがかわすため、子供達は代わる代わる飛び跳ね続ける……


飽きることのない子供達の尻尾への興味の視線と、


イヴの子供達への興味の視線が見事にクロスしている。


これはこれで面白いな。



あ! ヤバイ……


リプス達って確か他人から触られるの拒絶するんじゃなかったか!?


俺は慌ててリプスを見る。


「お姉ちゃんの髪すごいサラサラ! それにピンクで可愛い!!」

「お姉ちゃんのお耳はなんでとんがってるの?」

「お姉ちゃんいい香り!!」


子供達は俺にやっているように、好奇心MAXでリプスに触れまくっている……


俺はチラリとリプスの表情を盗み見る。


以外にもリプスの表情はとても穏やかだった。


「レオン様? どうかされましたか??」


「い、いや……触られてるけど大丈夫なのか……と思って」


「子供達には悪意はありませんし、何よりレオン様が友好を築こうとしている者達です。大丈夫ですよ?」


そう言ってリプスは少し笑う。


正直ドキッとした。


子供と戯れるリプスは……すごく魅力的に思えた……



「ほら……皆? お兄ちゃん達困ってるから、その辺りに……」


子供達にフレムママと言われていた女性の姿勢が、


そんな言葉の途中で大きく崩れる。


何とか踏みとどまろうと足を出した様だが、


その足にも力が入らず、女性はそのまま倒れこんでいく。


「イヴ!」


俺の言葉にイヴは俺の肩から飛び上がる。


そして俺は倒れていく女性が床と頭をぶつける寸前の所で抱き留めた。



「おい! 大丈夫か??」


抱き留めてみると凄い汗だ。


だが、体が熱い……そういう感じではない。


「ママ!!」


俺の腕の中の女性の元に、エマと言う少女が詰め寄ってくる。


この子はフレムママって言わないのか?


もしかして……


「君のお母さんなのか?」


俺の問いかけに、


「うん! そうだよ!! ママ!? どうしたの?? ママ!!」


意識が朦朧としているのだろう……


少女の呼びかけに答えようとしてはいるのだが、その視線はおぼろげだ。


「エマ……ラケル……オーグ……」


家族の名前だろうか?


エマはここにいるとしても、残り二人はいるような感じではない。


幻覚でも見ているのかもしれない。



「何ですか? 貴方達は!?」


この騒ぎに恐らく奥で調理をしていたと思われる女性が姿を現す。


この女性も……


やはりフレムと言うこの女性同様にひどくやせ細ってしまっている……


そして、俺の腕の中で倒れている女性を目にしたようだ。


「フレム! ああ……」


そう言いながら女性も詰め寄ってきた。


「急に倒れたんだ。意識は極僅かだが、まだある。原因がなにかわからないか?」


突然現れた俺達と、倒れてしまったフレムと言う女性の有様に、


かなり混乱しているのだろう。


せわしなく俺と女性の間で視線を動かしてはいたのだが、


どうやら気を取り直した様だ。



「村の保存食が無くなっていくにつれて、私達はできるだけ食べず、子供達が辛い思いをしないよう、優先して食べさせていました。そんな中でもフレムは、更に食べないようにしていたので……勿論! やめるように村のみんなで説得はしていたんです……でも、聞かなくて……」



そこまで……


ここには我が子だっているんだぞ?


我が子と我が身を優先するどころか……そんな……



しかし、と言うことであれば……


脱水症状か低血糖症って可能性が高いんじゃないか?


何か食料があれば……


そうだ……


「リプス! イヴ!」


「はい?」

「なぁに?」


「リリスからもらったサンドイッチ。すまないがこの女性に与えたい。構わないか?」


俺の鞄の中にはリリスからもらったあのサンドイッチが入っている。


これは、眠ってしまって食べることができなかった、リプスとイヴの分。


そして、俺への弁当と言うことでもらっていた。


鞄の中にしまっておけば腐らないから好きな時に食べて……とは言われていたが……


「レオン様の思う様にしていただいて大丈夫ですよ。それに私達には本来意味のない物ですので」


リプスの表情はやはり穏やかだ。


「う~~……う~~~~~~……う~~~~~~~~~~~~~………いいよ」


それに引き換えイヴは口から涎を垂らしながら唸ったのち、


最終的には同意してくれた。


すまないな……代わりになんか作ってやるから……


2人の同意を貰い俺は鞄からまず水筒を取り出す。


これはアレアと出会ったあの湖で汲んだ水だ。


意識を失っているものにいきなりパンを詰め込むなんて馬鹿な真似はしない。


「さあ、水だ。 飲んでくれよ……」


力なく開いた口に少しずつ水をむせないように注意しながら流し込んでいく。


すると、女性は少しずつ水を飲み、


水筒1本分の水を飲み終えた頃、徐々に女性が意識を取り戻した。


「次はこれを食べるんだ」


俺は女性にリリス特製のサンドイッチを差し出す。


女性は驚いて目を丸くする。


見たこともない料理と言うのは勿論だろうが、


鞄のおかげで、


”今作りました!”


