健忘のイモータル
田中
第1話
西暦2116年
ーー世界は、ロボットと超能力によって支配されていた。
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「…ここは?」
最初に目を開けた時、俺の眼球に色覚情報として入ってきたのは、緑(・)だった。
そして、いつものように段々と視界が広けてきて、いつものように目の前の白い靄(もや)が晴れていく。そこでやっと、俺の目の前にある緑の物体が、植物であることを理解した。
「ここは森…か?」
俺は自分がさっきまでいた所と、現在いる場所との光景の格差に、慣れていることとはいえ、正直、驚きを隠せなかった。第一、さっきまで夜中だったのに、今の時間帯といったら、明るさからして、おそらく明け方?である。
俺は辺りを見回す。
木々や草が所狭しと、また、空が見えないくらい、高く、深く生い茂っていた。
その木々たちには、緑色の苔が生えてたり、植物の蔓(つる)が複雑に絡んでいたりしており、森というよりは、どちらかというとジャングルのような印象を受けたーー
ーーというかジャングルだと思う。ここ。さっきからなんかジメジメして蒸し暑いし。
それに、どこからか獣の雄叫びみたいなのも聞こえる。
ここで俺は、今、自分が置かれている状況をようやく理解した。
「はあ、またか…」
そして、俺はため息を漏らした。
おいおい勘弁してくれよ。何だってこんな夜中に…ゲームの次はジャングルかよ。と彼は不平不満を漏らす。
せめてこの超常的現象が、異世界転移とかだったらな。とつくづく思う。
いや、ここも一応、異世界っちゃあ異世界なのか?
だがしかし、俺が求めているのは、亜人なんかがいて、魔族やらがいて、帝国なんかがある実力主義の世界。
ーー剣と魔法の世界である。
俺が望んでいるのは、勇者になって、美女エルフとか、ロリ魔法使いなんかと一緒に魔王を倒して、英雄になって、余生を女たちに囲まれて暮らして……
グヘヘへ
彼は、気持ち悪い不吉な笑みを浮かべた。
おっとイカンイカン、ヨダレが垂れてしまった。
ーーとまあ、こんな感じである。
異世界ファンタジーなんてのは、まさに、男のロマンってもんだが、
あいつが、俺を、異世界に送ろうなんて気がないことは、この半年で重々承知(じゅうじゅうしょうち)している。
ま、こんなことをウジウジ言ってても、それこそ、元の世界に帰れるわけじゃないんだよな。
長年、というほど長いわけではないが、今までの経験上、口を、口だけを動かして帰れたことはない。
毎回そうだった。これだけは確かだ。
俺はヨダレを拭い、行動を開始することにした。
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にしても、野生の動物たちとかがいるんだったら、剣を持ってこれなかったのは、結構痛いな〜。と、ちょっとした後悔の念に駆られる。
でもまあ、コンビニに行くのに剣を持っていくってのも、考えてみればおかしな話だよな。
……コンビニ?
