第28話 はめられたレオン……


「よ~し、あと1つだね」


リリスは作業に没頭していたので、俺は邪魔することなく隣でコーヒーを楽しんでいた。



「ふ………あ~~~~」


声のする方に目をやれば、イヴが犬の様に伸びをして目を覚ましたところだった。


「よく寝てたな」


「あ! レオン様おはよう!!」


イヴの寝起きは良いらしく、まるで太陽の様な笑顔をこちらに向けている。


「あのね! ボクね夢見てたの!!」


「ほぉ。 どんな夢だったんだ??」


するとイヴは目をキラキラさせながら


「す~~~っごく柔らかくて、ふわふわで、いい匂いがするお菓子の夢!!」


「なるほど……」


俺は思い当たる節があり、その対象へと目を向ける。


「ん……」


その対象もイヴの元気な声で目を覚ましたようだ。


「私眠ってしまっていたのですね……」


こちらはイヴとは対照的に静かな目覚めと言った感じだろうか。


「な!?」


しかし、そんな目覚めは自らの声で変化した。


「私の胸元が……粘性を持った液体でベトベトに……」


どうやらリプスは自分の胸元の有様に困惑している様子だ。


そりゃそうだろう……


誰だって目が覚めて自分の胸元が涎まみれになっていれば困惑する。


しかし……粘性を持った液体……なんともまぁ……な表現だな。


そんなリプスの様子をその惨事の犯人は指をくわえて不思議そうに見つめていた。



「え……? あの幸せな出来事は……夢だと思っておりましたが……まさか現実?」


リプスはそう言いながら俺に熱を帯びた視線を送っている。


「なんだ……? なにが現実なんだ?」


「ああ……そんな……レオン様。私の口からその様な……ですが、レオン様からの言いつけです」


しばらく内股になりながらモジモジしていたリプスは覚悟を決めたように俺を見据える……


これは……


「レオン様が……私の胸を……ていね……」

「その胸元の涎の原因は俺じゃないからな!!」


皆まで言わせず、即座に否定した。


そして、その胸元の原因がイヴの仕業だとわかったリプスは心底残念そうにしていた。


ごめんね? と謝るイヴに、やはり愛情は感じているんだろう。


”いいんですよ”


そう言いながら、リプスは優しくイヴの髪を撫でていた。



あ、そう言えばリリスに作ってもらったリング、二個はもう完成してるんだよな……


残りの一個もさっきまでの感じで行けばもうすぐ完成だろうし、


先に二人に渡しておくか。


「リプス、イヴ」


俺は声をかけ、カウンターの上に置かれていたリングを軽く投げ渡す。


二人はそれを受け取ると、不思議そうにリングを見つめている。



「リリスに頼んで作ってもらったんだ。俺の分ももうすぐできるだろうから、つけてみてくれ」



「ん~? これ何処に着ければいいのかな??」


どうやらイヴはリングの使用方法がわからないようだ。


「あ~……それはな……」


俺がリングについて説明しようとした時、



「イヴ……イヴはレオン様のこと、大切ですよね?」


リプスによって遮られた。


「え? うん! と~~っても大切!!」


突如問いかけられたイヴは驚いた様子を見せたが、


俺に関する質問に気を取り直し、即座に返答している。


「そうね」


そんなイヴの返答にリプスは非常に満足そうだ。


「一生レオン様の御側にいますよね?」


「一生いる!!」


この即座の返答にも深く二度うなずき、満面の笑顔でイヴに返している。


なんなんだ?



「でき……」


ん? リリスがなんか言ったか?


そう思い俺が後ろに振り向こうとした時、


とんでもない言葉を聞き、リプスの方へを首を向けなおす。


「そう……であれば、大切な殿方……私達の生涯の主人であるレオン様から指輪をいただけたんですから……私達二人が着ける場所は決まっているんですよ?」


「そうなの?」



おい……待て……なんか話がおかしくないか??



「イヴ……左手を出してくださいますか?」


「ん? はい!」


リプスの誘導になんの迷いもなく左手を差し出すイヴ。



「レオン様のいた世界では、愛する殿方から頂いた指輪はここにするものと決まっているの。左手の薬指……私達がレオン様の物であるという証……そして、レオン様も私達の主人であることの証明として、同じ場所に指輪をつけるものなの」


そう言いながらイヴの左手薬指に指輪をはめ込んだ。


「わー! ピッタリ!!」


イヴははめ込まれた指輪を見つめながら喜んでいる。


そりゃピッタリだろうさ……そう言うリングなんだから!!


