第四話 怠惰のアストロス

「どうしたんだい? ディー・ラシュ。僕は今、演劇鑑賞中なんだけど」

「申し訳ありません。ですが、我が右腕のモガ・ジャイが人間に殺されたようでして」


「ああ、たまに君が話してた、もうそろそろ600魔将になれそうな部下のことだね。たしか、戦闘能力だけなら魔将の君と大差ないんだっけ? 分かった。演劇鑑賞は中断するよ。話を続けてくれ」

「ありがとうございます。それで、申し訳ないのですが、アスタロス様の魔加護を強化していただけないでしょうか」


 魔族の男は少し考えて返答した。

「うん、いいよ。君も命がけで仕事してくれるわけだしね。じゃあ、魔方陣書いといてね。こっちも準備出来たら連絡するから」

「ありがたき幸せ。感謝いたします」

「セバスー。B6魔方陣書いといてー」

「かしこまりました、少々お待ちください」


セバスと呼ばれた老魔族がテキパキと魔方陣を書いていく。

「完了しました。アスタロス様」

「じゃあ、ディーに連絡しようかな。……どう? 魔方陣書き終わった?」

「ええ、ちょうど今書き終えました」


「それじゃ、今回はサービスで1時間分の魔力で魔加護を与えよう」

「えっ、1時間分も頂けるのですか? 本当にありがとうございます。そこまでしていただければ、人間の小国ごとき、一日で滅ぼしてご覧に入れます」

「ふっ、さっきまではビビってたのに急に強気になったね。まあ、油断はしないでね? じゃあ、そろそろ始めようか」


 魔族の男はそう言うと、魔方陣の中心で座禅を組み、目をつぶった。すると、男の身体が薄ぼんやりとした赤紫色の光に包まれた。そして、男は約1時間、同じ体制を続けていた。


「ふうっ、これで君へ魔加護を与える儀式は終わりだ。それじゃあ、国攻め頑張ってね。いつも通り、歯向かう軍人や統治者は殺してもいいけど、それ以外は生かして芸術教育を徹底するんだよ。その国特有の神話や文学などがあったら、記録魔法で魔石に記録して僕に届けてね。音楽も独自のものがあればうれしいね。それじゃ、僕はまたダラダラさせてもらうよ」

「ははーっ。私のような者へのお心づかい、感謝いたします。征服後の統治はいつも通りにですね。必ずや、アスタロス様に吉報をお届けします。それでは、失礼いたします」


「人間ごとき相手に、あれほどの魔加護を与えずとも良かったのではないでしょうか?」

セバスと呼ばれた老魔族が男に話しかける。


「僕もそう思うよ。ただ、もしも今のディーに勝てるようなら、久しぶりに僕の遊び相手になってくれそうだと思ってさ」

「なるほど、確かにアスタロス様は常に面白いことを探しておられますからな。実際のところ、ディー様が負けることを望んでおられるのでは?」

「ふっ、それは君の想像にまかせるよ。……僕は演劇の鑑賞に戻る。人間の娯楽はいいね。つぎつぎに新しいものが作られ、飽きることがないよ」


「ふむ。ですがそのご趣味が原因で人間を全然殺さなかったせいで、60魔王の中でも低位になってしまったではありませんか。元々は7魔帝であり、今でも他の魔帝様に劣らぬ戦闘能力を持っておられるのにもったいないですのう」

「またその話かい? 僕のせいで今は6魔帝になってしまったね。まあ、僕は地位や名誉には興味ないからね」


「ベルゼブブ様やアスモデウス様はあんなに活躍されておられますぞ」

「ん~、あの二人は手下が多いだけだと思うけど。ベルは廃絶物が魔物になる能力と彼の底なしの食欲がかみ合ってるだけだし。アスモは一定の大きさを超える生物を100%妊娠させて、出産までにかかる時間を圧倒的に短縮してそこそこ優秀な魔物を作る能力と、彼の性欲お化けぶりがマッチして、結果的に人間への被害が増えてるだけでしょ? 彼らも僕も、生きたいように生きてるだけさ。根本的には何も変わらないよ」


「ルシファー様とサタン様は協力して軍事国家のグン・ジコクを消滅させたそうです」

「ははっ。ルシファーが協力なんてするわけないじゃないか。それに、魔帝同士が協力なんてしたらその程度の結果では終わらないよ。たぶん、ルシファーがサタンのとこに遊びに行って、サタンをキレさせちゃったんじゃない? ほらっ、ルシファーって結構他人をイラッとさせる性格だし。サタンって普段は温厚なのに、変なところで急にキレだすし。それで、サタンがルシファーに撃った魔法が外れてたまたまその国に当たってしまったんだろうね」


「流れ魔法で一国を消滅させてしまうとは、恐ろしい方々ですな」

「まあ、僕も最近は部下に頑張ってもらってるじゃないか。まあ、それもセバスの小言がうるさいせいだけどね」

「ほっほっほ。お役に立てたようでなによりでございます」

「ふっ、セバスにはかなわないね」


 そう言って、魔族の男は自身が統治している各領地から選りすぐった人間の劇団に命令し、演劇鑑賞を再開した。

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