ああそうだ。思い出した。
ーー今回、
俺は、夜中に急にポテトチップスが食べたくなって、
近くのコンビニに、
ーーホント直ぐに帰るつもりで買いに行ったんだ。
そしたら、買うとこまではイけたんだが、
でも、店から出たところで急に、意識が朦朧として、気づいたらここにいた。ということだ。
そんなわけで現在俺の左手には、レジ袋が握られている。中身はポテチ、うす塩味である。普段はコンソメ味の方が好きだが、今日に限っては、気分転換って奴だ。
それにしても、まったく迷惑な話だよな。
こんな夜中に突然、見も知らぬ場所に連れてこられるとか。
とは言っても、今度こそ異世界に来れたかな?と俺は少し期待もしていた。
スポーン地点が、森の中という点が、異世界転移物のテンプレみたいなものだし、
ーーでもこれ、森は森でもジャングルスポーンか。
そういえば、言い忘れていたが、というかとっくにお気づきかもしれないが、
この現象、
ーーこの転移とでも呼べるこの超常現象は俺にとって初めてではない。
最初に起きたのは、確か半年前だったか。
記憶をなくして、途方に暮れていた俺の脳裏に突然、
謎の声、が響いてミッションだの依頼だのと言い出したと思ったら、俺はいつの間にか過去の世界にいた。
というのが、大まかなあらすじってやつだ。
ほかには、これまでに、暴れまわるテロリストを止めたり、見知らぬ人の命を救ったり、犬を探したりと、イージーなことからハードな事まで様々なことをやった。
やらされた、の方が正しいかもしれないが。
ーーとにかく、これまでの経験上、毎回、『答え』というか『クリア条件』と言うのが予(あらかじ)め、その謎の声って奴から提示されている筈なのだがーー
【開始。達成条件・・・この世界のどこかにある転移門を潜(くぐ)り元の世界に帰ること。難易度BB】
と思ったら、ちょうどタイミングよく頭の中に前記のような文章、音声が。つまりは今回の依頼(ミッション)の内容が流れてきたーー
っていうか…これだけ?
いつもなら、もっと情報量も多いし、その意図が大体分かるのだが、今回に限ってはなんだ?転移門をくぐるって。何これ?
これ誰得なの?誰かの命を救う、とかならともかく、転移門を潜って元の世界に戻るだけって…あと転移門って何だよ……テレポーターみたいなものか?
「おいおい、流石に情報が足りなすぎるだろ」
俺は、謎の声に向かってそう言った。
【ちっ、…がねぇなあ。
ヒント・転移門は現在地からちょうど北の方角にあります。転移門は縦2メートル、横1メートル程の門です】
何だか舌打ちをされた気がするが、まあ気のせいだろう。
それよりも北の方角にある、というと、答えはもう出たようなものだな。
この手の話にはよくある展開だし、実際に遭難した時でも使える手法だが、腕時計を……
つけてねぇじゃん…。
早速の出オチかよ。
まあ、直ぐに家に戻るつもりで出かけたんだから、腕時計をつけてなくとも不思議じゃないけど。
それじゃあ。切り株を……
ないじゃん…。
これもよく考えれば当たり前なことだが、人の手が加えられるはずのないジャングルに、切り株なんてあるわけないよな…。
ま、そもそも、この方法はデマ (正しくは、条件が揃ってないと無理) らしいし、もともと期待はしていなかったと割り切るか。
しかし、割り切ったのはいいが、となると、あと俺に残された手段といったら、とにかく闇雲に転移門を探し回ることくらいなんだが。
あ、ヤバイ。フツーにやばい。
どうしよこれ。これ無理ゲーじゃね?
ヤッベ!
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数分間考えた末、俺が導き出した解法は次のようになっている。
その1 手頃な長さの枝を探す
その2 枝を地面に立て、手を離す
その3 倒れた方向に全力疾走
アキレス腱を伸ばし、手首足首を回し、肩を回し、屈伸をして準備運動完了。(俺の場合しなくていいような気もするが)
さて、いよいよ本題だ。
枝を立てて、手を離す!
ーーその枝は俺から見て左に倒れた。
俺は、左に走った。とにかく走った。
たとえ転んでも、走りを止めることはなかった。
そして、走り始めて十数分後。ようやく俺は開(ひら)けた土地に出ることができた。
<><><><><><><><><>
開けた土地に出た。
明るかった。
さっき、時間帯が明け方だと思い込んでしまったのは、
どうやら、木々の葉や幹に太陽光が遮られて、林床にまで光が届かなかったからのようだ。
今の時刻は、太陽の上がり方から見て、
おそらく、真昼間(まっぴるま)ってとこだろう。
しかし、そんなことは正直、俺にとってどうでもいいことだった。
開けた土地に出たといっても、当たり前だが、
ーー方角が分からないという事実は変わらず、俺は一向に何もすることができないでいた。
「おーい、お願いだ〜。もう少しだけヒントを〜どうかお慈悲を〜」
一つだけあった。
俺にできるのは、ただ情けなく、謎の声に縋(すが)るだけ。
ーー格好悪いのは分かっている。
しかし、このおそらく広いであろう世界から、転移門を闇雲に探して見つけ出すなど、途方のないことだ。
とてもじゃないけど、やってらんない。
「仮にここが異世界なら、現地住民にとか、知的生命体に接触することが出来れば、方角もおおよそ知ることができるってもんなんだけどなあ」
でも、そんなのいつになる?