「よく似合ってますよ」


にこやかにそんなことを言うリプスの左手薬指にも、


既にしっかりとリングがはめ込まれていた……



どうすんだよコレ……


完全に勘違いされてるじゃないか……



俺がこの現状をどうするか頭を悩ませていると、


「ほっほ~……」


リリスがそんな声をだした。


「どうした? リングできたのか?」


「ん~? あ~~……ごめん、ごめん! あと一工程忘れてた」


そう言うとリリスは再び魔法陣の上にリングを置き、作業を再開した。



視線を二人に戻すと、


”イヴ……二人でレオン様の御力になっていきましょうね”


だの


”リプスとならレオン様を半分こでもボク嬉ししいよ!”


など……


もう完全に修正不可能なほど二人の勘違いが出来上がりかけていた……


なんて言えばいいんだ。



いや……普通にそれは”言語理解”と”気配減少”の効果を持ったアイテムだって言えばそれまでか。


二人に悪い気もしないでもないが、それが事実だしな……


ちゃんと伝えないと……


そのためにもまず、俺は違う位置にリングをはめなければ……



「よし! 出来たよ!! ちょっと機能するか試しにはめてみるけど、レオン君さっき左手にはめてたよね?」


「ああ……そうだ」


「オッケー! じゃあちょっと失礼するよ」


リリスは返答も待たずに俺の左手をとる。


とりあえず完成したら、二人を止めて……


視線を二人に向けたままだった俺の指にリングがはめ込まれる。


しかし、その感触が伝わってきたのは人差し指では無かった。



「デロデロデロデロデロデロデロデロデ~~デロロン♪」


リリスが何やら訳の分からない音楽を口ずさむ。


「ちょ!? 俺がはめ込んでた位置そこじゃないから!! それになんだよその不気味な音楽!」


リリスによって薬指にはめ込まれてしまったリングを慌てて抜こうとする。


しかし……先ほどとは違ってリングはビクともしなかった。


「は? なんで!!??」


力ずくで抜こうとしても変化はない……



「レオン君は呪われてしまった」



そしてリリスが聞き捨てならない台詞を棒読みで口ずさむ。


「どういうことだ?」


俺の問いかけに、リリスはニヤニヤと笑いだした。


「レオン君の国ではそんな風習があるんだね~。特別な美女からあんなにも熱烈に思われてるんだから、答えてあげるのがおことってもんだよ。レオン君のだけ、ちょっと細工したんだ~……そのリング外れないから。二人の事、よ・ろ・し・く・ね」


なんて……爽やかなウインクをしやがるんだ……


「え? マジで??」


「マジで」


無表情の俺と、満面の笑みのリリスはお互いに無言で見つめ合う。



「レオン様」

「レオン様~~!!」



そんな俺の元に、また違う満面の笑みで二人がやってきて、


「嗚呼!! レオン様。 やっぱり!!!」

「本当だ! リプスの言った通りだ! やっぱりレオン様もそう思ってくれてるんだね」


俺の左手を見て、そのテンションは数倍にも膨れ上がり、


ギュウギュウと二人で俺に抱き着き、喜びあっている。



もうだめだ……


これは完全に修正する機会を失った。


ここまで持ち上がった二人にあの言葉をかけると、


きっと想像を絶する奈落の底へと突き落とすような行為にも等しいのかもしれない。



こんなにも喜んでいる大切な二人にそんなことをするのは非常に酷だ。


それに、自分自身この状態が嫌なのかと言われると、嫌ではない……


しかし、これは……


リリスにはめられた……と言わざるおえない……



こいつ……完全に俺がどういう行動をとるかわかってやったな……


リリスは俺の視線に気付き、したり顔だ。



「二人の事……よろしくね? レオン君」


先程とは違う口調の念押しに、


「…………言われなくても」


俺はリリスに白旗を上げた。






上機嫌な二人に左右から挟まれ、既に事の成り行きに身を任せた俺は、


”レオン様……本当にうれしいです”

”ボクね~! 大事にするね!!”


