第一章-7 『真実の末端』

 翌日の朝、騎士による招集が掛けられ、部隊の候補生が一堂に会する。

 その数はおよそ30人。

 いずれも有力な魔導士であるらしく、会場は異様な雰囲気に包まれていた。

 

「凄い雰囲気だな、ここは。気が滅入りそうだよ」


「皆そう思ってるんじゃないか? これだけの魔導士が集まってるんだから無理もない話だ」


 緊張を紛らわせようと談笑していると、突如周りの雰囲気が一変したのを肌で感じた。

 形容しがたいが、どうやら皆の視線、否、敵意が一点に集中しているかのような......。

 周りからはひそひそと話し声が聞こえてくる。


「おい、あれってさ、例のアイツだよな?」

「ああ怖い怖い。なんで来たのかしら」

「本当だよ。よくこの場に顔を出せたな」

「なんか騎士に裏で話をつけてたらしいぜ」

「騎士を脅して無理矢理ねじ込んだんじゃねぇの」

「んな訳ねぇだろ。いくら魔女だって騎士に勝てるかよ?」

「それがわかんねぇから怖ぇんじゃねぇかよ」


 何やら、誰かの噂話をしているらしい。

 所々聞こえた“魔女”という単語に聞き覚えは無かったが、そのニュアンスから底知れない悪意のようなものを感じていた。


 暫くして、人混みをかき分けるように1人の人物が歩いてくるのが見えた。

 ライアの横でチェスターも絶句しているのが窺える。

 何事かと思ったライアもそこへ視線を向けて、そしてーーー


 言葉を、失う。


 皆から罵られ、悪意を向けられ、それでもなお気丈に歩みを進めるその姿は。


 白銀の髪を携えたその美しい少女の姿は。


 紛れもなく、この世界に来てから何度も目にしたリリアンネ・ヘインズワースその人だった。


 ***

《魔導院-第1棟-講堂》


「どうなってんだよ......?」


 ライアは混乱した頭で状況を整理する。

 分かっている事は2つだ。

 リリィが皆から敵意を向けられている事。

 最後にリリィが口にした、「すぐに知ることになる」という言葉。

 これらは、魔導院に入ってからのリリィの様子がおかしかったことと関係するのだろうか?


「リリィ......いや、あの人って有名なのか?」


 ライアはチェスターに尋ねる。


「まあ、結構遠くから来たワシでも多少は知ってるぞ」

  

 帰ってきたのは、まるで常識であるかのような答えだった。

 

「彼女は“破戒の魔女”エリクシア・クラヴィオンの娘、要は魔女ってことだぜ?」


「魔女......、何だよそれ?」


「読んで字の如くさ。限りなく人間に近いが、その本質は亜人の一種である妖魔族。生まれつき魔法の能力が突出しているのが主たる特徴だ。」


「亜人、か。でも、それならどうして皆があんなに敵意を向けるんだよ」


「それは、彼女の母親がかの“破戒の魔女”であることと、2年前の事件が原因だろうな。それで彼女は多くの魔導士から疎まれているのさ」


「すぐに知ることになる」というのはこれのことを言っていたのだろうか。

 チェスターに詳しく聞こうとしたが、それは突然の大声に掻き消された。


「よくぞ集まってくれた、諸君!! 私は正魔導騎士ヒルデガード・ブルーム、諸君ら魔導特殊部隊の総指揮官だ。今現在の王国の情勢は知っての通り、早速だが諸君らには最初の任務を与えたいと思う!! その前に何か意見がある者には発言を認めるが、どうするかね?」


 ヒルデガードの問いに集まった皆がざわめく。

 お互いの顔を見回したり、小さく呟く声が聞こえたりした後に1人の少女が手を挙げた。

 

「ヒルデガード卿、私に質問の機会を」


「いいだろう、君の名前は?」


「私はブリジット・アードレイと申しますわ。ヒルデガード卿、なぜ私たちの部隊にあの人殺しがいるのでしょう? 私には分かりかねますわ」


「人殺し、とは一体誰のことかね?」


「シラを切られては困りますわ。卿が知らないはずがないでしょう? あの魔女がどうしてここに居るのかを聞いているんですの」


「なるほど、それが不服か。なら、それは私ではなく当事者間で話し合いたまえ。なあ、リリアンネ君?」


 話を振られたリリィは、表情を崩さず冷静に答える。


「お言葉ですが、それに答える必要はないと存じます。もし私にそんな大層な罪があるなら、騎士がとうに裁いているはずでしょう?」


「この魔女め、よくもぬけぬけと言えたものですわね!! 証拠が出ないからって調子に乗るんじゃないですわよ!!」


 ブリジットは感情を剥き出しにしてリリィに食ってかかる。

 場は険悪な雰囲気に包まれるが、それもヒルデガードの鶴の一声で静まった。


「血気盛んなのは結構なことだが、それはこの試練が終わった後にして貰いたい。部隊の正式な決定もその後に行うから安心したまえ。もし喧嘩を続けたいなら、この場で決闘でもしてみるか?」


 決闘の単語が出た瞬間にブリジットの表情が曇る。

 

「そ、それは......これ以上場を乱すのは無礼だと心得ますわ。話を続けてくださいまし......」


「リリアンネ君もそれでいいかね?」


「構いません」


 再び静まり返った場の空気に、ブリジットは1人歯軋りをしていた。


「では、最初の任務を言い渡す。今から半日後、ここから王都に向けて物資を運搬することになっているのだが、騎士は皆、手が塞がっていて対応できない。そこで、諸君らの出番と言うわけだ。獣車は事件に巻き込まれる危険性を鑑みて、10のルートで王都に向けそれぞれ進むことになっている。よって、諸君らには私が無造作に決めた10のグループに分けてこれらの護衛にあたって貰いたい。ちょうど先週も獣車が何者かに襲われる事件が起きたばかりだ。おそらく今回もどこかしらは襲撃に遭う可能性が高いだろうが、そこは諸君らの実力を信じるとしよう。任務開始まで諸君らには自由時間を与える。それまでは好きにしているといい。以上だ、解散!!」


 集団は再びざわつき始め、皆散り散りに講堂から出て行こうとする。

 そんな中リリィは壁にもたれ掛かって彼方を見つめていた。

 その視線がライアと合うことは無い。


 だが、ライアには確かめなければならないことができた。

 リリィはまだ、何かを隠している。

 ライアだけが知らない事実も。

 この場の誰もが知らないであろう事実も。

 そんな気がしてならなかった。

 

 ライアはチェスターと別れて1人、アルヴィンの元へ向かっていた。

 



 

 

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