明日は、(ってかもう今日か)ワクワクドキドキの入学式だし、
今まで経験上、転移した場所にいた分だけ、本来俺が住んでいる時間軸の時間も過ぎている。
ーーということは、ケータイも腕時計も無いので正確には分からないが、かれこれ|30分近く(・・・・)は経ってるのか…
「……え!?」
30分!?
何故…忘れていたのだろうか。
「ああ、嘘だろお…もう終わっちゃってるじゃんか」
俺がコンビニに行った理由、
ーーポテトチップスが食べたくなった。といったが正確には違う。
実を言うと、俺には、毎週楽しみにしていた深夜アニメがあり、今日が最終回だったのだ。
最終回ということで、こちらもそれなりに、ちゃんとした準備をしなければならないと思い至り(わけがわからない)、
コーラとポテチという最高の組み合わせを食(しょく)しながら、最高の最終回を迎えようと思っていたのだ。
これを思いついたのが、アニメが始まる5分前のCM中、しかし、コーラは冷蔵庫の中にあったものの、ポテチは残念ながらなかった。
そのため、俺は自転車に乗り、大急ぎでコンビニに向かい
速攻で戻ろうと、
ーー考えていたのだが…
その結果がこれである。
「ああああーーもう嫌だあああああーーー!」
彼は叫んだ。大声でこの辺一帯に響くほど、振動をもたせて。
このことが、この後に幸か不幸か、この状況を打破する鍵になろうとは、彼は知る由もなかった。
木々に止まっていた鳥たちが、一斉にバタバタとどこかへ飛んで行く。
辺りは、シーンと静まり返った。その中で唯一、彼のハアハアとした息遣いが聞こえるのみである。
しかし、その静寂は次の瞬間、早くも崩れ去ることとなる。
ーードスンっドスンっ!
と何か歩く音、それもただの何かでは無い。
ーーとてつもなく巨大な何かが歩く音が、辺り一面に響いた。
「なんだ?」
俺は慌てて、その音のする方を向く。
なんだろう。静かすぎる…。
鳥たちがいない!獣たちも!! (鳥がいないのは俺のせいだが)
何故か、こんなセリフを。
某名作長編アニメの冒頭のシーンを俺は思い出していた。
ーードシンっドシンっ!!
足音は次第に大きくなる。どうやら、こちらに近づいてきているようだ。
一体何だ。これは何の足音なんだ?
ん、待てよ。思い出せ俺…
そうだ!
ーーさっき、叫んだことがこの状況を打破する鍵になるとか何とか書いてあったじゃないか!
ということは、これは俺の勝手な想像だが、仮にここが異世界だとしたら、この足音は巨人族ってやつらのもの何じゃないか?
そうなると、
ーーこれは来たかもしれない。もし、運よく巨人族と出会って、方角なんかを聞ければ、元の世界に帰れるかもしれない!
俺は、すぐさまその音のする方へ向かった。
「す、すいませーん!って言葉通じんのかな…まあ、いいや、こっちでーす」
俺は声を張り上げ、そう言った。
それにしても、後になって思うと馬鹿な行為だったと思う。何故、碌(ろく)に確認もしないで、相手が巨人族だと決めつけていたのかーー
俺は…まさか!
俺ってもしかして!!
ーーバカなのか!?