そんなことを言いながらいまだにリングを見つめ続ける二人に相づちを返しながら、


冷めかけたコーヒーを飲み、なんとか気持ちを穏やかにしようと努めていた。



そんな俺達を、やわらかな笑顔で見つめているリリスに気が付いたので、


まぁ……いいかと、思えるまでにそう時間はかからなかった。




気を取り直し雑談を続ける俺の耳に、どこからか、


キラキラと言った感じの美しい音色が聞こえてくる。


俺に聞こえるくらいなので、もちろんイヴはとうの昔に気が付いていたようで、


そちらの方向に耳を立ててジーッと見つめていた。


「ああ……案外早かったね」


俺達の様子に気が付いたリリスは、音の正体に思い当たる節があるようで、


「ご苦労様」


そう言ってそちらに声をかける。


すると、手の平に乗ることが出来そうなほどの大きさの


妖精フェアリー


そう表現するのが最も自然に思われる、


透き通った羽を4枚持ち、美しい金髪の長い髪をサイドでまとめた可愛らしい妖精が姿を現した。


服装も淡い色が多く、可愛らしい印象は受けるのだが、以外にも肌の露出は多めだ……


しかし、腰にパレオの様な物を巻いているため、派手なイメージは抑えられている気がする。



少し恥ずかしそうに俺達の方に視線を向けながら、


はためかせるたびにキラキラと輝く音と、


その音を表すように、鱗粉りんぷんの様な光の軌跡を振りまきながら、


リリスの周りを二周ほど飛行すると、そのままリリスの肩にちょこんと腰かけた。


そして何やらヒソヒソとリリスに耳打ちしている。


「え? まだ整理する物無いかって?? 本当に整理するのが好きだね~。ん~……」


リリスは少し考える素振りをみせ、


「ごめんよ……生憎、今は君達にあげられる仕事は無さそうだね」


その言葉を聞き、妖精はションボリと肩を落とす。


少女趣味なんて持ち合わせていなかったはずだが、


その姿に俺は、人形を可愛いと言って遊ぶ女子達の気持ちが少しわかった気がした。


「ほら……落ち込まないの。そうだ! とっておきの花の蜜が手に入ったんだ。これをあげるからもっておいき。 皆で食べるんだよ?」


リリスは鞄からハチミツの様な液体の入った、なかなかに大きな瓶を取り出した。


昔駄菓子屋で飴なんかがいっぱいに詰め込まれていた瓶くらいの大きさか……


でもそれいっぱいに液体が入ってるんだぞ?


重量を考えるとそんな物を渡されても、妖精の体格じゃ持っていけないだろう……



しかし俺のそんな心配をよそに、妖精の表情がパッと明るくなる。


そして、リリスの周りを回ったように、瓶の周りをクルクルと飛行すると、


液体が満載された瓶がリリスの手からフワリと浮き上がった。



リリスに頭を下げ、その後恥ずかしそうに俺達にも手を振りながら、


入ってきた扉の方に飛び去って行く。


そして妖精の後を追う様に、液体がいっぱいに入った大きな瓶もフワフワと飛び去って行った。



「驚いたかい?」


飛び去った後もそちらを見つめたままの俺にリリスが声をかける。


「え? あ……ああ。本当に魔法ってのは俺が元の世界で持ってた常識ってのをことごとく裏切ってくれるなってな……」


「ん~……あの子のは魔法って言うよりは特殊能力って言った方が近いんだけど、まぁ似たようなものだね」


「なんか整理がどうのこうの言ってたが、もしかして?」


「せいか~い! あの子達はね、”空間の調律師ラオム・ピクシー”って言うんだけど、とにかく整理整頓が好きな妖精でね。商品の仕分けや陳列なんかは基本的にあの子達がやってくれてるんだよ。あー勿論身体の大きさがアレだからね、運べる大きさや重さに限界なんかはあるんだけど、あの子達の特殊能力なら商品には触れないからね。そういった点でも家の商品達とは相性がいいのさ。で、レオン君が持ってきた略奪品の整理もあの子達に頼んでたってわけ。それにしても、よくここで仕分けして貰おうって考えついたよね?」


「あ~……それはな……あの倉庫みたいな店の方の商品の数、半端なかったからな……店にはリリス一人しかいないようだったし、あれだけの数だ。流石に手で一個一個並べてないだろう……って思ってな。そう言う魔法なんかがあるんじゃないか? そう考えたのさ」