そんな状態のサンドイッチだ。


パンの間に挟まれた肉やクヴェルナがとんでもなくいい香りをあたりに漂わせ、


フレムと言う女性をはじめ、調理をしていた女性、


そしてもちろん子供達からも生唾を飲み込む音が聞こえてくる。


だが、一番大きな音を立てていたのはイヴだった……



開きかけた口がサンドイッチをほお張ろうとしたその時、


「子供達に……あげてくれませんか?」


そう言って口を閉ざしてしまった。



自分が倒れても尚子供達か……



「ダメだ。 あんたが食べろ」


俺は少し強めの口調でそう告げなおす。


「そんな……子供達を差し置いて……」


「あんたの言う通り、これを子供達にやることは簡単だ。だがな、これを食べずにあんたがこのまま弱って……そうなったら残された子供達はどうなるんだ? これ以上辛い思いをさせたくないんじゃなかったのか?」



子供ながらに家族を失う辛さ……


家族同様に過ごしてきた人を失う辛さ……


俺は嫌と言うほど知っている。



「子供達を優先する気持ちは立派だと思う。だがな、やりすぎてあんたが……そうなると、こんな村の状況で、残された子供達に待っているのは十中八九悲惨な運命だ! まず、あんたが食って体調を戻せ! 心配するな。子供達の分は後で何とかする」


女性の目が見開かれた。


「ほ、本当ですか!? 子供達の食料……手に入るんですか!!??」


まだ辛いだろうに……女性は無理に起きたため、また少し目まいを起こす。


「ああ……誓う。必ず子供達に食料を届けてやる。だから、まずあんたが食べるんだ」


「ああ……」


そう言うと女性は涙を流しながら、俺の言いつけ通り、サンドイッチを頬張る。


「おいしいです……」


「水はまだある。ここに置いておくから必要ならこれも飲め」


俺は水筒を3本取り出し、目の前に置く。


「あんたもろくに食べてないんだろう……」


「え?」


奥の調理場から出てきた女性にもサンドイッチを渡す。


「いいんですか!?」


「いい。さっきも言ったがあんた達が倒れたら、子供達は誰を頼ればいい?」


「……ありがとうございます」


そう言うと、またその女性もサンドイッチ頬張り、水を飲みながら涙を流した。



2人が言いつけ通りサンドイッチを食べ始めたのを確認し、


俺は子供達へと向き直り、片膝をつく。



「皆……すまないな。兄ちゃんが持ってる食べ物はあれだけなんだ」


サンドイッチを指をくわえたまま、食い入るように見つめていた子供達が、


俺のこの言葉を聞き、あからさまに落ち込んでしまった。



「でもな……皆のお腹がすくように、大人だってお腹がすくんだ。エマだったな?  エマくらいの年になれば、そんなことはわかるだろ?」


「え? う……うん、勿論」


いきなり声をかけられたエマは驚きの表情を浮かべはしたが、


すぐに同意してくれる。


「よし! だからな……あの食べ物は大人達にあげてくれ……いいか?」


俺は子供達に問いかける。


「うん……!」

「わかった」

「はい!」


恐らくエマが最年長だろう……


そんな子供達が各々しっかりと返事をしてくれる。


恥ずかしがり屋なんだろうか?


返事をしない子も、恥ずかしそうに手を挙げて答えてくれた。


皆いい子達だな……


「安心しろ。今から兄ちゃん達が皆の分の食料を用意してきてやるから! それは遠慮せずに食べていいからな」


子供達の目がキラキラと輝く。


「本当?」


「ああ、本当だ」


「どこから持ってくるの?」


「狩りに出ようと思ってるぞ」


「気をつけてね!」


「ありがとな」



そんなやり取りを子供達としていると、


「あの……」


サンドイッチを半分ほど食べ終わったフレムと言う女性が声をかけてきた。


「どうだ? 少しは落ち着いたか?」


「え……ええ……」


「そうか。 よかったな」


女性は意を決したように口を開く。


「どうして……こんなことをしてくれるのでしょうか? 大変ありがたいですが……御礼など差し上げれる状況ではとても……」


「理由か?」


「はい……」


俺はゆっくりと振り返り、



「俺が助けたいと思ったからだ……見返りは求めてない」



そう……


俺は待っていたんだ……


世間と言う大きな流れに飲み込まれ、


俺の家族を奪ったあの事故が……


日々、次々とあふれてくる新しいニュースに埋もれていく……


忘れないでと声を上げれば上げるほど、


徐々に世間からの視線は、


”可哀想な人”


そんな冷たい物へと変化していった。



そして、そんな大きな流れを利用し、強大な力で裏から手をまわし……


事故をなかったものにされた……




助けてほしかった!




力のある誰かに……


弱者である俺の声を! 叫びを!!


聞いてほしかった――――



だが、現実は違った。


誰も助けてはくれなかった……


力を持つものなど現れなかった……



でも!


今俺は”力”を持った。


俺があの時切望した存在に俺自身がなれたんだ……




俺は助けたい。


弱者を。


俺は裁きたい!


力を振りかざし、弱者を食い物にする最低な野郎共を!!



あの場所でも強く想いはしたが……





「信じてくれなくてもいい。だが、俺は自分に正直に生きたい。俺はこの村を助けたいと思った。でも、信じてほしい……俺が必ずこの村を、元の姿に戻してやる」



俺はフレムさんへと手を差し出す。


「ああ……神様……」


フレムさんはそう呟き、しっかりと俺の手を取るのだった。




――――――――――――――

あとがき


己の信じた正義――

あの場所での強い想いは、

それを貫く覚悟へと変化しました。


ルクスに落とし込まれた”劇薬”は、


この世界にどんな変化をもたらしていくでしょうか?

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