それとも、アニメが見れなくて自暴自棄になっていたのだろ……
うん、これだな。これだと信じたい。
俺の声に反応したらしく、足音のペースが、最初よりも早くなる。それなのに、俺といったらまるで何の危機感もなく、ただ手を振りながら
「こっちでーす」
と叫んでいた。
しかし、俺は次の瞬間強く後悔することとなる。
ーーその足音の正体が、ジャングルの茂みの中から顔を出した。
その瞬間、俺はここが異世界であるという可能性を真っ先に排除した。
それを、俺は見たことがあった。そいつは、見たことのある地球上の生物だったのだ。
巨大な顎に小さな腕、長い尻尾に逞しく太い脚。
もっとも、今では化石として博物館に飾られているため、生きている姿を見るのは初めてだが。
そいつは、
世界中で誰もが知っている。
ーー世界で一番有名な恐竜(・・)だった。
まあ、つまりは
|ティラノサウルス(・・・・・・・・)だった。
「……………は?」
俺は、今の事態がまったく理解できていなかった。
え? なんで?
ていうかティラノサウルスて…
どゆこと?
これまでに、ゲームのような世界、数十年前の世界、パラレルな世界に飛ばされることはあった。
でも、恐竜って何?
今何時代?
何億年前?
思考がまとまらない。
おそらく、人ってのは、本物のお化けに会うと、恐怖よりも先に、きっとこのように気が動転してしまうのだろう。
現に俺が今現在そうだ。
また、脚が動かない。
恐怖によってではない。なぜか動かないのだ。
ーー刑事ドラマなんかで、よく車に轢かれるシーンがある。
それで俺はいつも思うんだが、あれ、結構簡単に避けられそうなんだよな。
上にジャンプしたり、横に逸れたりすれば。
でも、今わかった。
あれ絶対避けられないわ。
多分、人ってのは、突然の出来事、突拍子もない出来事には、対処できない生き物なんだろう。
自分が予想していなかった以上のことをされると、それに対応しかねてしまうのだろう。
繰り返すようだが、現に俺が今そうなのである。
ーー漫画などで、主人公だとか、とても強い人が、暗殺屋によって命を狙われるシーンがある。
刺客「(ふふふ、バカめ隙だらけだ)」シュパッ!
主人公「ふっ、愚かな…」受け止める。
刺客「何ッ!?」
みたいな感じ。
あれって、今思うと凄いなって思う。
さっきの俺の考えだと、漫画の主人公たちは、
ーー自分が襲われる可能性を常に吟味している、ということになるのだ。
こんなことは、よほど人から恨みを買っている人物か、厨二病を拗らせにこじらせまくった者くらいしか考えていないだろう。
まったく、主人公も楽ではないんだな。
不幸だ不幸だと言いたくなるのも無理ない。
俺は、数々の主人公たちに敬意を表することにした。
じゃないだろ!?
いったいどこから、こんなに話が逸れてしまったんだ?
えーと…確か俺はティラノサウルスと遭遇して……
ティラノサウルス!??
俺は目の前を見た。
あ…
目と鼻の先というところに奴がいた。
「は、ハロー…」
俺は右手を顔のところまで上げて、手のひらを相手に見せながらそういった。
そうじゃないだろ!
っていうか、人類がまだ誕生すらしていないこの時代の生物に、今の言葉が伝わるのだろうか?
まあいいや。伝われ! この気持ち!!
「グガアアアアアアア!!!!」
そりゃそうである。
奴は口を開き、唾を飛ばしながら雄叫びを上げた。区篭った恐ろしい声である。
至近距離で叫ばれたため、俺はおもわず耳を塞いだ。そして、
うぇ…クッセェ…それと汚ねぇ。
俺は、顔や体についたドロドロの唾液を伸ばしたりしながらそう思う。
って、だからそうじゃない!
俺は、顔についたティラノの唾液を手で払いながら、後ろを振り向き、一目散に逃げた。
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