「なるほどね~」


リリスはうんうんと頷いた。


「そう言えば蜜を皆で食べるんだよって言ってたが、さっきの子以外にもいるのか?」


「うん、いるよ。 さっき姿を見せたあの子以外に11人いる。私の同居人さ」


「あの倉庫みたいな店にいるのか?」


「そうだね~。基本的にはあの店で陳列変えたり、掃除したりしてくれてるかな」


「へ~……でも、俺が初めて店に行ったとき、姿は見えなかったな……」


俺がリリスと初めて会った時のことを思い返していると、


「そりゃそうだよ。あの子達の種族は基本的に極度の恥ずかしがり屋さんだからね。人知れず、活動するのが普通なんだよ。レオン君が入ってきたのに気が付いて奥に引っ込んでたんじゃないかな?」


「なるほどな……」


俺は昔姉ちゃんが読み聞かせてくれた”小人とくつ屋”と言う絵本を思い出した。


多分あんな感じなんだろな。


「でも、さっきの子は?」


恥ずかしそうにはしていたが、俺達の前に姿を見せてくれてたぞ?


「あの子はね、空間の調律師ラオム・ピクシーの中ではかなり珍しい子だね。誰の前にも……ってわけにはいかないんだけど、他の種族と関わってみたいって言う好奇心がかなり強い子でね。でも、やっぱり恥ずかしくて、結局は関われない止まりなんだけどね。でも、まだこの店に来るようになって日の浅いレオン君達の前に姿を見せるなんて……三人のことが気になるのかもしれないね! 常連さんでもあの子達の事、知らないって人が殆どだからね。もしレオン君達がよかったら……だけど、あの子が近寄ってきたら優しく接してあげてくれると私はうれしいかな」


「了解した」

「かしこまりました」

「は~~い!」


俺達はリリスに揃って返事をした。


「あ~! でもレオン君達からは寄っていかないこと。本当に恥ずかしがり屋だからね……多分心が折れると二度と顔出してくれないかもしれないから……」



「わかった……心に留めておく。リプスは……いいか。イヴ? 動きにつられて妖精に飛びついたりするなよ?」


「うん! がんばる!!」


アレアの時、あのままだと確実に飛びついてたからな……


心配だが、まぁいざとなれば俺かリプスで止めればいいか……


パタパタと嬉しそうに尻尾を揺らすイヴの決意を、俺達は温かく受け止めるのだった。





「これで最後かな?」


「ありがとな」


空間の調律師ラオム・ピクシーによって整理された略奪品の最後の小袋をリリスから受け取り、


俺は自分の鞄へとそれをしまい込む。


「よし! じゃあルクスにもどるぞ」


「はい」

「は~い!」


十分に休養が取れたのだろう。


二人もニコニコと俺の後について店の入り口へと歩みを進める。


「また何かあれば気軽に来てくれてかまわないから」


見送ってくれるのだろう。


リリスが俺達の側へとやってきた。


「ああ、その時はよろしく頼む」


「ほら! そんな所に隠れてないで……気になるんだろ? 出ておいで」


ドアノブに手をかけたとき、リリスが店の奥へと声をかけた。


するとあの妖精が、また恥ずかしそうにしながらこちらへとやってきて、


そしてそのままリリスの後ろに回り込む。


「ほら? レオン君達出発するって! 挨拶してみたら?」


そう促され、リリスのサラサラの髪の毛を掻き分けながら、


妖精がひょっこりと顔を出した。


「整理、ありがとうな。 お陰で助かったよ」


俺は出来るだけ優しく妖精に問いかけ、


「ありがとうございました」

「ありがとう」


俺にならって二人も妖精にお礼を言う。


そんな俺達を見て、少し戸惑っているようだが、


「…………バイバイ」


はにかみ笑いを浮かべ、小さな手を振りながら、そう言って見送ってくれる。



三人で妖精に手を振り返し、今度こそ俺達はルクスへと戻るべく、リリスの店のドアを開くのだった。























































































「~~~~~~♪♪」


レオン達が去った店内にリリスの鼻歌が響き渡る。


どうやらかなりご機嫌のようだ。



カチッ!!



「あ……いけない、いけない……」


食器洗いをしていたリリスは、右手で持っていたスポンジのような物を置き、


心配そうに食器を見つめている。


「よかった、傷にはなっていないみたいだ。位置変えたから気を付けないとだね…………」


リリスは左手の指を少し意識する様子をみせながら、


「~~~♪~~♪」


再び食器洗いを再開するのだった―――




―――――――――――――――――――――

あとがき


なんかこのエピソード書いてて、作者的にすごくまとまった感があるんです。

で、第一章ってくくりにして、次回から第二章1話って感じにするか、

それをしないで第29話って感じにするか悩んでます。


読者の皆さんはどちらがいいと思います?

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